プロローグ
雲ひとつ、星ひとつない夜空。
天頂に輝く満月が、夜闇に包まれた街を朧げに照らす。
日中は賑わうのであろう誰もいない大通り、音もなく駆けるふたつの人影。
ほとんど視認できない足元を、石畳の凹凸を苦にしないあたり、夜闇の暗さなど彼らには関係ないようだ。
彼らは大通りからはずれ、ところどころにある灯りを避け、獣しか通らなそうな場所から難なく街を出ると、どこから出てきたのか馬のような影に飛び乗る。
ひとつの塊となった影は、虫の音しか聞こえない荒野に蹄音を鳴り響かせ、人の足では到底追いつけない速さで街を離れ、月明かりも届かぬ森の奥へと消えていった。
街に目を戻すと、石造りの建物が所狭しと立ち並んだ一角で、一軒の家屋から煙がもうもうと立ち昇っている。
家屋の穴という穴から煙が吹き出しているが、炎の様子は見えない。松明やランタン、バケツやらを手にした群衆が、大声を出し合いながら家屋を取り囲んでいる。どうやらボヤで済んだようだ。
その様子を暗くて狭い路地から眺めている長身の人影。左手には単弓が握られている。群衆の一人が路地に近づいてくると、右手でフードを深くかぶり、こそこそとその場から立ち去った。
その間、月はずっと動いていない。
漂う雲も瞬く星もなく、夜空を見上げているとまるで時が止まっているかのよう。だがよく観ると、月は少しずつ明るさを増している。
やがてあたりは薄明となり、草深い荒野と穏やかな海、古めかしくも立派な石造りの街並みが姿を現した。