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開幕

一 開幕戦


「さあ、いよいよ待ちに待ったプロ野球開幕戦!今日最も注目の試合と言ってもいいでしょう!異世界ドラゴンズ対フジヤマティータイムズの対決をお送りしていきます!」

 開幕戦の日、各家庭のリビングにやたらとハイテンションな実況の声が響き渡った。それもそのはずである。開幕一か月前は、資金不足により選手を集められずリーグ戦不参加とまで言われていたドラゴンズ。事態が動いたのは一週間前。突如、ペナントレースへの参加を表明。同時にチーム名を「味噌かつドラゴンズ」から「異世界ドラゴンズ」へと変更することが告知された。ドラゴンズは今、最も話題を集めいているチームなのである。

「異世界が何を意味するのかは未だ分かりませんが、とりあえず先ほど発表されたスタメンを見てみましょう!」


1 ゴブリンA (中) 右投左打

2 ドワーフ  (二) 右投右打

3 オーク   (右) 左投左打

4 村人    (一) 右投右打

5 女騎士   (捕) 右投左打

6 吸血鬼   (三) 右投右打

7 ギガンテス (左) 右投右打 

8 ワーウルフ (遊) 右投左打

9 勇者    (投) 右投右打


「どうでしょう?解説の谷島さん。」

「一人も知りませんね……。」

 球場の電光掲示板に表示されたドラゴンズのスタメン選手たち。その全員がデータがなく、出身高校や風貌、これまでの経歴といった一切の情報が存在しなかった。そのためSNSや匿名掲示板ではドラゴンズの話題で持ちきりであり、日本中がこの試合を心待ちにしていた。

「分かるのはベンチ入りしている有地ありち選手とGM兼任の東海監督だけですね。」

 東海は自由奔放な異世界人たちをまとめるために監督になっていた。そもそも監督を雇う金もないというのもあった。

「今ドラゴンズ側から情報が入ってきました。何と、ほとんどの選手が野球を始めたばかりの素人ということです!」

「素人が勝てるほどプロ野球は簡単ではありませんよ。」

 解説の谷本は冷静に言った。

試合会場は、ティータイムズの本拠地「フジヤマ球場」。屋外球場でバックスクリーンの向こうに富士山が見える絶景スポットでもある。ドラゴンズにとってはアウェイだが、愛知から多くのファンが駆けつけており、むしろ声援は優勢だった。開幕前は解体されるという噂が流行っていたが、チーム名を代えて参戦すると聞いて皆集まってきていた。

「さあ、いよいよ試合が始まります!一回の表、ドラゴンズの攻撃です!」

 待ちに待ったその時が来た。ついに謎に包まれたその姿が明らかになる時が来たのだ。球場中そして日本中の誰もが、固唾をのんで見守った。

「一番 センター ゴブリンA」 

 おおよそ人間のものとは思えない名前をウグイス嬢がコールする。ダグアウトから、それがついに姿を現した。バッターボックスまで歩いていき、二度素振りをしてから左打席に入った。テレビ中継のカメラがその姿を捉える。

 それは120センチメートルにも満たない小躰で人語を介さない化け物。魔法使いのかけた魔法によって人々からは辛うじて人間には見えていたが、それでも異様なことには変わらなかった。

「プ、プレイボール!」

 観客や相手のキャッチャー、そして審判までもが違和感を覚えつつも試合が開始した。

 ティータイムズの先発は駿河。開幕投手を務めるだけあって、昨年度チーム内で勝利、防御率、奪三振でトップの成績である。ストレートで押していくタイプのパワーピッチャーであり、その平均は150キロを優に超え、調子の良いときは手が付けられない。球種はストレート、カーブ、フォークの三つと多くはないが、緩急の差が大きくバッターはタイミングを外されてしまう。一方でコントロールに難があり、ストライクが入らず自爆していくことも珍しくはない。

そして、駿河は今これ以上ないほどに緊張していた。開幕投手という重圧に加え、新生ドラゴンズとの初試合、対戦経験のないバッター。その緊張を読み取った駿河の女房役、浜松はあえて得意のストレートではなく、様子見のカーブを要求した。マウンド上の駿河は頷き、投球の体勢に入った。

駿河の指先から離れたボールはやや高めに向かったのち、次第に曲がりはじめ、バッターボックスに届くころにはストライクゾーンぎりぎりいっぱいに決まった、かに思われた。

「ボール!」

 しかし、審判がコールしたのはボールだった。完璧にコントロールされた一球であり、普通はストライクである。ところが、身長が120センチのゴブリンAにとっては頭の上を通過するような大きく外れたボール球である。

 自身のあった一球をボールコールされたことで駿河は動揺してしまった。ストライクが入らず、先頭の打者のゴブリンAに四球を出した。

 続くドワーフは手堅く送りバント。ワンアウト、ランナー二塁。そして、三番オーク。初級ストレートを捉え、ライト前ヒット。当たりが鋭すぎたためにホームには帰れず、三塁でストップ。その後の四番村人相手にもストライクが入らず、四球。あれよあれよという間に満塁になってしまったのだった。

「よっしゃ!」

 ワンアウト、フルベース。これ以上ないチャンスに女騎士は気合満々でバッターボックスに入った。対するキャッチャーの浜松は悩んでいた。駿河はストライクが入らず、とくに変化球のコントロールに苦しんでいる。ここはストレートで押していくしかない、と判断した。

 初球、ストレートに狙いを定めていた女騎士はフルスイングしたものの、思っていたより手元で伸びてくる直球に対して空振りした。

「くっ!」

 悔しがる女騎士を見て、相手バッテリーは確かな手ごたえを感じていた。続けて投げた二球目のストレート。今度はバットに当てたが、打球は前には飛ばずファールとなった。二球で追い込むことに成功した浜松はとりあえずアウトを一つ取ろうと、フォークを要求。駿河も首を縦に振った。

 わけわからん奴らに調子を狂わされたが、打たれたのは3番の一つだけだ。本来の調子ならこんな奴ら大した敵じゃない。とくにこいつは安パイだ。普段の強気を取り戻しかけた駿河は、セットポジションから投球姿勢へと入った。

 バッターボックスの女騎士は二球で追い込まれたにも関わらず、まったく怯む様子を見せなかった。それは、単に野球経験の浅さからその重大さを理解していなかっただけかもしれないが、歴戦の猛者のようにも見えた。ただまっすぐに投手の方を鋭く見すえたその姿には、確かな威圧感があった。

 緊張が指先に伝わりボールが手を離れる瞬間、指に少し引っかかるのを感じた。投げた瞬間、駿河はしまった、と思った。投じたボールは大きく落ちることはなく、ストライクゾーンの高さのままバッターへの近くへと到達した。女騎士は相も変らぬフルスイングでその一球を振りぬいた。

 打った瞬間に確信できる当たりだった。引っ張った打球が、決して小さくないはフジヤマ球場のライトスタンド上段へと突き刺さる。困惑するティータイムズのファンとは対照的に、レフトスタンドからははちきれんばかりの声援が飛んだ。長年の暗雲を一撃で吹き飛ばすような、皆が待ち望んでいた一発だった。

「へへっ。どんなもんだ!」

 ベースを一周して戻ってきた女騎士は、チームメイトとベンチのチームメイトとハイタッチを交わした。

 この満塁ホームランは現地のファンだけでなく、テレビ中継を視聴していたファン、そして他の試合を観戦していた他チームのファンにも速報として知れ渡り、大きな衝撃を与えた。まさに新生「異世界ドラゴンズ」の産声とも言える一発であり、プロ野球の歴史に残る快進撃が今、始まったのだった。


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