懐痛めど心は安らか
「……本当に、それ買い取るつもりなの?」
エウリは肩にかけたバッグを下ろしながら、呆れたように言った。倉庫E-12からの帰宅した直後、私はあの遺物を手に班長に“個人的に買い取る”と正式に申し出ていた。
ちょっと足りなくて、エウリに借りるくらいには懐に痛い出費だったけど――
「当たり前じゃない。これ、“奇跡”なんだから。未発見の遺物が、しかも原型を保ったまま手に入るなんて……ああ、夢みたい……」
「いや、完全に機能停止してるでしょ。それ。……ほんとに返す気あるんでしょうね?」
私は思わず笑ってしまった。 たまたま私の目の前に現れて、たまたまエネルギー切れで“ただのボール”として安く売られていたこの遺物――《コネクト》。この出会いは、偶然なんかじゃない気がした。
「私、明日死ぬかもしれないわ」
「だろうな。家が建つレベルの金、突っ込んだもんな……」
エウリがため息をつくのも無理はない。でも大丈夫。ちゃんと返すつもりだし、それ以上の価値がある。
帰還報告を終え、私はコネクトを調査班のラボに運び込み、早速解析に取り掛かった。データ接続端子は旧式だが、アダプタを介せば問題なく接続可能。真に重要なのは、内蔵されている“記憶素子”。
「よし……機能は停止してるけど、データの抽出はできそう。おそらく中には、あの時代の暮らしの記録が残ってるはず。気象データ、生活習慣、もしかすると……映像記録まで!」
「ほんっとにオタクってすごいね。あたしには何一つ分かんないけど」
エウリは椅子に座り、頬杖をついて眺めている。こういう時、黙っていてくれるのは助かる。
コンソール上にずらりとデータ列が流れ始める。復号処理が進む中、私はふと気づいた。まるでコネクトの“目”が、こちらを見つめているような感覚。
――気のせい?
そう思った瞬間、ディスプレイが一瞬ノイズを走らせ、次の瞬間、映像が再生され始めた。
映っていたのは――
黒い雲に覆われた空。廃墟と化した都市。逃げ惑う人々。そして、沈黙の中、佇む複数の“コネクト型”ロボットたち。
「……これって……滅びの、直前……?」
エウリも小さく息を呑んだ。その直後、研究所内のスピーカーがノイズを走らせ、通信が入る。
『調査班・メアリーへ。中央制御局より緊急通達。旧都市地下、複数箇所にて“異常な電波発振”を確認。E-12区画を中心としたエリアでの追加調査を要請する。』
「えぇ……調査延長かよ……」
私はふたたびコネクトの球体に視線を戻す。その外装には、ただ1本の細いラインが走っているだけ。
だがその奥には、“滅び”を見届けた記憶が、確かに残されている。
「次は……もっと深いところに行くことになりそうね」
「やれやれ、また厄介なことに巻き込まれるんだろうな……」
エウリが頭をかいた。その時、再生された映像の最後に、わずかに残されたフレームが目に止まる。
古い施設のようだ。入り口の上には崩れかけた表示――
《供給ノード 第三式動力維持ライン》という文字。
「……これ、エネルギー供給施設……?」
解析中のコンソールに、施設の座標データらしきものが浮かび上がる。滅びの直前、《コネクト》が向かおうとしていた場所。その機体が、最後に“帰る場所”と認識していた地点。
「……もしかして、まだ動く可能性がある……?」
胸が高鳴る。ただの遺物だったはずの球体が、眠っていただけかもしれない。
「エウリ、準備して。次はそこを調べに行くわ」
「うっわ〜……フラグ立ってんなあ。あたし帰りたい……」
渋々立ち上がるエウリの背に、「ありがとね」と小さく呟いた
大きなホログラム地図の前で、私は息を詰めて指を運ぶ。
解析した《コネクト》の記録に残された、場所だ
「ここです。旧動力供給ノードへのアクセスラインが、微弱に反復信号を発しています」
マーカーが淡く点滅すると、クレア隊長が静かに頷いた。
「遺物にエネルギーを補給するための施設か…2人だけでは不安だ」
班長は私たちをじっと見つめると、ひとつ頷く
「1人私の隊から貸そう、イオ!」
はっきりと通る声に呼ばれ、黒い戦闘制服の少女が武器の手入れを止める
彼女は無言で機構部位を調整し、アンサラーのビットが射出され義足を隠すスカートの裾に入り込む。
「お呼びでしょうか」
不自由を感じさせない動き、そして背中に背負った機械仕掛けの武器に頼もしさを感じる
「メアリーとエウリに同行し、遺物のエネルギー補給場と思われる場所を調査せよ」
「「「はい、今日も一日頑張ります!」」」
クレア隊長の指示を受けて、私たちは出動した
ダンジョン内に広がる半崩壊した天井と乱雑に転がるパイプのジャングル。エウリが「うわあ…足元注意!」と叫ぶ中、イオは静かにビットを展開した。
「――《アンサラー》四次元展開、位相制御モード」
言葉とともに、彼女の背後から4本の細い光線が伸びる。それはただの足場ではない。瞬間的に宙間を切り取り、“飛行ルート”を創り出す特殊機動だ。
イオはその足場を次々と踏みながら、まるで無重力空間を泳ぐように進む。
瓦礫を蹴散らし、崩れかけた配管の隙間をくぐり抜け、暗闇を光の点列で塗りつぶす。
「イオの遺物って便利だなぁ」
「まるで踊ってるみたいですね」
「エウリ、あなたも靴を使えばいいじゃない」
まるでアスレチックのようにパイプが不等間隔に並ぶジャングルを超えたイオが振り向き様に言う
「え!?なんだってー!!?」
しかし、そこそこ離れた場所からイオの声は届かなかった
あまりにも声が小さかったことに気がついたイオは少し恥ずかしそうにしながらピットを使って2人を運んだ
「あ、あなたも靴を使えばよかったじゃない」
「あぁ、靴のこと言ったのか!いやーそれが魔力補給し忘れててさー、少ししか残ってないんだよね。」
たははっと軽快に笑うエウリにジトッとした目線を向ける
それに見かねたメアリーがそう言えばとカバンを漁り始めた
「あ、それなら私多少なら補給できますけど」
そう言って取り出したのは魔石の未加工品
何回か前に魔物が出た際、粗悪な魔石をカバンにしまい込んでいたのを思い出した
「少し加工したら使えますけど、どうしますか?」
「どれ位でできるの?」
イオが身を乗り出して聞く。魔石の加工は専門的な知識が必要と聞くので数十分は──
「はい、もう使えます」
「え。今どうやって加工した!?」
あまりの早さに思わず声が裏返るイオ。わずか数秒の沈黙のあいだに、魔石は見違えるほど整っていた。彼女はなんでもない顔で、イオの驚きの声に目をパチパチさせていた。






