苦手なことは任せなさい
供給ポッドの光が徐々に収まり、静寂が戻ってきた。
イオのスカートから、アンサラーのビットがゆっくりと格納されていく。どこか弱々しく、モーター音もか細い。
「……ビット制御、反応が鈍い。再充電まで行動制限が必要です」
イオはそう呟いて、ふらりと片膝をついた。
ビットには姿勢をサポートする為のエネルギーすら残ってないようだ
「イオ、大丈夫!? いまの戦闘、だいぶ無理したでしょ!」
私が駆け寄るよりも早く、エウリが身をかがめた。
「んもー、仕方ないなあ……はい、乗って! おんぶっ!」
「えっ」
「拒否権はナシ! ってかアタシが運ぶから、動くなっ!」
あっという間にイオの腕を自分の肩に回し、するっと背負い上げる。軽やかな動きとは裏腹に、口元にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「……問題ありません。自力で──」
「聞こえなーい。あたしの脚力なめないでよね。むしろ背負われてる方が安全! アンサラーも保護できるし!」
「……判断は合理的、です。……が、大変不服です……」
「何が不服だってのさ……あんた、めちゃくちゃ軽いから、逆に気ぃ使うんだけど!」
エウリの背で揺られながら、イオは無言になる。
若干乏しい表情ながらどこか苦い表情を見せた
「……その、ありがとう」
ぽつりと漏れた言葉に、エウリは顔をにっかりと笑う。
「いいって! 早く帰って休もうぜ!? な!?」
私はその様子を見ながら、若干の不安を覚える
どうしたらイオの心を開けるだろうか
ダンジョンから出て、静まり返った森の小径を揺られながら進む中、イオの肩から、微かな震えが伝わってきた。
「……私、ひとりでやりたいんです」
その声が、背中越しの夜気に溶けていく。
「は?」
エウリが驚いて立ち止まり、肩の荷をそっと緩めた。驚きのあまり、私も足を止める。
「戦闘も、探索も、私はひとりで――片足が義足だろうと関係ないって証明したかった。誰にも頼らず、自分の力だけで――」
声がだんだんと震え、最後は消え入りそうに切れた。
「イオ……」
エウリは息を整えると、優しくイオを背から下ろした。そのまま正面に立ち、言葉を選ぶように小さく呼びかける。
「ねえ、イオ。誰も、アンタに全部ひとりでやれなんて言ってないよ?」
イオは目をそらし、肩越しに荒い呼吸だけが振動する。
「それは…そうなのだけど…」
問いかけるように、イオは震える声を重ねる。
「エネルギー切れたら動けない欠陥品だって、いつも思ってしまうのです。こんな不完全な私を、どうして……」
目に熱いものが滲む。義足のビットも、今は冷たいまま動かない。
エウリはそっとイオの両肩に手を置いた。
「欠陥品なんかじゃない。アンタがいなきゃ、あの魔獣も止められなかった。探知もできなかった。私はアンタのおかげで、安心して動けるんだよ」
イオの瞳が揺れる。言葉は聞き慣れないが、その響きは真実だった。
「それに……」
エウリは小さく息をついた。
「ひとりでやるのが強さだなんて誰が決めたの? 本当に強いのは、仲間を信じて力を合わせられるヤツだと思う」
イオの唇がわずかに動く。抗おうとするけれど――力なく、ただ震えていた。
「……ごめんなさい」
そっと、イオが呟く。
エウリは微笑んで、イオを背負い直す。
「いいんだよ。こういうのはゆっくりで」
イオが静かにうつむいている隣で、私も言葉を探しながら口を開いた。
「……エウリの言う通りだよ、イオ。君がいたから、あの調査は成功した」
私の声に、イオがそっと顔を上げる。驚いたように目が揺れていた。
「ひとりで立って、ひとりで戦って……その姿は確かに格好いいかも。でも……そんなの無理」
私の拳が、自然と震える。
「君が誰よりも強くなりたいのはわかる。でも……支えられることも、誰かの役に立つんだ。エウリだって、私だって、君を頼りにしてる。」
イオはしばらく何も言わなかった。けれど、微かに唇が震え、小さく――本当に小さく、目を伏せながら呟いた。
「……わたし、そんなふうに見えてたんですね……」
「うん。だから……次は、最初から一緒にやろう!苦手なことはまっかせなさい!!」
そう言うと、イオはうっすらと目を細めて、小さく、けれど確かにうなずいた。
まだぎこちないその仕草に、私はほっと息をついた。少しずつでいい。彼女の心がほどけていくなら、それが一番だ。