10: 確かな異変
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異変というものは突然目の前に発生するかのように感じるかもしれないが、それは明るみに出る前から確実にそこに存在している。ただ、それを発見するのが早いかどうかというだけだ。
なるべく早く発見することが出来たならば、対処することは容易かもしれない。しかしながら、その発見が遅れてしまうと、どう足掻いても対処不可能な状態に陥ってしまう。
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「――久しぶりにすっきりしたわ!」
「私も思い切り魔法を放つことが出来ましたので満足です!」
ルナリアとリーフィアが伸びをしながら満足そうに笑い合う。
「出来れば私にも獲物をもう少しの残しておいてくれれば嬉しかったのだがな」
そんな二人の横で、若干消化不良気味で不満気なフレイヤが頬を膨らませる。
「そんなこと言ってフレイヤも結構な数のモンスターを倒していたじゃない」
「そうですよ。私が魔法を放とうとしていたのに横から割り込んできたじゃないですか。危うくフレイヤさんに向けて魔法を放ちそうになりましたよ」
「それはすまなかったな。しかし、二人の姿を見ていたら我慢できなくてな」
「でも、フレイヤならリーフィアの魔法だって避けることが出来そうだけどね」
確かに、フレイヤなら至近距離で放たれた魔法でさえも避けることが出来るだろう。リーフィアも成長してかなりの魔法の腕前だと言えるだろうが、それでも、成長したのはリーフィアだけではない。フレイヤもまたまだまだ成長しており、オレたちが出会った当初よりもその動きが洗練されてきている。このまま彼女はどこまで成長するのか。ますます人離れしていくフレイヤに驚きと少しの呆れを感じてしまう。
「……盛り上がっているところで悪いんだけど、こっちを手伝ってくれないか? 一人でこの量は時間が掛るんだが」
オレは三人の後ろで、彼女たちが倒した大量のモンスターの死骸を回収しながら苦言を呈す。
「ごめんごめん、今から手伝うから許してよ」
そう言って自分たちが量産した死骸の回収を始める三人。
「それにしても、本当にモンスターの量が異常ね」
「ここまで多いと、この季節だからと言うだけでは説明がつきません」
「父上の言葉は正しかったと言う訳だな」
オレに対しての態度はアレだが、その実力と経験は本物だったという事だろう。オレの脳内に勝ち誇っているゴルギアスの顔が浮かんでくる。
「ゴブリンにオーク、その他にもいろいろなモンスターが出て来たわね」
「ある一定の種類のモンスターだけが大量発生していると言う訳ではなさそうですね」
「なかなかお目にかかる機会がないキラートレントなんかもいたからな」
「私もキラートレント何て初めて見たわ」
「確か、かなりの報酬金が期待できるんでしたっけ?」
「ああ、ギルドではキラートレントはかなり高額で取引されていると思うぞ」
キラートレントはその見た目は木そのものであり、ぱっと見ただけでは見分けるのは困難だ。たちが悪いのは、かなりの攻撃力を有しているということ。ただの木と油断したモンスターや人間をその鋭利な枝で突き刺して致命傷を与え、自身の周囲で息絶えさせる。そして徐々に腐敗して土に還っていく死骸を栄養分として摂取する。そのため、木の周囲に骨が散らばっていたら、近くにキラートレントが潜んでいると考えてよいだろう。
そんなキラートレントは滅多なことで移動せず、獲物を待って狩りをするというモンスターだ。なかなか人目に付くことがないので、その分その素材は高額で取引されている。
今回、そんな珍しい存在のキラートレントを複数確認できたので、かなりの異常事態だと言っても過言ではない。
「そろそろ日が暮れてきそうだから、今日はここまでにして帰ろう。
調査初日で原因は突き止めることが出来なかったけど、かなりの収穫はあったと思う」
「父上にも早く報告しないとな。
ただ、今日屋敷に戻ってくるのかは分からないがな」
オレたちは日が暮れる前に王都へと戻った。
「あっ、アレンさん!」
セレナさん破顔した表情を見て、今日の疲れが和らいでいくのを感じる。
「朝にギルドにいらっしゃらなかったので、てっきり今日はお休みだと思っていましたよ」
「今日は別件がありまして、顔を出すことが出来なかったんですよ」
ルナリアたち三人はオレに討伐したモンスターの死骸を渡して、食堂へと向かっている。さすがに喉が渇いたらしく、その渇きを潤すために飲み物を注文しているのだろう。さすがにお酒は頼まないと思いたい。
「そう言えば、ギルドに新しく依頼があったのですが、アレンさんたちは参加されますか?
