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開幕戦②

異世界人の活躍をベンチで見守っていた東海は、ここ一カ月間の練習のことを思い出していた。全く素人の彼らに野球を教えるのは非常に骨が折れた。加えて彼らは、当然ではあるが現代日本における社会的常識というものを全く心得ておらず、野球以外でも様々な場面で東海は苦労を強いられることになった。例えば、街を走る車を魔物と勘違いした女騎士が切りかかろうとするのを必死にとめたり、すれ違う人の血を吸いにとびかかろうとする吸血鬼から通行人を守るために自分が血を吸われたり、ドワーフが勝手にピッチングマシンをバラバラに分解してしまったりということがあった。そして、なにより頭を悩ませたのが、彼らは勇者一行と魔王軍という敵対していた二つの勢力からなっているため、度々諍いを起こし、本気の喧嘩を始めてしまうことだった。その度に東海は苦労して喧嘩を止める羽目になった。

 異世界人たちが突然部屋に現れた日の翌日、東海は彼らを連れてドラゴンズの室内練習場へと向かった。開幕まであと一か月。本来ならばレギュラーシーズンに備え必死に練習しなければならないが、練習場は閑散としておりただ一人の選手が黙々とバッティング練習をしているだけだった。

「お疲れ様です、東海さん。」

 バッティング練習を行っていた選手が一時中断して帽子を取り、東海に挨拶をした。彼の名前は有地理人ありちりと。二十七歳の野手で、内外野幅広いポジションが魅力の選手だ。大卒でドラゴンズに入団して以降、一軍と二軍を行き来する生活をしていたが、昨年度は初めて年間を通して一軍に帯同。今年度はスタメン定着を目標にと思っていた矢先、ドラゴンズ解散の噂があがったのだった。彼以外の選手、監督、そしてコーチまでもがドラゴンズを退団し、残ったのは彼だけだった。それでも腐らずに、ここ最近は練習場でピッチングマシン相手に一人寂しく練習するのが日課となっていた。

「もし良かったら少し投げて貰えませんか?たまには生きたボールを打ちたくて。」

 東海はそんな有地を可哀そうに思い、たまに練習場に来ては練習の相手になってやっていた。

「あ~、それよりちょっと今日は君に紹介したい人たちがいてね。」

 東海は少し恥ずかしそうにポリポリと頭を掻きながら言った。

「じゃあ、入ってきてくれ!」

 振り向いて少し大きな声で練習場の入口の方に呼びかけた。すると、鎧を着た男女、よぼよぼの老人、二足歩行の獣等、見るからに普通ではない集団が中に入ってきた。

「何ですかあのコスプレ集団。」

 有地は半ば呆れながら言った。彼にはその集団と自分との関連性を一切見いだせなかった。

「紹介しよう、君のチームメイトたちだ。」

 集団が二人の近くまで来たところで東海は言った。

「え?」

 有地は状況が呑み込めずに混乱した。

「そういうわけだ、よろしく頼む。」

 集団の中から鎧を着た長身の女性、女騎士が前に出て有地に手を差し出した。しかし、有地はその手を取らずに、東海へと詰め寄った。

「なにふざけたこと言ってんですか!東海さん!開幕まであと一か月しかないんですよ!あなたどうにかして選手を集めるって言ってたじゃないですか!」

 普段温厚な有地に詰められ、東海はたじろいだ。

「だから……連れてきたんだ。彼らがその選手だ。」

「どうやったらあの深夜アニメの登場人物みたいな人たちが野球選手になるんですか!うちはパフォーマンス集団じゃないんですよ!」

「それは……かくかくしかじかで……」



「まあ、だいたいわかりましたけど、彼ら素人なんですよね。いくらなんでも一か月でプロの試合に出るのは無理じゃないですか?」

 東海の説明を受け、有地はとりあえず落ち着きを取り戻した。

「俺だって無理を言ってるのはわかってる。でも、もう彼ら以外にいないんだ!」

 いきなり現れた異世界人に野球をやらせようという発想に至るまで東海は追い込まれているだと、有地は察した。そして、改めて異世界人の方に目を向けた。明らかに人間でないものも含まれているが、鍛え抜かれた良い体をしているものが多い。彼らならあるいは。

