8: 気のどく当主
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立場の上の者が下の者に弄ばれている姿というのは他者の目にどう映るのだろうか?
オレとしては立場が上だからという理由で威張り腐っている奴よりも、分け隔てなく接している者の方が良いと思う。ただ、あまりにも弄ばれていると可哀そうに思えてくるのだが……。
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料理とステラの頑張っている姿を堪能していると、食堂の扉が開かれる。
「お帰りなさいませ、旦那様」
入ってきた人物――ゴルギアスに対して、イザベルさんとは別のメイドさんが挨拶をする。
「フレイヤ、今帰ったよ!」
彼はメイドさんに羽織っていた上着や手荷物を渡すと、満面の笑みを浮かべてこちらへと歩いてくる。久しぶりに娘の姿を見ることが出来て嬉しいのだろう。顔には色濃いクマが浮かんでいるが、その足取りはとても軽やかだった。
「お久しぶりです父上、今までお仕事を?」
フレイヤは苦笑しながらも、暑苦しいゴルギアスに対して無碍な対応をすることなく相手をしてあげる。
「そうなんだよ、聞いてくれよフレイヤ。あのボンクラ貴族どもが大量に仕事を流してきやがって、そのせいで五日も仕事場で寝る羽目になったんだよ!
あの無能ども! いつか必ずあのタプタプと震える顎肉を削いでやる!」
ゴルギアスはその厳つい手を固く握りしめる。
「はは、その時はお供しますよ」
「おおっ! そう言ってくれるとはさすが我が娘! やはりは私の教育に間違えは無かった!」
……本当に賑やかな人だ。
さっきまで殺意の込められた拳を、今度は天に突き上げて歓喜している。
オレが生暖かい視線を向けていると、ゴルギアスはその視線に気づき、その顔から笑みを消す。
「なんだ、君もいたのか」
「ええ、まあ、お邪魔しています」
「ちゃんと自覚しているようだな、自分が邪魔だってことを。
できれば今すぐにもこの屋敷から出て行ってもらいたいのだがな!」
フレイヤに向けていた好意から一変、強烈な殺気を向けながら睨みつけてくる。
フレイヤ以上に強いゴルギアスの強烈な殺気を一身に受けて、背中に冷や汗が流れる。もしゴルギアスに襲い掛かられたら、オレなんて一瞬で死んでしまうだろう。その姿を容易に想像できてしまう。
「――父上!」
オレがどう返答しようかと固まっていると、横からフレイヤが助けに入ってくれた。
「ご、ゴメンよフレイヤ。
冗談だから、そんなに怒らないでくれよ」
ゴルギアスは発していた殺気をすぐさま解き、取り繕う。
「何度も言っていると思いますが、アレンに何か危害を加えたら許しませんよ」
「分かってるから、ちょっと親交を深めようとしただけだから。
な、そうだろ?」
ゴルギアスはオレの背中を叩きつつ、フレイヤに仲が良いことをアピールする。オレを叩く力が少し強く感じられるのは気のせいではないだろう。
ゴルギアスの方へと視線を向けると、笑顔ではあるがその瞳は笑っておらず、オレに肯定するように圧をかけていた。
「……当主様と親交を深められてウレシイナー」
「どうだ、フレイヤ! アレン君もこう言ってるぞ!」
「……明らかに感情が籠っていなかったように聞こえるのですが」
「アレン君はもともとそういう人間なんだよ」
……さらっと酷いことを言われた気がするのだが、ここで反応してしまうと更に面倒くさいことになるだろうから聞き流すことにしよう。
「旦那様もすぐにお食事になさいますか?」
微妙な空気が流れていたオレたちの間に、イザベルさんの声が割って入る。あまりにも居た堪れない当主の姿に気を遣ったのだろう。いつもの無表情ではあるが、ゴルギアスにこれ以上恥ずかしい姿をさらさないようにという配慮が見て取れた。
「あ、ああ、そうさせてもらうよ」
「かしこまりました。
ステラ、用意を」
「お断りします!」
イザベルさんからゴルギアスに料理を運ぶように指示されたステラであったが、珍しく、いや初めてイザベルさんの指示に対して拒絶を示した。
「……イザベル、この可愛いメイドは?」
「アレンさんの専属メイドのステラです」
まさか、自身の屋敷にいるメイドに拒絶されるとは考えもしていなかったゴルギアスは、少し悲しい顔をしていた。その姿はなんとも哀れではあったが、正直なところ胸の奥がすっきりした。
「私はご主人様さまのメイドです! ご主人さまのことを悪く言う人の為なんかに働きたくはありません!」
「っぐ!?」
ステラの追い打ちがゴルギアスの体力を削る。
「一理ありますね。
という事で旦那様、ご自身で料理を持ってきてください。私はお嬢様のお世話で手一杯なので、この場から離れることが出来ませんので」
イザベルさんも面白がってゴルギアスの反応を楽しんでいる。
他のメイドたちもどうしたものかと戸惑っていたが、イザベルさんが動かないのを確認すると、クスクスと笑いながら壁際で待機する。
ルナリアやリーフィアも最初の内は自分たちが動こうかと考えていたが、結局、目の前に並べられた料理の数々に気を取られて、その腰をイスから上げることは無かった。
この部屋に味方が誰もいないことを悟ったゴルギアスは、その背中を丸めながらトボトボと料理を取りに向かう。その大きな身体が想像もつかない程しぼんでしまっているように見えた。
「さあ、邪魔者はどこかに行ったので、楽しい時間の続きをしましょう」
ゴルギアスが扉の外に出る際、その背中にイザベルさんの言葉が投げかけられる。
ゴルギアスは本当に弱々しく扉を閉めた。
……あれ、泣いてね?
