7: 幼女メイド
///
専任のメイドを従えているなんて、どこの貴族様だろうか? そもそも、専任のメイドを従えること以前に、平民はメイドを雇う事すら出来ない。いや、商人などのお金持ちは別だろうけれども、オレの知る限りにおいて平民の冒険者がメイドを雇っているなんてことは聞いたことがない。
それなのに、オレには専任のメイドが。それも飛び切り可愛らしいメイドだ。こんな幸運に恵まれるなんて、もしかしたらオレの死期は近いのかもしれない。
///
「「――お帰りなさいませ」」
依頼から戻ったオレたちをイザベルさんが出迎える。
以前までは、初めて屋敷の中に足を踏み入れた時のように、多くのメイドさんが整然と並びオレたち――特にフレイヤを出迎えていたのだが、それにどうしても慣れることが出来なかったオレが、どうにか精神衛生を保つためにフレイヤにお願いして止めるように指示してもらった。
そのおかげで、今ではイザベルさんが代表して出迎えてくれるようになり、小心者であるオレの心も圧迫されずに済んでいる。
それに加えて、屋敷へと戻ることに喜びを感じさせてくれる要因がもう一つ。
最近付け加えられたその要因はオレの心だけでなく、ルナリアやリーフィア、特にフレイヤの心を刺激していた。
そんなオレたちの心を良い意味でかき乱す存在は、新しく新調されたメイド服に身を包み、イザベルさんの横に佇んでいる。
「ただいま、ステラ」
「お帰りなさいませご主人さま!」
オレは必死にイザベルさんの真似をしようと頑張っているステラに笑顔を向ける。ステラもそんなオレに応えるように、とびきり可愛い笑顔を浮かべながら綺麗なお辞儀をした。その姿は朝よりも様になっており、オレたちがいない間の努力を感じることが出来た。
横にいるフレイヤなんて、ステラのその振る舞いを見て感動し、雄たけびを上げながら手を凄い勢いで振っている。
「ちゃんと様になっていてスゴイぞ」
オレがステラの頭をなでると、気持ちが良いのか「もっと褒めて」と頭をオレの手に押し当ててくる。そんなステラが可愛くてもっと撫でてしまう。
「アレンさん、私には何もないんですか?」
……せっかく良いところだったのに。
「何でイザベルさんに何かを上げなくちゃいけないんですか?」
「あら? ステラを教育したのは私ですよ? 私がステラを教育しなければ今の光景をその汚い目に映すことは無かったのですから、ちょっとくらいお礼を頂いても良いのでは?
それとも、今後ステラを教育しなくても良いんですか?」
「まあ、それについては感謝していますよ」
「お礼は言葉では伝わらないものですよ。
あーあ、お礼を貰うことの出来ないショックで、もしかしたら変なことを教えてしまうかもしれないですね」
チラチラとこちらに催促するような視線を送ってくるイザベルさん。正直に言ってしまえば、滅茶苦茶面倒くさい。大人がこんな態度をとるなんて、横で苦笑いしているステラの方が精神的には大人なのではないかとさえ思えてしまう、
ただ、ここで何かしらのアクションを起こさないといけないという事は、これまでの経験から分かっている。もし何もしないと、イザベルさんのオレに対する対応が悪化してしまい、事あるごとに揶揄われてしまう。それだけは阻止しなければ。
「……はあ、これで良いですか?」
お礼として何をしようかと少し考えた後、何の妙案も思いつかなかったのでステラと同じように頭を撫でることにした。
「……女性の頭を許可なく触るなんてサイテーですよ」
オレの行動に一瞬驚いた表所を浮かべたイザベルさんは、頭を撫でるオレの方へと凍てつくような視線を向けてくる。
「それに子供扱いされているみたいで腹立たしく感じるのですが。
私はアレンさんよりも年上ですよ? それなのにこの対応はおかしいのではないですか? 安く済まされたみたいでお礼としてはゼロ点ですね。さすがアレンさんです。全くと言っていいほど大人の女性への対応を理解していない様です。ここまでくればあっぱれと言うべきでしょうか。私はアレンさんが哀れで仕方がないです」
確かに、大人の女性に対する行動ではなかっただろうが、なにもそこまで言わなくても。オレの心に重たい攻撃が何度も放たれ、かなりのダメージを負わせてくる。