「分かりましたよ。さっきは取り乱してすまなかった。」

 有地は改めて女騎士へと手を差し出した。

「ああ、これから指導を頼む、有地先輩。」

 女騎士はその手をガッチリとつかんで握手をした。

そこからは苦難の日々が始まった。東海と有地で異世界人たちに野球の指導を行ったが、素人二十人を二人で教育するのはもはや不可能に近かった。まずはルールを理解させるための勉強から始めたが、異世界人たちは例外なく座学が苦手であり、説明を始めて十分もすると皆飽きて他のことをはじめるか、居眠りをするかのどちらかであった。そのためすぐに実戦形式の練習に入らざるを得なくなったが、ルールを覚えていないので身になる練習とはいえなかった。最初のうちは開幕戦までに彼らの教育を終えられる未来が見えず、絶望していたが東海だったが次第に彼らの扱い方を覚えていくことになる。

きっかけは異世界人たちが現代の科学技術に興味を示したことだった。とりわけテレビとゲームは彼らにとって最上級の娯楽となった。そこで東海はテレビで見れる番組を野球のみにし、ゲームもまた野球ゲームだけにしてしまった。そのため練習以外でも野球とかかわる時間が格段に増え、少しずつルールの理解が進んでいった。そして、未だ細かいルールの把握漏れは多々あるものの、何とか開幕戦までに試合ができるほどには間に合わせることができたのだった。


女騎士の満塁のホームランの後、後続が倒れ激動の一回表は終了した。今度は守備のためにドラゴンズのスタメン選手たちがベンチからグラウンドへと出ていった。

「すまない、有地。」

 東海はベンチに残っている有地に言った。彼は異世界人の指導のために自分の練習時間が取れなかった挙句、スタメンを外れていた。

「謝らないでくださいよ、監督。俺はドラゴンズのためだったらなんだってやります。」

 彼だって出れるものならスタメンで出たいに決まっている。この一か月間、東海は有地に申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、ドラゴンズのためには彼に黒子役に徹してもらうほかなかった。

「それに俺は納得してますよ。彼らの才能は本物ですから。」

 有地の言った通りで、マウンドではドラゴンズの先発、勇者による圧巻のピッチングが披露されていた。相手エース駿河にも劣らない150キロを超えるストレートに加え、縦横無尽に変化する様々な球種。そして極めつけはボール一個分を出し入れ可能の超繊細なコントロール。この投手を相手に初見で攻略するのは難しく、一回裏は三者連続三振。対照的な初回の攻防となった。

その後は単調なゲーム展開が続いた。一回こそ満塁ホームランを浴びた駿河だったが、二回以降はいつもの調子を取り戻し、ドラゴンズに追加点を許さなかった。それよりティータイムズにとって問題だったのが、ドラゴンズのピッチャー、勇者の攻略の糸口が全く見えない事だった。六回終わって出塁はたったの二つ。いずれも単発のヒットで、与四球はゼロ。球数は八十で完封も視野に入るペースだった。

「大分疲れて来てるんじゃないか?」

 六回終了後、ベンチに戻りながら女騎士は、勇者に尋ねた。

「いや、まだ大丈夫だ。」

 勇者は即答したが、その声には少し苛立ちが混じっているように女騎士には感じられた。

「監督、そろそろかもしれない。」

 ベンチに戻った女騎士は東海に耳打ちした。

「そうか、わかった。」

 一見完璧にも見える勇者には、スタミナという弱点があった。八十球で交代というのは、先発ピッチャーとしては早い方である。しかし、開幕までの練習で勇者の弱点がスタミナであるというのは既に判明しており、六回あたりが潮時だというのはあらかじめ予想していたことだった。

「代えますか?」

 有地が東海に尋ねる。東海は決めかねていた。

「勇者、まだいけそうか?」

 本人の意思を尊重しようと思った東海は勇者に聞いた。

「ああ、問題ない。まだ無失点だ。」

 だが、東海はまだその時ではない、と判断した。ここまでほぼ完璧に近いピッチングをしているのだから、当然といえば当然だ。

 七回の表のドラゴンズの攻撃は三者凡退であっさり終わり、勇者は休む暇もなく七回裏のマウンドに立つことになった。そして、先頭打者に対して今日初めての四球を出した。加えて続く打者にヒットを打たれ、ノーアウトの一、三塁。今日初めてのピンチを迎えた。