「――そう言えば、フレイヤに仕事の話があるのだった」
自身で持ってきた料理をテーブルの隅に広げて、コソコソと食事をしていたゴルギアスが唐突に口を開く。
「珍しいですね。父上が私に仕事を持ってくるなんて」
食事を終えてイザベルさんの入れたお茶を飲みながらまったりしていたフレイヤとオレたち。ちなみにオレはイザベルさんではなく、ステラの入れてくれたお茶を堪能している。
「本当は嫌なのだがな。今回はフレイヤの力を借りるしかなくてな」
ゴルギアスは本当に申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「いえ、別にそこまで責めてはいないのですが……とにかく、顔を上げてください。私に力になれることなら喜んで手伝いますから」
「……そう言ってもらえると助かる。
本当にあの金に汚れた薄汚いブタどもが、何でもこっちに回してきやがって」
「――父上、それで私は何をすれば良いのですか? ご存じだと思いますが、私は事務仕事は出来ませんよ?」
ゴルギアスの愚痴がまた始まろうとしていたが、フレイヤがそれを遮る。
「それは分かっている。お前に事務処理を手伝えだなんて無茶は言わないよ。お前はオレに似てそっちはまるでダメだからな」
「では、腕力系の仕事ですか?」
「ああ、その通りだ。
詳細はまた後で説明するが、一言でいえば、王国近郊のモンスター調査だな」
「それならば、まず王国の兵が動くのが妥当だと思うのですが」
「私もそう思うのだがな。まだ確認段階の為、兵を動かすことは出来んのだ。兵を動かすとそれなりに金がかかるからな。財務を担っている文官から許可が下りんのだ。それに、兵をまとめる武官どもも、モンスター相手なんぞ高貴な自分たちが出るまでもないと言っているのでな」
一般的にスレイブ王国では、貴族はモンスターの討伐に関わることは無い。それは貴族という崇高な存在である自分たちが、モンスターという下賤な生き物に手を焼くことがあってはならないという思想に基づいている。
「それで、冒険者である私に白羽の矢が立ったのですね。
お言葉ですが、私一人では出来ることの限度がありますよ?」
「それは承知している。私もさすがにお前ひとりに押し付けたりなんかしないよ。
ギルドにも協力してもらえるように依頼済みだ。おそらく、ギルドでは明日以降に依頼が掲載されると思う」
「それを聞いて安心しました」
「……あの、一応フレイヤは私たちのパーティーメンバーなんですけど、私たちもそれに参加した方が良いのですか?」
ルナリアがカップをテーブルの上に置きながら、心配そうな表情をしていた。
「いや、別に君たちは強制ではないよ。そこまで報酬も出ないだろうからな。
でも、依頼を出す側からの意見としては君たちのような有能な冒険者たちにはぜひ力を貸して欲しいところだ」
「……どうする?」
ルナリアがオレの方へと視線を向ける。一応、オレがパーティーのリーダーなのでオレの判断を聞きたいのだろう。隣に座るリーフィアもオレのことを見ていた。
「アレン、私に気を遣わなくても良い。行きたくないなら断っても問題ないぞ」
「いや、別にオレとしては受けても良いと思うけど、実際に何も調査するのか詳細を聞きたいな。話はそれからだと思う」
「それもそうだな。
父上、詳細を聞いても?」
「……貴様は行かなくても良いのだがな」
「父上?」
「あっ、詳細だな」
ゴルギアスは取り繕う様に早口で依頼の詳細について話し始める。
オレたちはそれを静かに聞きいていた。
数分後、オレは特段困難な依頼ではないと判断し、フレイヤと共に参加することに決めた。
読んでいただき、ありがとうございました。