「……まあ、たまには悪くないものですが」
「何か言いました?」
「アレンさんへの不満がつい口に出ただけなのでお気になさらず」
「……左様ですか」
イザベルさんの表情が微かに緩んだように見えたけど、オレの見間違いだったようだ。
「ステラ、今日はどんなこと教えてもらったの?」
オレがイザベルさんに弄ばれている横で、ルナリアとリーフィアがステラの頭を撫で始める。二人もステラの可愛さに当てられているみたいだ。そんな二人に対して、嬉しそうな口調で報告するステラ。
そんな三人のことを少し後ろで唇を噛みしめながら、悔しそうな表情で見つめるフレイヤ。彼女はステラに「お姉ちゃん」と呼ばれるために、最近あまりベタベタしない様に心掛けているが、その限界も近そうだ――あっ、フレイヤが我慢できずにステラの方へとかけて行った。それに驚いたステラがリーフィアの影に隠れる。
「……今日も平和だな」
「賑やかで楽しいですね。お嬢様には困ったものですけど」
ステラを驚かせたことをルナリアから注意されて落ち込むフレイヤ。そんないつもの光景を眺めながら、オレは今を噛みしめていた。
『いただきます!』
美味しそうな料理が並べられた食卓にオレたちの声が響く。
今日も依頼をこなしてきたオレたちのお腹が「早く早く」と急かすかの様に鳴っていた。
「やっぱり最高ね!」
「今日も頑張った甲斐があります!」
ルナリアとリーフィアが目の前に用意された骨付きの肉をご満悦そうに噛みしめる。
「そう言ってもらえると、メイド冥利に尽きます」
そんな二人の様子を見ながら、手際よく空いた皿にお代わりを注いでいくイザベルさん。
「ステラも一緒に食べないか?」
そんなイザベルさんと同じように、一生懸命オレの皿にお代わりを注いでくれているステラ。オレとしてはステラと一緒に食事したいのだが、ステラから断固として拒否されてしまったのでこのような結果になっている。
「ご主人さまへの給仕は私の仕事ですから」
オレの申し出を断った時のステラの表情は今まで見たことのないぐらい真剣で、そのあまりの強い意志に気圧されてしまったオレは、ただ頷くことしかできなかった。
「ご主人さま、どうぞ」
「ありがとう、ステラ」
オレは年相応の笑顔を浮かべるステラにお礼を言いつつ、料理を口に運ぶ。
そんなオレの様子を見て満足げな表情でオレの背後へ控えるステラ。
オレとしてはもっと子供のままで良いのになと思ってしまうが、これがステラが望んだことなので好きにさせることにしている。
因みにだが、現在ステラはオレ専任のメイドという立場だ。それもステラ自身が望んだことであり、教育者であるイザベルさんもそれを認めたので、オレがとやかく言う筋合いはない。
フレイヤはそのことにかなり抵抗していたが、ステラの固い意志を動かすことが出来ずに、渋々認める結果となった。
ルナリアやリーフィアも残念がっていたが、二人は初めから反対せずにステラの意思を尊重している。二人曰く、『ステラが自分の意思を示してくれたことが嬉しい』とのこと。それに、はたから見ていても頑張っているステラの様子に癒されるので問題ないらしい。
「あーあ、料理が無くなっちゃったな。誰かお代わりを注いでくれないかな? できれば新人の子が良いのだが。誰かいないかな? 最近メイドになった子はいないかな?」
フレイヤがチラチラとステラの方へと視線を向ける。そのわざとらしい態度に、イザベルさん仕込みのすました表情を崩すことのないステラ。
「私はご主人さまのメイドなので」
真っ直ぐで曇りなき視線がフレイヤへと向けられる。
「お嬢様は私では不満なのですね。
分かりました。そのようでしたら、もうお代わりは注がないようにします」
「――じょ、冗談だ、イザベル!」
イザベルさんに対して、どうにか取り繕うも結局お代わりが注がれることなく、空いた皿が目の前に広がる。
「……あれもこれも全てアレンのせいだ。明日は憶えておけよ」
恨めしそうにこちらを睨んでくるフレイヤの視線を受け止めながら、フレイヤとの稽古で地面をのたうち回る明日の自身の姿を思い浮かべ、せめてもの抵抗としてステラの注いでくれた料理をこれでもかと美味そうに食べる姿をフレイヤに見せつけるオレであった。
読んでいただき、ありがとうございました。