 ベンチの東海はあたふたしていた。どうするべきか思考を巡らせ、狭いダグアウトの中をうろうろする。

「落ち着いてくださいよ、監督。」

「……すまん。」

 有地にたしなめられ東海はうろうろするのはやめたが、決断はできなかった。彼はもともとプロのピッチャーでしかも先発だった。先発したなら完封までやり遂げたい、という気持ちをよくわかっていた。しかし、それは選手側の理屈であり、監督としては正しいとは限らなかった。時として非常な決断を求められるのが監督である。グラウンドでプレーしている選手たちがそうであるように、彼もまた監督としては素人同然だった。

 結局投手は勇者のままで行くことになった。彼が疲弊しているのは誰の目から見ても明らかだった。六回まではなかった大きく外れるボール球が増え、ストレートの球速は五キロ近く落ち込んでいた。加えてティータイムズの打者陣も三巡目を迎え、目が慣れ始めている。

 そして、ピンチの場面で迎えたティータイムズの四番、御殿場への初球。ど真ん中に入った直球を捉えられ、スタンドへと運ばれた。

「クソッ!」

 マウンド上でくやしがる勇者を見て、東海はようやく投手の交代を決意した。

「僧侶、頼む。」

「私、ですか……。」

 呼ばれたのは身長150センチ程度で、筋骨隆々な集団には似つかわしくない可憐な少女だった。僧侶は誰が見ても緊張しているとわかるようなたどたどしい足取りで、マウンドへと向かっていった。マウンド上でサインの確認を行いながら、女騎士が励ましの言葉を贈るが、全く耳に入っていない様子だった。僧侶は呼ばれる前からブルペンで準備はしていたが、心の準備の方はまるで出来ていなかった。

「本当に彼女で大丈夫ですか?」

「ああ、投手としての能力は十分高いものを持っている……はずだ。」

 有地の問いに対して、東海は不安げに答える。彼女の特徴としては左投げのサイドスロー。制球力が高く、癖の強いフォームのため初見の相手には有効だと東海は判断した。ただ一方で、極度のあがり症であり、性格的には中継ぎには向いていないという面もある。

 東海たちの不安は的中し、僧侶は一人目のバッターに対していきなり死球をかました。それからは散々だった。続くバッターにヒットを打たれ、その次は四球、あっという間に満塁になった。そこからさらにキャッチャーの女騎士が構えた位置から1メートルはずれる大暴投で一点を献上した。

 味方の好守にも助けられ、何とか後続は打ち取ることができたものの、ドラゴンズは七回にしてとうとう四対四の同点に追いつかれてしまった。

「馬鹿者!マウンドで弱気になるやつがあるか!」

「ごべんなさい~。」

 僧侶は女騎士に喝を入れられながら、ベンチに戻ってきた。彼女は途中から半泣きで投げており、同点になってからは大粒の涙を流しながら投げていた。

「まだ逆転されたわけじゃない!こっからが勝負だ!」 

 有地がチームメイトたちを鼓舞したが、ベンチ内の空気は既にお通夜と化していた。加えて、それに呼応するかのように次のドラゴンズの攻撃は三者三振。長かった七回裏とは打って変わり、八回表は一瞬で終わってしまった。

 東海は自らの選択を悔いていた。やはり七回のはじめできっぱり投手を後退したほうがよかったかもしれない。四点のリードがある場面なら僧侶も落ち着いて投げることができたのではないだろうか。或いはホームランを打たれた後も勇者を変えずに七回までは投げさせるべきだった。そうすれば、一点差を守ったままで済んだかもかもしれない。あらゆる可能性が彼の脳裏を巡ったが、いまさら後悔しても遅かった。そして、本来最もやるべきである選手への声掛けを行わずに、八回裏の守備に彼らが向かうのをただ見守っていた。



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