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「急に連絡してごめん。突然なんだけど、葬式用の似顔絵を描いてほしくて」
「…え?」
高校の同級生から受けた相談だった。突然連絡が来て話があるなんていうものだから、『実はこの商品が凄く良くて…』みたいな話をされるかと思っていたのに、実際は予想外のものだった。同級生といっても、本当にただ同じクラスに居たというだけの関係で、それ以外の繋がりは一切なかった。大して顔を合わせていなかった相手といえど、8年も経っていればさすがに「歳をとったんだな」とわかる。喫茶店の窓から向こうに見える青い葉が、より一層青く見える気がした。あれもいつかは色が変わって、地に落ちてしまうんだろうなと思った。
「タケル、似顔絵師やってるんだろ?だから…」
「え、ちょっとまって。俺がどんな似顔絵描いてるか知ってていってる…?」
似顔絵と一口に言っても、いろんなものがある。その中でも俺が描くのは、ショッピングモールとかで見かけるような、被写体の特徴を誇張してデフォルメするタッチのものだ。その髪の毛まで描くリアルなものなら「遺影の代わりに」なんてのもわからなくもないが、僕の絵はそれとは到底かけ離れている。結婚式やパーティーの絵を依頼されたことはあるが、葬式っていうのはいかがなものなんだろうか…。
「もちろん、見たことはあるよ。インターネットで調べた」
「え、葬式って、お葬式だよね? 人が亡くなった時にする…」
「そう。おばあちゃんが亡くなったんだ」
目の前の表情が暗くなって俯いた。会話の確認がしたくて尋ねただけの質問だったが、もしかしたら嫌なことを思い出させたかもしれないと思うと、無性に罪悪感が湧いた。
――タケル、いいか? 似顔絵を描くってのはな…
次の季節を待つ香りが過去の記憶も連れてきて、確かに誰かとの別れは悲しいものだと共感した。
「これ、おばあちゃんの写真」
目の前に置かれた小さなデスクに1枚の写真が置かれた。大して関わりのない相手が見せる、もっと関わりのない人物。それでもどこか愛着を感じたのは、写真の被写体が放つ魅力か、はたまた僕の心境のせいか。断りたい気持ちもあるが、彼の苦しそうな表情のせいで容易くできない。
「これを式で飾ればいいんじゃないのか?」
「俺だってそう思ったよ。でも、おばあちゃんは写真が嫌いだったんだ。これだって、やっと引っ張り出してきた1枚でね。決まり事といっても、最期にばあちゃんが嫌がることはしたくない」
「本当にいいのか? 俺の絵はとても場に合うようなものではないと思うけど」
「うちは何かと『家、家系』ってうるさくて。実は式場も親戚が関係している会場でやるって決まっているんだ」
「かなりお堅いんだな」
「あぁ。ばあちゃんの気も知らないでな。写真のことも、他の身内はこれがいいって言うんだけど、さっき言ったように、ばあちゃんが嫌がるんじゃないかと思って。ただ、これからのことを考えると角が立つのも嫌だから、『高校の同級生』って繋がりがあるやつならいいかと思って」
「なるほどな」
自分が選ばれた理由がはっきりしてきた。嘘でも『タケルの絵じゃないと駄目なんだ』と言わなかった彼に信頼感が湧いた。似顔絵師をしてる同級生なんでそうそう見つけられるものではないだろうし、これなら合点がいく。
「ダメ元で頼んで悪かった。俺はこれで…」
「受けるよ」
「え?」
――俺ぐらい…絵師、他に居ないだろ!
「俺ぐらい似顔絵が描ける同級生なんて、他に居るのか? 俺が断ったらどうするんだよ」
「それは…」
「描くよ。この写真、借りていいな?」
「あぁ。よろしく頼んだ。恩に着るよ」