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開幕戦④

――十年前――

 まだ十六歳で新米の騎士だった頃、彼女はとある王族の姫に直属の護衛として仕えていた。ある日、城から離れた所にある湖に願いを叶えてくれるという精霊がいるという噂を聞きつけた姫が、彼女を含めたわずかな護衛だけを連れてお忍びでその場所へと向かった。ところが、不幸にも魔物の軍勢に見つかり、周りを包囲されてしまった。

「おそらく百体以上いる。しかも率いているのは魔王軍、参謀のオーク。簡単に逃がしてくれる相手ではないな。」

 護衛仲間であるくのいちが状況を分析して言った。

「誰かが囮になるしかないわね。」

 同じく護衛のエルフが言った。

「それなら私が……。」

 女騎士は言いかけた所で止まった。それ以上を口にするのが恐ろしかったのだ。第一、自分が囮になったところで、他が逃げ切れるとは到底思えなかった。

「もう無理です!どうせ皆死んじゃうんですぅ!辱められるくらいだったら、自らの手で……。」

 護衛の中で最年少の僧侶が泣きじゃくりながら言った。

「馬鹿!まだそうと決まったわけじゃ……。」

 女騎士は必死に否定したが、横を見るとくのいちとエルフはそれぞれくないと短剣を取り出し、それを自らの首へと近づけていた。それを見た彼女も自分の剣を抜き、震える手で剣先を自らの腹へと向けた。

「皆さんばっかりにずるいですぅ。私を最初に殺してからにしてくださいよぉ……。」

 杖しかもっていない僧侶が喚いたので、三人は手を止めざるを得なかった。そして女騎士は立ち上がって彼女のもとへと近づき、剣を振り上げた。

「すまない……。」 

 剣を握る手に力を籠め、僧侶の首へ振り下ろそうとしたその時。

「おやめなさい!」

 護衛たちのやり取りを静観していた姫がようやく口を開いた。

「この私の護衛ともあろう者共がなんです?泣き喚いてみっともない!泣き言は最後まで戦ってからになさい!」

 女騎士は思わず手を止め、姫の方に向き直った。

「も、申し訳ございません、姫様。では、誰かがやはり囮役を……。」

 くのいちが最初に謝った。

「それはなりません!一人だけ残して逃げるなどあってはならないのです!」

 姫はすぐに否定した。

「では我ら四人で足止めをします。どうかその隙に姫様は……。」

 エルフが言った。

「それもなりません。元々私のわがままでこうなっているのです。私一人でお前たちを置いて逃げるなどありえませんわ。」

 姫はなおも否定した。

「では、どうなさるおつもりですか?」

 女騎士は尋ねた。

「私も戦います。女騎士、剣を貸しなさい!」

 姫は強い口調で言った。

「いや、しかし……。」

 女騎士はたじろいだが、姫はそんな彼女の手から無理やり剣を奪い取ってしまった。

「いいですか、あなたたち。私はいずれこの国の王となり、魔王軍と戦うつもりです。そのような人間がこの程度のことで、ビビったりしているわけにはいきませんの。あなたたちも私の部下であるならば、後に続きなさい。そして、その目に焼き付けなさい。この私の生き様を!」

 そう言うと、彼女は一番乗りに魔物の集団へと襲い掛かり、次々と切り倒していった。護衛たちは唖然としてその様子を見ていたが、我に返り慌てて自分たちもその中に加わった。

 こうして彼女たちは三日三晩休まずに戦い続けたのち、城から援軍が到着し、五人全員が生還を果たしたのだった。

 帰ってくると、多くの人間からこっぴどく怒られた五人だったが、この経験は彼女たちの結束を強くした。とくに女騎士は姫の気高い生き様に感銘を受け、諦めずに戦い続けることの大切さを知ったのだった。そのからあとも彼女は様々な戦いで窮地に陥りながら、諦めの悪さで生き抜いてきた。のちに組まれた勇者をはじめとした魔王討伐隊に彼女が選ばれたのは、剣術が優れているからでも、知略に恵まれているからでもなく、その何度も逆境を跳ねのけてきた心の強さゆえだった。



