WARNING
パイプの谷を抜けた先、進行方向に現れたのは――妙に整った壁だった。
崩れかけた配管や瓦礫がそこらじゅうに散乱する中で、そこだけがまるで“新しい”のだ。
「……なんだろ、ここだけやけに綺麗」
エウリが壁を軽く叩くと、コン、と硬質な音が返ってくる。反響が微妙に違う。
「たぶん……奥に空洞があります」
私は感覚的にそう言った。壁に手を当てると、かすかに空気の流れがある。しかも、ごく弱いながらも――熱を感じた。
「……ここの裏側が、供給ノードに通じてる可能性があります」
そう告げると、イオが無言で前に出る。スカートの裾からビットが一本、滑るように飛び出し、彼女の手元で静かに回転を始めた。
「確認します」
剣のようにビットを構え、壁面の継ぎ目に沿ってなぞる。何かに反応したのか、ビットが一瞬だけ赤く点滅した。
「人工構造体。溶接跡あり。後から塞がれた扉です」
「やっぱりそうか……じゃあ、開けるしかないですね」
私が小さく息を吸い込んだその瞬間――
「任せて!」
エウリが屈伸を始める。
靴に搭載された《タラリア》が小さく駆動音を鳴らし、次の瞬間、彼女は宙を蹴って宙返りをしながら、壁面に踵を叩きつけた。
ドゴンッ!!
壁が歪み、数枚のパネルが弾け飛ぶように崩れ落ちる。
金属の破片がカラカラと音を立て、向こう側から青白い光が漏れた。
「っしゃおら!。ってへへ、ちょろいちょろい~」
「ほんっとうに足癖の悪い……」
私は呆れ半分で言いながらも、すぐに足元の瓦礫をかき分けて中を覗き込む。
そこには――かつての制御室らしき空間があった。
配線が剥き出しになった天井、半壊したコンソール。そして中央に鎮座する、円筒状の供給ポッド。うっすらと霧のような蒸気が漂っている。
「……ここだ」
《コネクト》のログと一致する光景。私は胸が高鳴るのを感じながら、そっと足を踏み入れた。
「やっぱり、ここがエネルギー供給場……」
「なんか、心臓部って感じだな」
「何か残ってるかもしれません。慎重に調べましょう」
イオが静かにビットを再展開し、部屋の安全を確認するように壁をなぞる。
その慎重さに安心しながら、私は供給ポッドに手を伸ばした
「……よかった、動いてる」
私の手が触れた瞬間、供給ポッドの奥で、わずかに機械が振動した。
《アクセス確認──起動信号検出》
コンソールの破片から、くぐもった電子音が響く。そして次の瞬間――
《侵入者検知──排除プロトコル起動》
ギィィン、と耳をつんざく警告音。天井に仕込まれていたシャッターが一斉に開き、そこから姿を現したのは──
白金の装甲を纏った警備機体。腕部に取り付けられたブレードと、背中から立ち上る高周波冷却煙が、戦闘特化機であることを示している。
「な、なんだぁ!?」
「見るからに戦闘型……!エウリ、イオ!」
私の声に応じるように、2人が動いた。
「了解、任せな!」
「……迎撃行動、開始します」
イオのアンサラーが再び射出され、六枚のビットが宙を舞いながら敵機の移動を遮る。
同時に、エウリが《タラリア》を起動。青い軌跡を描きながら跳ね、敵の懐へ飛び込んだ。
「はあぁあっ!!」
蹴り上げた脚が敵機の関節に直撃するが、白銀の機体は怯みながらも踏みとどまった。
衝撃を受け止めた脚部から、重低音の振動が空間を満たす。
「ぅ〜ジンジンする!!装甲、分厚い! イオ、連携っ!」
「右から回り込む。援護を」
機械と魔法の連携で敵を足止めする二人。その隙に、私はコンソールへと駆け寄った。
「今のうちに解析を……!」
コンソールの反応は鈍い。だが、わずかに残った管理コードがコネクトのデータと共鳴していた。私は一心不乱に手を動かし、解析を進める。
「これは……古い形式の補給機構、でも拡張性がある。複製……いや、移植可能性も……!」
電源系統、出力上限、同期レベル――すべてを走査し、判断する。
脳が焼けそうなほど思考を巡らせ、そして私は結論に達した。
「……ダメだ。構造が一体型すぎる。コネクトに移すには一度この場でエネルギーを満タンにするしかない……!」
そのとき、轟音。敵機の腕が天井を抉り、エウリを跳ね飛ばした。
「くっ……! なんだこいつ、どんだけ頑丈なんだよ!」
「メアリー、もう少し時間を稼いでっ……!」
私は叫ぶ。
「……ジリ貧、撃破するしかない!イオ、全力で行こう!!」
エウリの掛け声とともにイオがビットを広げる。六枚の光が円陣を描き、空間を貫くように回転する。
「アンサラー・モード《射出加速》、発動」
アンサラーが駆動音を響かせ、スカートの奥から六枚のビットが火花とともに射出される。
そのうちの二枚が、跳躍の軌道を読み取り、エウリの背後に滑り込んだ。
ビットの重力制御が空間をひしゃげさせると、彼女の脚に宿るタラリアが瞬時に反応する。
衝撃的な圧縮跳躍――空気が爆ぜ、視界が軋む。
「タラリア・跳躍圏内! あたしの脚を存分に喰らいな!」
その瞬間 空気が、音が、世界が置き去りにされた。
白銀の軌跡が、木々を裂いて一直線に駆け抜ける。
アンサラーの制御ビットと、タラリアの脚――機械仕掛けの少女たちが描く、精密かつ破天荒な連携。
閃光と爆音が交差し、ついに白銀の敵機は爆煙の中で崩れ落ちた。
その間に、私は全エネルギー出力を《コネクト》へと流し込む。
──ブゥゥン……!
ポッドの光が最大出力に達し、内部のコネクトが脈打つように点灯する。
「充填完了……!やった……!」
私は深く息をついた。
振り返ると、煙の中で立つ二人の姿が頼もしく、そして少し誇らしかった。
「よし、帰ろう。これで次の解析に進める……!」