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思っているより大問題


青年は酷く不幸であった。少なからず誰よりもではないが、一般的な人よりは数倍不幸であった。


 


「最低限読み書きできるんだよね?だったらさっさと名前を書いてくれないかな?」


 


幸運であれば最低限、路上で寝ていなくてよかっただろうし、そのところを攫われて、謎の契約書を書かせられることにはならなかっただろう。


 


「はぁ~・・・てめぇみたいな社会のごみを使ってやるって言ってんだよ。喜んで以外の答えは要らないんだよ。わかるか?」


 


青年の頭を押さえつけて、唾やら罵声やら色々を降り注がせる男。警官や会社員と言うにはあまりにも粗雑な言葉であったが、そのスーツには確かな気品を感じるだろう。それに完全に相反する言葉が、全ての品位を下げていた。


青年が渋々書類を書き上げると「それでいいんだよ」と吐き捨てて男は去っていった。


机に伏しながら男を見送った青年は、一重になぜこうなったのかを回想していた。案外妥当かもしれないと結論が出るのは、存外自然なことなのかもしれない。


 


青年の親は会社の利権争いの際に不幸にも巻き込まれ、兵器を用いて物理的に蒸発させられた。その後、青年は学生の身分を失った。


 


この世界において「不幸な誰か」としてよくあることだった。なんせ人権に格差があるのだから。機械やアンドロイドがより高い人権を買い取って、人間よりランクが高いことがザラな世界に、人間が体を無改造のまま、その日の為に稼ぎながら暮らしているなんて戸籍泥棒からしたらカモだ。ものの見事に盗まれてしまった。電子データで戸籍やらなにやらを管理するもんだから、出来てしまう芸当だ。


 


そんな境遇の彼に残っているのは、ポケットに3円と、昨日拾った使われてない焼肉屋のおしぼり。あとは、チョコレートが一粒ぐらいであったが、それは今丁度無くなった。


 


甘い味に顔を綻ばせると、おしぼりの封を破り、唾のかかった顔を綺麗にふきとったのだった。幾分か気分が晴れたのか、すこし余裕の出た表情を浮かべた。


 


そうしていると、物々しい雰囲気をした人が複数青年を取り囲んだ。そしてあっと間に目隠しとヘッドセット、その他もろもろの拘束具をされ、首に注射器を刺される。するとすぐに青年は虚ろ気な目をして意識を手放していた。


 


「最後だしせっかくだから・・・」


 


その一言に最後、諦めとは別の感情を浮かべながらではあったが。


 

――――――――――――――――――――――――

 


青年が目を覚ますと、8畳ぐらいのワンルームだった。少し遠い目をしながらボーっとしている青年の前には、現実を嫌という程付きつけてくる鏡があった。その他に、部屋にはクローゼットと後はちょっとした花ぐらいがあった。そして鏡のむこうには、触角の生えた青年が映っていた。その姿を直視した青年は、自身の目がどんどん死んでいくのを自覚しながら、自身の触角を観察していた。


 


人間には触角があるのだろうか?ホモサピエンスから触角がないだろう。ならばなぜ自分の頭にはあるのだろうか?それに、ここはどこなのだろうか?尽きぬ疑問が無限に湧いてくる。が、今分かってる確かなことは体が上手く動かないことぐらいであった。


 


ベットから降りようと四苦八苦していると、電子音が鳴り青年は足を止めた。


 


『やぁ、目が覚めたかい?黒田光くろだひかる君。あ、チューブは外していいからね?』


 


どこかからそんな声が聞こえる。電子音のようなそんな声は、恐らくどこかのスピーカーから流れているのだろう。周りを見回してもそれらしきものが無いため、青年・・・黒田光は探すのを諦めたのだった。黒田は言われた通りに、鼻にかかっているチューブを抜いたがその際に大きく咽せ、恨みがましい目線を天井へと向けた。


 


『聞こえてるみたいなら結構。今から君に、君の状況を説明したいんだけどした方がいいかな?』


 


口を開いて話そうとするが舌が上手く動いてくれず、口をパクパクとさせ「あい。あえ?」と舌ったらずの子供のような発音をした。


だが軽微な行動ぐらいなら出来ることも分かったようで、首を縦に振り反応する。


 


『了承と受け取るよ。君の体にはアニマ手術という改造が施された。アニマ手術の内容は割愛するけど、要は人間に人間以外の動物特性を入れようってものさ。ここまでは大丈夫かな?』


 


何も返す言葉がないからか、頷くのみだ。事実アニマ手術や、改造など言われても黒田にはちんぷんかんぷんであった。むしろ、説明してくれるのであればありがたいと感じていた。それと同時に、やはりろくでもないことをされていた。その実感が、黒田の動悸を激しくした。


 


