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第12話 令嬢たちの策略



 街のレストランで食事をしたあと。


 イザベラとジークバルトは、夜風に吹かれながら運河沿いを散歩していた。


「それと、あとはなんだったかな。俺は厚顔不遜で、なんでもありで、悪名高き大公子で……相変わらず言いたい放題だったな」


「あながち嘘ではないところが、残念ですね」


「……くそ」


 食事のときもそうだったけれど、ジークバルトとの会話は楽しい。


 一時的であれ、イザベラの頭から婚約者の存在を、綺麗に忘れさせてくれるから。


 しかし、今日のことで完全に巻き込んでしまったジークバルトの顔を、イザベラは複雑な思いで見上げた。


「面倒な争いごとに、自分から顔を突っ込むタイプだとは予想外でした。ただでさえお忙しいのに、こんなことに時間を割かせてしまっていることに、わたしにしてはめずらしく、良心の呵責を感じています」


 しかし、ため息が漏れでたイザベラとは対照的に、ジークバルトは満足そうだった。


「良心の呵責は、おおいに感じてくれていいぞ。それでイザベラが、俺になびいてくれるなら、黒竜を夜通し駆って、学園まで首を突っ込みにきた甲斐があった」


「ジークバルト様は……つくづく、もの好きですね。貴方なら、どこかの国の美しい王女でも、裕福な高位貴族の子女でも、選び放題でしょうに」


「それなら、イザベラ・ギルガルドを妻にと望んでもいいだろう」


「正気ですか?」


「俺は、ずっと正気だ。イザベラが王太子の婚約者候補になったとき、王城から攫おうとして、木っ端微塵にフラレたときからずっとだ。いまだからいうけどな。あれからしばらくは、ドン底だった」


 懐かしい話をするジークバルトが、イザベラの手をとる。


「王太子のときは、泣く泣くあきらめた。第二王子のときは出し抜かれた。もういい加減、うんざりなんだよ。正攻法でやってダメなら、奇襲するのが定石だろう」


「リスクは高いですよ」


「安心しろ、折り込み済みだ」


 不敵な笑みをたたえる大公子は、数年前よりもずっと、自信に満ち溢れていた。


 このあたりで、覚悟を決めた方がいいだろう。


 イザベラが、ツンと顎先をあげた。


「仕方がありませんね。その奇襲作戦に、わたしも乗っかってさしあげましょう。いいでしょう、ジークバルト様は、わたしの夫候補とういうことで」


 瞬間的にフリーズしたジークバルトが、「……え」と動き出すまでに、ある程度の時間が必要だった。


「……えっ、あっ……お、夫って、本気かっ!? イ、イザベラ、そっちこそ、正気だろうなっ!?」


「夫ではなく、夫候補です」


「どっちでもいい! そんなことは、大して変わらない。重要なのは、俺の気持ちがイザベラに届いたか、どうかだ」


「届いたのでしょうね」


「と、と、届いたのか、いつ?」


 いつでもいいのでは、と思うイザベラだったが、


「いつだ、今か?!」


 いつも以上に聞きたがる大公子に、意地悪のひとつも言ってみたくなる。


「さあ、いつでしょうねえ」


「……おい、俺は本気なんだからな。わ、わかっているか?」


「わかっていますよ」


「本当に、本当に、本当かっ!」


 自信満々だったくせに、いざ乗っかると慌てふためく大公子というのも、なかなか見ていて面白いとイザベラは思った。


「本当です。しつこいですよ」


 そう言っても、なかなか信用しない。


「いいか、これに関してだけは、冗談はナシだ! 俺を、ぬか喜びさせるなっ! 本気なんだぞ。いますぐ、オルフェスに連れていく準備だってしているんだ」


「知っていますよ」


 イザベラの蒼銀の髪が、心地よい夜風に揺れた。


 ロマリア王国一の才媛であり、策略家でもあるイザベラは、とうに第二王子クリストファーを見限っていた。


 学園に入ってから、子爵令嬢と懇意にするクリストファーの様子を観察し、耐え忍ぶふりをして、婚約解消に相当する決定的な証拠を集めようとしていたくらいだ。


 ただ、どんなにイザベラを軽んじようとも、ミランダをそばに置いて特別扱いしようとも、クリストファーは一線を越える行為だけはしなかった。


 婚約解消を確実なものとする決定力に欠ける日々。じつのところ、先に痺れを切らしたのは、イザベラだった。


「証拠を集める作戦から変更して、聞きしに勝る『悪役令嬢』となり、クリストファー殿下からの婚約破棄を告げてもらう策に、つい先日舵を切ったばかりだったのですが……その翌日に、ジークバルト様が飛んでくるとは、わたしも予想外でした」


 『悪役令嬢』として名をとどろかせるはずだったイザベラとしては、こんな展開になってしまい、頭を抱えたのだが、まったく予期していなかったわけでもない。


 この二年間、クリストファーから不当な扱いを受けている自分のために、ジークバルトが動いていることは、ギルガルド家の諜報員から耳にしていた。


「ご存知でしょうけれど、奇襲作戦においては、いかに不測の事態に備えるかが、作戦成功の鍵となります」


 ジークバルトにとっては、まさに寝耳に水の話で、自分よりも一枚も二枚も上手な侯爵令嬢の話に、耳を傾けるよりほかない。


「今回、だれよりも大変だったのは、ロザリンデです。今日、さっそく王都に向かって、御父上の宰相閣下に話を通し、婚約解消への布石を打っておりましたのに……ジークバルト様が学園に現れたと、わたしからの連絡を受け、軌道修正に奔走したにちがいありません」


 イザベラには、文句を言いながらも王都を駆けまわる大親友の姿が思い浮かんだ。


「まあ、もちろん、その可能性もあると思い、ロザリンデとは事前に、計画が変更になった際のプランも立ておりました。ほら、きましたよ」


 イザベラとジークバルトが眺めていた運河に、運搬用の船が一艘、闇に紛れて近づき、静かに接岸した。





 

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