そこまで報酬は高くないのですが、手が空いている冒険者は出来るかぎり参加するようにと国からの御達しなのですが」
セレナさん曰く、今日の朝に依頼が出されて、それなりの数の冒険者たちがこの依頼に参加しているらしい。セレナさんの言う通り、報酬は高くは無い。実際、多くの冒険者たちが報酬を理由にもっと稼ぐことの出来る依頼へと流れてしまったらしい。
しかしながら、依頼主が王国という事が伝わると、一気に依頼を受ける冒険者が増えたそうだ。確かに、報酬だけを考えると旨味のない依頼だが、王国がこの依頼に関わっているとなれば話は別だ。この依頼で何かしらの手柄を立てれば、もしかしたら授爵されるかもしれない。そうなれば、貴族として特権階級を満喫することができ、せっせと日銭を稼ぐ生活とはおさらばすることが出来る。もし授爵されなかったとしても、その名前を覚えてもらえる可能性があり、権力者とのつながりをつくることが出来る。そんな思惑が冒険者たちに浮かんだのだろう。
まあ、オレたち平民の事なんて虫けら同然のように思っている貴族が圧倒的多数のこの王国では、使い捨ての駒として利用するために授爵されることはあれど、その功績が純粋に称えられて授爵されることは無いだろう。
「ああ、その件ならも「――その件についてはもうこちらで動いているので心配無用だ」」
オレの言葉を遮る様に後ろから声が投げかけられる。オレが振り返るとそこには並々に酒が入った器を右手に、美味そうな肉が刺さった串を左手に持ったフレイヤが立っていた。彼女の背後にはフレイヤと同様のものを持ってこちらへと歩いてくるルナリアとリーフィア。晩御飯前に小腹が空いたのだろう。左手に持っている串については分からなくもないが、まさか本当に酒を頼んでくるとは。なんて羨ましい! オレも早く頼みに行かなくては。
「ええっと、確か本日はギルドにいらっしゃっていないですよね? この依頼は本日から公布されたのですが」
セレナさんがフレイヤにおずおずと尋ねる。この二人、年齢は近いものの、なぜかお互いに距離を取っているように感じる。セレナさんにとってフレイヤはAランク冒険者であり、貴族家に連なる者であるので少しばかり意識しても仕方がないことかもしれない。一方で、フレイヤの方はなぜかセレナさんに突っかかっているように見受けられる。何が彼女にそうさせるのか、オレには皆目見当がつかない。
「その依頼を出しているのは私の父上だからな。私たちは昨日その件について聞かされて、一足先に動いていると言う訳だ」
「……なるほど、フォーキュリー家が依頼を出されていたのですね」
「ああ、だから今後は朝にギルドに顔を出す機会も減ると思うぞ」
「……フレイヤさん、なぜか嬉しそうですね」
セレナさんが得意げなフレイヤを睨む。
「ちょっと、セレナさんに失礼なことしないでよフレイヤ!」
どうして良いかと分からずに戸惑っていたオレに代わって、ルナリアが調子に乗っていたフレイヤを咎める。
「い、いや、私は別に何もしてないぞ!
ただ、アレンを狙うセレナに分からせようとしていただけだ」
「セレナさんは私たちにとって恩人みたいな人なんですからね。
あまり聞き訳がないとステラに言いつけますよ」
「そ、それはやめてくれ!」
ステラの名前を出されて慌てるフレイヤ。その姿は先ほどまでの威圧感は微塵もない。
「じゃあ、セレナさんに謝罪してください。
そうしたらステラには内緒にしてあげますよ」
「――舐めた口をきいてしまい、誠に申し訳ございませんでした!」
リーフィアの言葉を聞いて、受付の前で綺麗な土下座を披露するフレイヤ。その姿を見て、誰も彼女が貴族であると思うだろう。土下座上級者であるオレでさえも見惚れてしまうほどの綺麗な土下座。
……フレイヤ、なかなかやりよるな。オレももっと練度を高めねば。
「……ええっと、あの、そこまでしてもらわなくても良いですし、何というか、周りからの視線が痛いので直ぐにやめて欲しいのですが」
オレがフレイヤの土下座に対抗心を燃やしているのに対して、その土下座を向けられた本人はかなり困惑していた。
セレナさんの言う通り、Aランク冒険者が土下座しているという珍しい場面に周囲の冒険者たちもザワザワしている。
「フレイヤ、セレナさんが困っているから直ぐにやめなさい」
「分かった」
溜息を吐きながらルナリアが土下座をやめさせる。
フレイヤはルナリアの言葉に素直に従う。
この頃思うのだが、年上のはずのフレイヤがどうにも手のかかる年下にしか思えないのはオレだけだろうか?
神妙な面持ちでセレナさんに謝罪を続けるフレイヤの様子に頭が痛くなるのを感じつつ、二人の仲を取り持つことに専念するオレの姿がそこにはあった。
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