第4話「赤色、金色、空色」
この回からだいぶ文体が変わってますが、あくまでも執筆練習用の実験作ですのでご容赦を。
「しょしょしょ!! 小生とッ!! 小生とッ!!」
ジュリアンは、中庭の噴水から少し離れた芝生の上に立ち、巡査部長と同種族の――黒ずんだ小さな鼻と犬のような尻尾をした――小さな女を前にして、顔を真っ赤にしながら必死になにかを伝えようとしている。
女は怪訝そうな表情で、ジュリアンの横からひょいっと顔を出してジュリアンの後方を覗くと、「キャアアアアア!!」と叫び、一目散に逃げ出した。
「なんだアレは!?」
「うわあああーッ!?」
「逃げろーーッ!!」
重く禍々しい足音が中庭に響き渡り、こちらに近づいてくる。周囲は途端にパニックとなった。
「小生とッ!! 小生とーーッ!!」
全然気づいていないジュリアンの背後に、巨躯なジュリアンの三倍はあろうかという岩の巨人が迫る。そして哀れジュリアン、あっけなく踏み潰された──否、踏み潰される直前にどこからか球体が飛んできてジュリアンに当たり、ジュリアンの全身が岩に包まれた直後に踏み潰された。
土にめり込み塩釜焼きのように割れた岩の隙間から、うつ伏せ状態のジュリアンが横向きに顔を覗かせている。白目を剥いているが意識はあるようだ。
岩の巨人はなおも前進しようとすると、犬が吠えながら向かってきた。ハルだ。ハルは巨人の前に躍り出て、唸り声をあげながら巨人を睨んだ。ハルの背後には、腰が抜けて逃げ遅れた太ましい男がいる。
「現珠!!」
少女の凄まじい声量が中庭じゅうに響き渡る。スカラーだ。スカラーはいつの間にか警官の制服に着替えており、全速力で走りながら、手のひらから煙をまとったピンポン球大の玉──現珠を出現させた。それを口に含むと全身から湯気のようなものが立ち昇り、突如超人的な速さでダッシュする。そして巨人めがけて勢いよく飛びかかり、巨人の胸元に強烈な肩タックルを食らわせた。巨人は衝撃でぐらつき、半歩後退した。
スカラーはその場に着地すると後方に跳ね、巨人との間合いを取る。全身からの湯気は止んでいる。そしてスカラーは「ハル!!」と叫ぶと、駆けつけたハルは眩しく輝き、一瞬で大剣──簡素ながら特徴的な装飾を施した両手剣となった。それをスカラーは両手で持って下段に構えると、神威を放つ──スカラーを中心として放射状に芝生がそよいだ。するとゴーレムは前進するのを止め、スカラーのほうを向いた。
「すごっ……タックルで巨人をぐらつかせたよ」
マリアはホバーフラクトのように浮上する大きな本に乗ってスカラーを追いかけながら、感嘆の声をあげた。
「で、あのワンちゃんが神器ね……あとで徹底的に調べちゃる。うひひ」マリアの瞳に若干の狂気が宿っている。
「しかしなんで収蔵庫のゴーレムが……ん?」マリアはスカラーの背後に誰かがいるのに気がつく。それは逃げ遅れた太ましい男と、フードを被った長身痩躯の男で、フードの男は太ましい男を軽々と抱えると、安全圏へと去っていった。
「あいつ……まさか」マリアは男たちを目で追った。
岩の巨人──ゴーレムは、スカラーの身長ほどある拳をスカラーに振り下ろす。スカラーはそれを躱しながら前に踏み込み、大剣を横から振り回すように叩きつけた。刃は岩肌をものともせず喰い込んだが、機械仕掛けの身体に効いた様子はなく、ゴーレムの鈍く光っていた眼が強く光ると、それをスカラーに向けてきた。危険を感じたスカラーは咄嗟にゴーレムを押し蹴り、その反動で大剣ごと後方へ跳ぶ。それと同時にゴーレムの眼から、得体の知れないなにかが放たれスカラーに直撃し、轟音とともに爆煙が舞い上がった。だがスカラーは大剣の剣身で──柄と刃先を持って攻撃を受け止めており、被弾した箇所から煙が立ち昇り、ちりちりと燃え、その箇所が穏やかに発光すると火はすっと消えた。
「ジュリアン君!?」
スカラーに追いついたマリアは、ゴーレムの後方で地面にめり込んでいるジュリアンを発見すると、大きな本に乗ったままゴーレムを迂回するように駆け寄った。ジュリアンを包んでいた岩の殻は大量の小石となり、跡形もなく崩れ落ちていた。
「この石……あいつか」マリアは小石を手で払い、仰向けにめり込んでいるジュリアンの無事を確認すると、神威を放つ──マリアを中心として放射状に芝生がブワッとそよぎ、木の葉が揺れた。そしてジュリアンの背中に手を当てると、母音のみの言語でなにやら唱え始める。するとジュリアンの身体が小刻みに震え、すぐに収まり、やがて全身が淡く光りだした。
スカラーと対峙していたゴーレムは、まるでマリアの神威に反応したかのように、顔だけグルリと回してマリアたちのほうを向き、眼を強く光らせた。
「博士ーッ!! そっち!!」
大地が割れんばかりのスカラーの爆声が轟く。だがマリアは動じず、すさまじい集中力で詠唱を続けている。そしてゴーレムの眼から先ほどの攻撃が放たれた──が、マリアには届かず、その手前で爆発した。爆煙の中から大きな本が姿を現し、盾となって攻撃を防いでいた。