『ん?バイタルが跳ねたね。まぁいいか。とりあえず、君にはこれからいろいろな仕事とかが振られるようになるけど、それに関しては後から来る人に色々教えて貰ってね。君自身のことを説明するまでが僕の仕事だから』


 


きな臭く感じつつも、信用できるものもないため力なく頷くしかなかったようだ。黒田は嫌そうな表情を浮かべつつ、一言一句聞き漏らさぬように耳を澄ます。


 


『よし。君がアニマ手術で混ぜられた動物は、ゴキブリだ。と言うよりアニマっていう強制的に動物の特性が発症する病気にしたからそうなってるんだけど。○○の症状が出たアニマ症候群、を○○のアニマと言うんだよね。その表現なら君はゴキブリのアニマと呼ばれる。ここまでが今までの君の状態だ』


 


認めたくない現実を叩きつけられた黒田は、首を激しく横に振る。黒田にとってあまりにも酷な話であったからだ。元来虫は嫌いではないが、ゴキブリやクモは大の苦手である。それが埋め込まれたとあれば、全身が痒くなってくる錯覚を覚えるほどであった。また、幼少期に黒田光と言う名前から、「黒光り」としてゴキブリのような扱いをされたこともあり、認めたくない気持ちに拍車をかけていた。


 


『理解しているみたいだね?しているからこそ受け入れたくなさそうだ』


 


図星を突かれ、苦しそうに反応するしかなかった。さらに言えば、自分の体が自分の物でない感覚がずっとぬぐえない、その現実の証明を叩きつけられているようで反論が出来ないのだった。黒田はぐうの音も漏らさず、首を縦に振る。


 


『もう話は終わりなんだけど、君には今から仕事を教えてくれる人を送るよ。その頃には体もそこそこ動かせるんじゃないかな?』


 


その言葉で一方的に連絡が終わる。黒田は改めて現実を直視することにした。


 


鏡を見て触角を見ると、なんとなく動かせる感じがした。耳を動かす感覚ってこれなのか?近いのかもしれない。


 


そんな風に考えながら、他に動く場所を確かめていくと一つの事に気が付いた。ゆっくりとだが、先ほどよりも体が動かしやすくなっているのである。麻酔である。それが術後無くなってきたのだろうと察した。


 


そもそも、本来ならばアニマ手術は大規模なもので、全身麻酔を終えた後でゆっくり麻酔を抜いていくものである。黒田に麻酔が効かなくなってきて、早期に目を覚ましそうだから麻酔を切っただけで、麻酔から目覚めて5~10分で体を動かせているのは異常事態である。


 


喉や、手足の感覚に少し慣れてきて声出し練習を始めたところだった。


 


コツコツと足音が聞こえ、鏡がスライドすると同時に強面の男性が部屋に入ってきた。


 


「あ、あ~、あえいうえおあお、かけきくけこかこ―――」


 


「何やってんだ?お前?」


「させ、ん゛ん゛。一応声出しって感じですね。あなたは何用でこちらへ?」


「ん?連絡はこなかったか?教えてくれる人を寄越すと」


「来ましたね、あなたが?」


 


強面の中年の男性と一言で言うのは容易いが、黒田からすれば見たことがある凄味を纏っていた。具体的に言うと、借金を回収しに来た人たちを思い出す程度には圧力のある見た目をしていた。その現状が若干心を折りかけていたが、落ち着いて反応することに従事した。


 


「そうだ。これからお前は軍隊の一人として訓練と同時に、幾つも実ん゛ん゛ん゛検証をしなければならないのだから」


「実験って言いかけましたよね?」


「非人道的なことはなるべくしない」


「現状非人道極まってますけどその辺は?」


「ノーコメントだ。記憶にないというべきか、黙秘権でもいいぞ?」


 


返す言葉に愛嬌が多少あるが、やはり内容に倫理観が抜けている。それに加えて軍隊なのに実験をさせられるという発言が、黒田に悪寒を十全に与えていた。それら二つより、敬語が簡単に外れてしまう程に黒田の精神は緩く脆くなっていた。


 


「なんでそっちが優位なんだよ。明らかにこっちが被害者なんだが?」


「立場は契約的に上だな。契約書に契約したんだろ?」


「そうでしたね畜生!」


 


完璧なカウンターで沈められる。悲しいことに黒田は対人での会話能力が高くなかった。その上、契約書の中身何一つとして知らないまま書かされたため、後から「実はそういう契約だったんだ」なんて言われても否定も肯定も出来ない上に、黙らされることしかできなかったのである。


 


頼むから一回殴らせてくれと、黒田はそう思わずには居られなかった。その様子すら目の前の男性は楽しんでいるのが目に見えたので、より心がささくれ立つのを感じた。


 


「はっはっは!面白いなお前・・・私の部隊に来い。そうすれば実験は最低数にさせてやる」


 


