見切り品の大判焼き
とある日の仕事帰り。夕食の調達のために立ち寄ったスーパーで、数種類のお惣菜を確保した私は、見切り品コーナーで立ち止まる。そこにはラップに包まれ半額シールを貼られた大判焼きが一つ、ポツンと置かれていた。
ここで売れなかったら廃棄されてしまいます。
ポップには涙目の絵文字とともにそう書かれている。
「おやつに食べるか。」
丁度、小腹が空いていたことと、このまま廃棄されるのもなんとなく不憫に感じたため大判焼きを手に取ると、買い物カゴに入れレジへ向かった。
「ありがとうございました。」
会計を済ませるとレジ打ちの挨拶を背に、袋詰をしたお惣菜とサッカー台のレンジで温めた大判焼きを持ってスーパーを出る。
「美味い。」
車の運転席に乗り込み、大判焼きを一口頬張ると疲れた身体に餡子の甘さが染み渡る。
そして、瞬く間に大判焼きを完食した私は、車のエンジンを掛け帰路に就くのであった。
数日後。
残業ですっかり遅くなった帰り道の途中、唐突に大判焼きが食べたくなった。
しかし、既に大判焼きが売っているであろうスーパーは通り過ぎてしまっている。
通常ならば諦めてそのまま帰るのだが、今日はいつもとは何かが違った。
大判焼きがどうしても食べたい。食べないと気が済まない。食べなければならない。
強迫観念のようにそんな考えがぐるぐる回る。
「どこかで引き返すか?」
そう思った時、住宅街の一角に民家とは違う明かりを見つけた。
「あれは・・・」
それはこじんまりとした屋台だった。赤い暖簾には黒い文字で今川焼きと書かれている。
「ナイスタイミング!」
これは好機と私は屋台の前に車を止めた。
名前は違えど今川焼きと大判焼きは同じ物だ。
車を降り屋台に小走りで向かった私は、餡子とカスタードを一つずつ注文する。
そして、小さな紙袋に入った今川焼きを受け取り、車に戻ると早速、一口いただく。
焼きたて独特の香りにもちもちの生地。そして、火傷しそうなほど熱いけど濃厚なカスタード。猛烈に食べたかっただけあって、その今川焼きはいつにも増して美味しく感じた。
ガシャーン。
遠くの方で何やら衝突音が聞こえた。
「ん?何の音?・・・ま、いっか。」
音に気づきはするものの、今川焼きに意識が集中しているため、さして気にも留めず今川焼きを食べ続ける。
そして、二つの今川焼きをペロリと平らげ満足した私は、再び帰宅の途に就くべく車のエンジンを掛けた。その時、ふと横を見ると、いつの間に店じまいをしたのか屋台は綺麗サッパリなくなっていた。
「はて・・・?」
撤収スピードの速さと静寂性に、不思議に思うも私は出発する。
車を走らせてすぐ、前方に点灯する多数のパトライトが見えた。
近づいてみると国道に繋がる交差点が事故で封鎖されており、交通誘導をする警官の奥に横倒しになった大型トラックと、グシャグシャになった数台の乗用車が見え、事故の酷さを物語っている。
「さっきの音はこれだったのか・・・」
時間的に、今川焼き屋に寄っていなければ事故に巻き込まれていた。
そんな考えが脳裏に浮かび薄ら寒いものが走る。
翌日、職場で同僚に今川焼きで命拾いしたことを話した。
すると同僚は、定時退社してあの住宅街を通ったが、そんな屋台などなかったし、そもそもあんな閑静な場所に店を出すわけがないと言う。
確かに言われてみれば、移動販売ならまだしも、あの場所にポツンと一店だけの屋台出店は違和感がある。それにあそこを通ったのは夜中と言ってもいいような時間帯だ。そして、さらに昨日の記憶を探るが、なぜか店主の顔が思い出せない。
ここでふと、私は数日前のスーパーで買った大判焼きのことを思い出した。
まさか、大判焼きに恩返しされた?
今も私はその住宅街を通勤経路として使っているが、未だにあの今川焼き屋を見ていない。