やがてジュリアンの身体がぴくっとする。マリアは「よし」と詠唱を終えると、スカラーの爆声と攻撃の爆音で耳がキーンとしているのに気がつき、「あう……」と痛がった。そして大きな本を浮遊させると、本は自動で開き、自動でページをパラパラパラとめくり、あるページでストップした。ゴーレムはまたもやアリアに向けて眼を強く光らせる。マリアは本のページを読みながら「巡査ーッ! こいつの一層目は脳天!」と叫んだ。
すかさずスカラーはゴーレムの頭上を越える高さまでジャンプすると、肩にかついだ大剣を脳天めがけて振り下ろし、刃は通らずも強烈な一撃を食らわせた。するとゴーレムの眼から光が消え、まるで電池がきれたかのように動作が停止した。スカラーはそのまま空中で一回転し、マリアたちの前に着地した。
「よし、一層目突破。これで十秒程度は停まるはず」マリアは大きな本を閉じると、立ち上がったスカラーに「警察の応援待ち?」と話しかけた。
「いえ、非番なので隊は組んでいません」
「それじゃ私と組みましょう。大声でやりとりするのもアレだし」マリアは苦笑しながら、片耳を指で塞ぐしぐさをしてみせる。
「あっ……!」スカラーは思わず恥ずかしそうに、片手で口を塞いだ。
マリアはくすっと笑うと手のひらを上に開き「賑珠!」と叫ぶ。するとピンポン球ほどの大きさで、土星のような環がかかった玉――賑珠が手のひらから出現した。
スカラーはマリアから賑珠を受け取ると「大丈夫ですか?」と口に含み、飲み込んだ。すると『あら、慣れたものよ』と、マリアの声が耳の奥からも聴こえてきた。
「ところで博士、この禍器は……」
「ゴーレム。奥の収蔵庫で保管されてたやつ。短四霊階だから油断しないでね」
「四……」スカラーは緊張の面持ちとなり、大剣を正眼に構え、光を失っているゴーレムの眼を睨んだ。
「動きます!」
スカラーが叫んだと同時にゴーレムの眼に鈍い光が戻ると、ゴーレムは顔を回転させ、近くの噴水のほうを向いた。スカラーはゴーレムとの間合いを保ちながら大剣を横に構え、マリアたちから離れるように回り込んだ。
「そろそろ二回目の禍威がくるよ」マリアは大きな本を宙に浮かべ、ページをめくっている。
「時間はかけたくないけど……増援待ちですね」
ゴーレムは噴水に手を伸ばすと、大きな手で噴水を掴んでもぎ取った。スカラーは上段に構えた。
「僕も手伝うよ」
マリアは背後から声をかけられて振り向くと、先ほどのフードを被った長身の男がいつの間にか立っている。そしてフードを脱ぐと、赤い髪と長い耳が露わになった。
「中庭のほうだ!」「急げ!」
先ほどゴーレムが壁を壊して脱出した石造りの大きな建物――収蔵庫から、守衛が次々と武器を構えて出てきては、ゴーレムが暴れているほうへと急いで向かってゆく――。
その様子を、浅黒い肌をした帽子の少女が、金色に輝く髪で隠れていないほうの目――左目で、遠くからじっと見つめていた。
やがて「よし、主力は去った」と小声で囁くと、人目につかぬようゆっくりコソコソと収蔵庫に近づき、物陰に隠れた。そこで帽子を脱ぐと、猫耳がピョンっと跳ね起き、尾骶骨あたりを両手でゴソゴソすると、黒い尻尾がピョンっと跳ね出てきた。
「尻尾を出しておかないとどうも上手く動かないな、この身体は」少女は尻尾の先端をくいくいと曲げ、その様子を眺めている。
すると『オレもいまだに見慣れねぇよ』と、少女の耳の奥から少年のような声が聴こえてきた。
「今からそちらへ向かう」少女がそう囁くと、少女はそこにいるはずなのに、まるで誰もいないかのように、少女の気配がその場から消え去った。
少女は気配を消したまま、猫そのもののように軽やかに素早く、物音ひとつ立てることなく移動している。
すると『ゴーレムの穴確認。お~お~ハデにぶっ壊してやがらぁ』と、先ほどの声が少女の耳の奥から聴こえてきた。
少女は収蔵庫の裏手までやってくると、空色の髪をした少年が、遠くの物陰から手招きをしている。少女は少年の近くまで音もなく駆け寄り、物陰にすっと身を潜めると、そこから収蔵庫を覗いた。
収蔵庫の石積みの壁はゴーレムによって内側から破壊され、辺りにはおびただしい量の石材が散乱している。崩れかかった壁にはゴーレムの大きさほどの穴が開いており、建物の内部が露出している。少女は右目を覆っていた金色の髪をかき上げると、右目を塞いでいる得体のしれない眼帯のようなもので、穴の奥をじっと覗いた。
「どうだ? 入れそうか?」
「――ああ。誰もいない。ザルな警備だ」少女は髪をおろした。
ふたりは物陰から姿を現すと、散乱する石材を苦にすることなく、一切の物音を立てず、あっという間に穴の前へと辿り着いた。建物の中はとても暗い。
「行くぞ」少女はためらうことなく侵入する。
「へいへい」少年も後を追うように侵入した――内心イヤそうな表情で。