「私らしくなかったな。」

 女騎士はそう呟くと、立ち上がりバットを構え、投手を見据えた。

「私はあの時、百人の相手をしたんだ。たかが九人程度……。」

 彼女が何かぼそぼそ言っているのが捕手の浜松には聞こえたが、その内容まではいまいち分からなかった。前の球に対する反応を見るに、同じ球で問題ないだろう。そう思った浜松は再びインコースにミットを構えた。

「相手にならんわ!」

 女騎士は力強く言い切った。明らかにさっきまでと彼女の様子が違うのに浜松は気づいたが、すでにピッチャーの伊豆はすでに投球モーションに入っていた。そしてインコースに前と同じ変化球を放った。女騎士は今度は一切臆することなく、ボールを見据える。少し早めに腰の回転を始め、腕をたたんでバットをフルスイングした。タイミングは少し早く、位置もバットの根本に当たるかと思われたが、ホームベース手前で変化したボールは丁度バットの芯へと移動し、タイミングもドンピシャになった。女騎士が思い切り振りぬくと、会心の当たりがライトへと飛んだ。

「打ったぁぁぁ!大きいぞ!ライト、下がる、下がる!」 

 ボールは高々と舞い上がり、それを追いかけたライトはフェンスまで到達した。そして全力でジャンプしてグラブを伸ばす。ようやく落ちてきたボールは、グラブのわずか五センチほど上をすり抜け、フェンスに当たって跳ね返った。ボールはそのまま無人の外野を転がっていく。

「ランナー返ってきました!同点!」

 村人はホームに返ってきた。捕球に失敗したライトはジャンプした際にフェンスに激突したことで、バランスを崩し地面に倒れていた。そして、ボールが遠くまで転がり続けているのに気づき、立ち上がって急いで追いかけた。

「バッターランナー二塁を回る!」 

 女騎士は夢中で駆けた。ライトは既にボールに追いつき送球の体勢に入っていたがそんなことは気にもせず、突き進んだ。三塁ランナーコーチが必死に止めていることにさえ気づかなかった。

「三塁回った!」

 野球場のダイヤモンド一周は約百十メートル。決して楽な距離では無い上に、八回までキャッチャーという負担の大きいポジションにつき続けた女騎士は疲労困憊していた。息を荒げ、大粒の汗を垂らしながらホームベースに向かって死力を尽くして進み続けた。ライトの投げたボールは二塁手の中継を経たのち、ホームへと戻ってきた。それと同時に女騎士はホームの目の前まで到達し、頭から滑り込んだ。浜松はやや一塁側に逸れた送球を捕球し、あわてて振り向きながらキャッチャーミットを女騎士の手へ伸ばした。土埃が宙を舞い、皆が息をのんで審判に注目した。審判は一拍おいたのち、手を横へ大きく開いた。

「セーフ!」

「へへへっ。」

 ダイヤモンド一周で力尽きた女騎士は、うつ伏せのまま拳だけを上につき上げた。

「ドラゴンズ、逆転!土壇場で女騎士が大仕事をやってのけました!」

 九回表ツーアウトからの逆転劇にレフトスタンド、そして日本中のドラゴンズファンが湧いていた。

「私を見くびるなよ!この程度の修羅場、何度となく乗り越えてきたさ!」

 立ち上がった女騎士は浜松に向かって叫んだ。そして、ベンチに戻りチームメイトたちからの熱い祝福を受けた。

「そうか、そりゃあ大したもんだな。」

 女騎士が去ったあと浜松は一人呟いた。

「ストライク、バッターアウト!ゲームセット!」

 九回裏は抑えの魔法使いが三人で締め、見事アウェーでの開幕戦で勝利を手にした。開幕初戦にドラゴンズが勝利するのは実に十年振りで、新しいチーム名「異世界ドラゴンズ」と見慣れない選手たちも相まって、今年こそは何かが違うぞという雰囲気が日本中に漂い始めていた。事実、これから彼らはプロ野球界に衝撃をもたらし続けていくことになる。

 



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