3話:幸せの形
匠が組に遊びに行った日から数日が経ち、匠が海との生活にも慣れ始めたころ、海がこんな提案をして来た。
「匠、そろそろここでの生活も慣れて来ただろ?じゃあ俺とどっか出かけてみねぇか?」
その誘いに対して匠は目を輝かせてこう言った。
「いいの!?行きたい行きたい!」
「はっはっは!ノリがいいな!どこに行きたい?」
「う〜ん・・・ショッピングとか!」
「いいじゃねぇか!俺が良い感じに服選んでやる!」
「ほんと!?やった!!」
「それじゃあ早く着替えて行くぞ!」
そんな会話を終え、二人は着替えて海の車に乗り込む。
「それで、どこに行くの?」
「最近駅前にできたショピングモールにでも行ってみるか!」
「おっ!いいね!!行こう行こう!」
ということで、駅前にできたショッピングモールに行くことになった。その車の中でこんな会話が行われる。
「匠、お前は心が弱い。だからな、これだけは覚えとけ。どんなに強いやつでも必ずどこかに欠点を抱えてる。それをどうやって克服していくかが大事なんだ。俺の世話になった人達はな、みんなそれを大事にしてきた。だから強くなれたんだ。匠の場合は心だ。その「弱さ」を「強さ」に変えることができたなら、匠はもう最強だ。」
「弱いところをどう克服して行くか、か・・・。考えたこともなかったな。弱いところは弱いと思って生きて来たから・・・。」
「並の人間ならそうなるさ。俺は極道って生き方を選んだ。この渡世に生きる限り、弱さを持ってちゃいけねぇ。だからこそこの生き方を選んだんだ。」
「海さんはさ、俺のことを拾って後悔してたりしない?」
「急に何を言い出すんだよ。」
「ずっと怖かったんだ。いつか海さんにも捨てられるんじゃないかって・・・。」
「俺が匠を拾ったことに後悔?あり得ないな!100%保証してやる!俺は何があっても嫌いになんかならないし捨てもしない。匠が俺の元を離れる時は自立したときだ!」
「本当?」
「あぁ、本当だ。信じてくれるか?」
海の純粋な目に疑いを捨てた匠は真っ直ぐな目でこう答えた。
「うん!信じるよ!」
その答えにはどこか気持ちのいい覚悟が宿っていた。
そうしてショピングモールの駐車蔵に到着したのだった。
「まずは服屋だな!」
「うん!」
そして入ったのはロルフ・ラーレンという高級帯の服屋。
「こんなお店入ったことない・・・。」
「そうなのか?ならここで好きなの選べばいいさ。なんでも買ってやるから。」
「こんな高いお店で!?」
「男ならいつも一張羅着とけ!そしたらどんなことにも身が入る!だから好きなの選べ!」
「わ、わかった・・・!」
30分後・・・
「こんなシャツもいいなぁ・・・。」
「いいじゃねぇか!よく似合ってる!」
「そう?ならこれにする!」
選んだのは落ち着いた紺色のシャツだ。左胸にはロルフ・ラーレンのエンブレムが入っている。誰が見ても落ち着いたイメージに感じるだろう。それを持ってレジへ向かう。ただ服を買ってもらう。それだけの行為でも匠にとっては幸せの一部だ。
「消費税含めまして、21520円になります。」
その言葉を聞いた時、一瞬匠の脳に申し訳なさが過るが、それを押し殺すのだった。
「好きな服買えてよかったな!」
「うん!ありがとう、海さん!」
「いいってことよ!それで喜んでくれるならいくらでも!」
時間は正午すぎ、二人は腹ごしらえをすることにした。
「匠、何か食べたい物はあるか?」
「なんでも大丈夫だよ!」
「じゃあ寿司でも食うか!!」
「やったぁ!!お寿司大好き!!」
「よし!あっち行くぞ!」
「うん!」
そして選んだのは回らない寿司屋。またも少し高級帯の店だ。
「お腹いっぱい食っていいぞ1好きなもん食え!」
「ありがとう!!」
「気なんか遣わなくていいんだからな!」
「うん!」
何気ない食事の風景、それもまた匠にとっては幸せの一つだった。だがこの、時匠の脳内には一つの不安が残っていた。それは、いつか海が死んでしまうのではないか、というもの。第二の父と言える海の死を目の当たりにしようものなら正気など保ってはいられないだろう。海も極道だ。死の覚悟は持っているだろうが、匠に死なれる覚悟などはあるはずもない。だからこそ、今この瞬間を大切にしたいと思えるのだろう。
そんなことを思案しながら寿司を食べていると、海が見透かすようにこう言った。
「匠、何か考え事してるな?」