黒田は私の部隊と言う言葉に引っかかりを覚えた。


 


研究者ではないだろうとは思える見た目ではあるが、隊長をわざわざここまで寄越すだろうか?木っ端のモルモット相手に?という疑問を覚えずにはいられなかったのである。研究者かと言われたらそっちの方が向いている風貌ではあるが、それ以上に前で前線を張っているタイプに見えた為、余計にそう感じずにはいられなかった。


 


このままでは交渉としても不利を察して、黒田は出来得る限り情報を引き出そうとする。


 


「・・・かわいい子はいますか?っあ、違う福利厚生は?さらに言うなら、危険性は?」


 


最初に欲が口から出ているのに目を瞑れば、最低限で最効率の質問ではあった。本心、黒田は非日常に少しだけ心を躍らせていたのは事実である。


 


こんな状況では無ければ、ゴキブリを混ぜ込まれてなかったのならば、小躍りでもしていそうなほど喜んでいた。それと同時に状況故に感情がごちゃごちゃになっているのも事実である。


 


そんな様子を見て、男性は深い笑みでを以て返す。その様子に戦慄するのも束の間、強面は頬を吊り上げながら「お前な、そもそもの話だぞ?」といい言葉を続ける。


 


「選べる立場だとでも?ならば一番殉職率が高い「喜んでいかせていただきます!」だろう?そう言うと思っていたんだ。気が合うな」


 


選ぶ余地なんてなかったのである。心底契約書の内容を確認しておけばよかったと思ったが、後の祭りであることは黒田自身が痛感していることである。


 


「これで契約成立だな。晴れて俺の部下だ」と男性は溢れんばかりの笑顔を浮かべているのに対して、絶望的な顔を浮かべる黒田。何が悲しくて、こんなブラックそうなところに就職しなきゃいけないんだよ。と心の底から警戒を怠っていた過去の自分に対して強い後悔を抱いていた。


 


男性はそれを分かってか、クローゼット内から勝手に服を準備し始める。


 


「いつか絶対し返してやる・・・あっ」


 


思わず口から悪意が漏れ出てしまうが、それを聞いていて聞かないふりをする男性。


 


その姿には、こういうことが多くあるのだろうと簡単に想起させるだろう。


 


黒田が恨みがましい目線を向けるが何も出来ずにいると、その姿を見て男性は腕を軽く組んで少し納得したように、笑みを深めた。


 


「ん?」


「息ぴったりですね!」


「そうだろうそうだろう」


 


黒田はその笑顔に、有無を言わせないような圧力を強く感じた。男性は黒田に服を手渡し、それを着たのを確認するとより満足そうに笑う。


 


「とりあえず行くぞ?」と言われ、立ち上がろうとする黒田は足の違和感を強く感じる。


 


立ち眩みのような、それでいて少し違うような。そんな感覚にバランスを崩し、少し足がもつれる。黒田は、その違和感の正体に僅かながらに気づいてきたようだった。身体能力が上がっているからずれるんだと。


 


ふらついた様子に気づいて男性は、「大丈夫か?」と問いかける。


 


「すいません、体の感覚がずれていて、もう少しゆっくり歩かせていただけます?」


「ふむ、仕方が無いか。病み上がりだしな」


 


言われて見れば病み上がりだ、手術後であったと、他人事の様であった自分の実情のことを改めて再確認する。


 


しかし、実験された後を病み上がりと言って正しいのかを少し問わねばならないが。


 


ゆったりとしたペースで足首から手首までゆったりと慣らすように歩く。そんな中、無駄にするわけにもいかないと気付いた黒田は、日付など日常的な話から今の状況を確認しようと試みる。すると、黒田がここにさらわれる前から2週間ほど経っていた。


 


それだけ経っていればズレがいくつもあってしょうがないと、体と心を納得させる。


 


そんなすり合わせの話をしながら歩いていて、黒田が自身の体の感覚を掴んだころ、体育館の入り口部分のようなところに到着した。中からは「まだまだぁ!」や「今度こそ!」と男女入り混じった叫び声が扉を貫通して聞こえてくる。それと同時に大きな激突音や金属音も。その様子に黒田は、『もしかして、めっちゃ危ない人たちが集まってる?スポーツならそれほど嬉しいことはないな~』と現実逃避をしていたが、男性がカードキーを用いて自然と鍵を開けるのを見て諦めた。


 


「もしかして、ここだったりします?」


「その通り、ここは私の部隊【アニマ部隊3】の訓練場だ」


 


自分の新しいおもちゃを自慢する子供のように、きらきらとした瞳を向ける男性に、黒田は少し溜息を吐いた。悲しいことに自分の上司は、自分の部隊がこの先で意気揚々と戦闘訓練をしているのを喜ぶタイプらしい。




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