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遺物は素晴らしいのです

朝、目覚ましの鐘よりも早く目を覚ます。それは習慣でも義務でもない。純粋な好奇心が、私を突き動かしているのだ。


「……ふふ、今日こそは何か見つかるかも」


パチリと目を開け、私はそっと枕元のノートを手に取った。昨日の夢の断片、覚えているうちに書き留めておかないと。夢の中で見た金属の骨組み、文字のようなもの、淡く光る球体。現実には存在しないはずのそれらが、まるで“過去”を覗いたような気分にさせた。


「さて、と。支度しなきゃだね」


制服に袖を通し、ホールへ向かう途中、廊下の壁に飾られた一枚の絵にちらりと目をやる。滅びる前の世界の風景。空を覆う塔、空中庭園、巨大な金属翼。誰が描いたのかは不明。でも、私は知ってる。あれは幻想なんかじゃない。実際にあったはずの、かつての“真実”だ。


「おはようございます、メアリーさん」


朝の点呼前、キッチンメイドのリリィが笑顔で手を振ってくる。私はノートをさっとポケットにしまって、軽く会釈した。


「おはよう。ねえリリィ、夢でまた変なもの見たんだ。今回は“文字”だったよ。たぶん、あれはコーディング言語の一種でね--」


「えっと……また、ですか?」


「うん。また」


相変わらずの反応。私は気にしない。だって私の役目は、過去に目を向けること。世界が滅びた理由を知るために、遺物を“観察”し、“感じ取る”ことだから


ホールに入ると、すでに何人かの隊員が整列していた。皆、背筋を伸ばし、襟を正している。メイド部隊は名ばかりの家事部隊ではない。調査、戦闘、交渉、整備、あらゆる任務を担う多機能型の専門部隊。

怠け者や教育のなってない者が務まらない――はずなのだが。


「メアリ〜、遅い〜」


不満げに頬を膨らませていたのは、戦闘班所属のエウリ。金髪ポニーテールに白黒ブーツ、そして例のごとく足癖が悪い。今日も片足で椅子の背を蹴って遊んでいた。


「遅くないよ。点呼はまだ始まってないし、私は夢記録を――」


「またそれぇ? メアリーの夢ってマジで考古学者って感じの夢だよねぇ。あたしだったら〜絶対空飛んでチョコの海で泳ぐのに!」


「チョコの海……糖度高すぎて沈むね」


「そこ!? いやもうちょいロマン感じようよ!」


そんなくだらない会話を交わしていると、ドスッと空気が引き締まる。長身で凛とした佇まいの女性――部隊長のクレアが入室したのだ。


「点呼を始めます」


声は静かだが、全員がぴたりと直立する。クレア隊長は完璧主義の元騎士。無駄を嫌い、規律を重んじるが、部下のことは誰よりも見ている。もちろん、私の変人ぶりも。


「調査班、倉庫E-12区画。未確認の反応がある。微弱ではあるが、魔獣ではない。解析班が割けないため、現場判断に任せる。メアリー、お前が主導しろ」


「了解です」


私の返事に、エウリが眉を上げた。


「え、遺物系? メアリー、ラッキーじゃん。鼻血出す勢いで喜びそう」


「鼻血は出さないけど、興奮はしてるよ」


「わ〜出た出た〜、遺物オタク魂〜!」


私は小さく笑って、ポケットのノートをそっと撫でる。倉庫E-12――以前から気になっていた場所だ。どうにも反応が薄いのに、妙に“沈黙”している。まるで、何かを“閉じ込めている”みたいな。


倉庫E-12は、旧市街の地下にある封鎖区域の一角。メイド部隊の通行許可証がないと開かない厳重な扉を、私はスキャナーに手を当てて開く。古びた金属の匂いと、ほんのり漂うオゾン臭。明らかに自然な空間じゃない。


「わ……ここ、湿気すごい……」


エウリが鼻をひくつかせながら後ろからついてくる。彼女は護衛役として同行しているが、興味の対象は私とはまるで違う。


「ねえメアリー、こういうとこってゾンビとか出ない? あたしそっち系ならマジで一発で仕留められるよ?」


「ゾンビは滅びの前の文化圏ではホラー映画の定番だけど、実際に発生するには条件が足りないと思う」


「うん、答えがガチすぎる……」


私は湿度センサーと反応探知機を起動し、壁際の端末にケーブルを接続する。パルス反応は微弱。しかし、明らかに“生きている”。眠っているのだ、まだ。


「これ……反応してる。ほら、ここ。中央制御室、かも……」


その瞬間、天井から“音”がした。


カン……カン……


「……足音?」


「いや、違う」


私は息を止める。空間が――“震えている”。空気が、少しずつ、ずれている。


「通常空間では考えられない干渉。これは、過去文明特有の“次元断層”かも。退避準備を――」


言いかけた瞬間、目の前の壁が自動でスライドした。


壁がスライドする音とともに、薄暗い空間の中から空気がゆっくりと流れ出てくる。まるで長い間、閉じ込められていた“息”が戻るように。


私は警戒しながら懐中照明をかざし、中央の台座に目を凝らす。


「……え、なにあれ」


エウリがぽかんと口を開けた。


そこにあったのは――


でっぷりと太ったペンギン型ロボットだった。

腹がつるんとしていて、金属製のくちばしと、妙に間延びした「おへそのモジュール」が特徴的。しかもお腹の部分には、“お天気速報”と書かれたディスプレイがついていた。


「……っ、ふ、ふふ……ふふふふ……!」


私は思わず震えた。


「で、出た……ッ!これ、旧文明時代の**自律型生活支援マスコット“テンコちゃん”**じゃない!記録だけでしか存在が確認されてなかったのに……しかも完全体!?いや設計古いけど完動してる……感動ッ……!」


エウリがじりっと後ずさる。


「ちょ、ちょっとメアリー!?さっきまで“次元断層”とか言ってたじゃん!?その緊張感どこいったの!?」


「だって見て、ここ、ここ!ほら、“おはようございます、今日の気温は21度です”って!かわいすぎるッ……!」


「怖ッ……メアリーが怖ッ!」


テンコちゃん(らしきペンギンロボ)は、ぎゅるんと目を回転させた後、ピコッと起き上がり、唐突に喋り出した。


「てんこです!てんきのテンコ!今日のラッキーアイテムは、えんぴつ! みんな、えんぴつ、持った〜?」


私は震える手でメモを取った。


「記録されていない発話!初期型はもっと語彙が少ないはずなのに……これは非公開モデル……!」


「いやもういいから、これただのマスコットでしょ!?こんなんでテンション上がる人、初めて見たよ!」


エウリの叫びも虚しく、私はテンコちゃんの関節部分の形状や素材を確認し始めていた。

これこそ、まさに滅びた文明の“日常”のかけらだ。

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