「え!?なんでわかったの!?」
「考え事してますって顔に書いてあったからな!はっはっは!!それで?何考えてたんだ?」
「う〜ん。まぁ色々と・・・ね・・・。」
「まぁ教えてくれなくてもいい。いつか教えてくりゃいいさ。」
そうして二人は寿司屋を出て駐車場に繋がる渡り廊下を歩いていた時だった。突然叫び声が辺りに響き渡る。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
それを聞いた瞬間、二人は振り返り、叫び声の方向へ走って行く。そして周辺にいた人に話を聞くと、指を刺しながらこう言った。
「どうした!何があった!」
「ナイフを持った人が向こうで暴れてるんです!人質もとってる!」
「なに!?せっかくの楽しい日だったのに・・・。畜生が・・・!」
「海さん、どうするの・・・?」
「俺は有田組の天馬海だ。ここの管理人から守代を頂いてる。だから無視するわけにはいかねぇんだ。匠、お前はこの辺で待ってろ。お前を危ない目には遭わせられない。」
「わ、わかった・・・・。」
「じゃあちょっと待ってろ?武闘派の意地、見せてやる。」
そうして海は指を刺された方に走って行く。しばらくすると男の怒声が響き渡るのがわかった。そして海が男の前に立ち塞がる。
「おい兄ちゃん。うちのシマで随分とチャレンジャーだな。」
「やっと出て来たか。有田組・・・!」
「何が目的だ、言え。言わねぇってんならここで死ぬだけだ。」
「俺は手嶋組の吉田だ。覚えはねぇか?」
「手嶋組!?テメェらうちのシマ荒らすってのか?」
手嶋組。海の所属する有田組の隣にシマを持ち、長年敵対関係にある組織だ。そんな組員が自分のシマに入り事件を起こしたとなれば無論有田組は激怒するだろう。それは海も同じことだ。
「お前らは邪魔なんだよ。ここは俺らのシマになったほうがいいんだ!」
「容赦はしねぇ。お前はここで殺す。」
海の目に明確な殺意が宿る。
「姉ちゃん、目瞑っときな。嫌なもん見ちまうぜ。」
「は、はい・・・。」
そう返事をして人質の女性は目を瞑る。次の刹那、海が爆ぜるような踏み込みを見せる。海はカシラとは言え、元々は武闘派だ。その踏み込みはまさにプロ中のプロだろう。
「さぁ、地獄に行こうか・・・!」
瞬間、吉田が人質にしていた女性を投げるように手放す。それを見て海はさらに怒る。
「テメェ、なにしてんだぁ!!」
「うるせぇ!死ぬのはお前じゃ!」
吉田はナイフを抜き、海に襲いかかろうとする。だが・・・・
「それじゃあ遅いんだわ。」
その時、海は既に吉田の懐を掌握していた。
「顎砕けとけ。」
「ぐ・・・は、はや・・・!」
放たれたのは、空手の上段突き。それは見事に顎を打ち抜き、吉田を無力化してみせた。
そして海は組に即座に連絡し、増援を呼んだ。
30分後・・・
「青山、悪い。よく来てくれたな。」
「いいえ?カシラ。お疲れ様でございます。」
「あぁ、後の処理、任せても大丈夫か?今匠と来てるんだ。」
「そうなんですね!ならばそちらを優先してください!」
「ありがとうな。じゃあまた週明けに会おうや。」
「はい!」
そうして二人は別れ、海は匠の元へと急ぐのだった。
「匠!遅くなって悪いな。」
「海さん!無事でよかったよ!」
そう言いながら匠は駆け足で海への元へ向かい、抱きつく。
「本当に心配だったよ・・・。」
「心配かけて悪かったな。それじゃ、今日の食材買って帰ろうか!」
「うん!」
紆余曲折あったが、改めて二人は帰宅することとなった・・・
帰宅後・・・
「匠!次はどこに行きたい?」
「うーんとね、温泉旅行とか行ってみたい!!」
「旅行か!いいなぁ!家族旅行には憧れてたんだよな!」
「俺も俺も!!家族で旅行とか行ったことないから・・・。」
「じゃあ俺がたまに行ってる温泉旅館でも行ってみるか・・・?」
「え!?いいの!?行きたい!」
「もちろんだ!ただなぁ、最近忙しくなりがちでなぁ、いつになるかわからねぇんだよな。待っててくれるか?」
「うん!いくらでも待つよ!」
「そうかそうか!なら安心だ!明日からまた出勤だからな、今日はもう寝るぞ。」
「わかった!おやすみ〜!」
「おう!おやすみ!」
そうして、その日は終わりを迎えるのだった・・・・・
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