6: ステラの就職
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子供の成長はとてつもなく速い。少し見ないだけでたくさんの事が出来るようになっている。大人には無い柔軟性がそれを可能にしているのだろう。
そんなとてつもない速さで成長するステラに対して、オレに出来ることは一つだけ。ただ優しく見守ってあげること。
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色々と騒がしい事態となった冒険者ギルド。セレナさんの質問攻めにあったり、フレイヤの語気が少しだけ挑発するようになったりと、対応に戸惑ってしまったが、何とか無事にフレイヤの加入手続きを終えることが出来た。
「さあ、アレン、速く帰ろう。ステラが私を呼んでいるのだ!」
「はいはい、気のせいですよ。それは全部フレイヤさんの妄想です。別にステラは呼んでいないですから」
前を行くフレイヤがこちらを振り返り、オレたちを急かす。そんなフレイヤを適当にあしらうことが出来るようになったオレ。かなりの成長だと思う。まあ、居候になってからそれなりの月日が過ぎた訳で、フレイヤの変質者っぷりにも慣れた。
隙あらばステラのことを妄想しているフレイヤに、どうしたものかと頭を痛めた時期もあった。出会った当初の美しくもカッコ良い姿に戻ってくれと何度も思ったが、そのことが不可能であるという事を悟ってから、どこかあきらめのような感情を抱きながらフレイヤと接している。
――戦闘面ではあれほど頼りになるのになあ。
居ても立っても居られないといった様子のフレイヤを横目に、どうしてもため息が零れてしまう。
ステラはあの一件の後、順調に回復をしており、今では一人で歩くことも出来るようになった。
それに肉体面だけでなく、精神面も順調に回復していると言って良いだろう。
当初はオレやルナリア、リーフィアと言ったある程度関係性があった者としか会話をすることが出来なかったステラだが、今ではオレたちが傍にいなくともある程度は人と会話をすることが出来るようになっている。それでも、やはりまだ緊張してしまうのか俯きながら小声になってしまうのだが、その姿が実に愛らしく、屋敷中の人達の心を虜にした。今日もおそらく屋敷のメイドさんたちに可愛がられている事だろう。
オレは色々な人に話しかけられてたどたどしくなってしまっているステラの様子を思い浮かべながらも、屋敷の全ての人達にステラという存在が受け入れられたことに安堵する。
「今日こそは『フレイヤお姉ちゃん』と呼んでもらうのだ!」
ルナリアとリーフィアはステラに「お姉ちゃん」と呼ばれている。それがかなり羨ましいのか、フレイヤはステラに対して猛アピールしていた。ある時はお菓子を持って誘惑してみたり、ある時は添い寝をしようとベッドの中で待機していたりと不審者丸出しだ。しかしながら、未だステラから「お姉ちゃん」というご褒美をもらうことは出来ていない。オレとしては呼ばれてしまったら、フレイヤが余計ヤバくなってしまうと思うので一生このままでいいと思うのだが。
「フレイヤ、少しは落ち着きなさいよ。そんなだからステラが怖がってしまうのよ」
「む、そうか。ルナリアがそう言うのであれば仕方がない」
少しだけ落ち着きを取り戻したフレイヤだったが、その足は帰路を急いでいた。
オレたちはそんなフレイヤの後を追いながら貴族街を歩く。周囲の屋敷にはいくつもの馬車が止められており、ちょうど貴族たちもご帰宅のようだ。
「今帰ったぞ」
敬礼する門番の横を通り抜け、屋敷の中に入るフレイヤ。
「お帰りなさいませお嬢様」
フレイヤの声を聞きつけて、イザベルさんが出迎えてくれる。
「ステラはどうしている?」
――オレよりも早くステラの様子を尋ねるとは、なんだかフレイヤがステラの主人みたいだな。まあ、オレが誰よりも信頼されているんだけどな。
「おそらくどこかで掃除をしていると思いますよ。先ほど掃除道具を持っていたので」
「そうか、それは褒めに行かなければならないな!」
フレイヤがステラを求めて旅立った。
オレたちはそんなフレイヤを見送りながら、それぞれ用意されている部屋へと向かう。
「あっ、ご主人さま!」
オレが部屋へと入るとそこにはステラが。
ステラはオレに気が付くと満面の笑みを浮かべながらこちらに小走りで近寄ってくる。そのままオレの胸へと飛び込んできたステラを優しく受け止めつつ、朝出かける前との変化について尋ねる。
「その服はどうしたんだ?」
今のステラはいつもの服装ではなく、屋敷のメイドさんたちが来ているのと同じ服装をしていた。ステラは今まさに小さなメイドさんのようで、その格好のおかげで愛くるしさもいつもの何十倍にもなっていた。
「イザベルお姉ちゃんがこれをくれました」
ステラはオレの胸から顔をあげてその綺麗でつぶらな瞳を向ける。
オレはあまりの可愛らしさにほっこりとしつつ、ステラの頭を撫でる。
「それは良かったな」
「似合っていますか?」
「ああ、とても可愛いよ」
「ありがとうございます!」
ステラは目を細めてオレの手の感触を堪能していた。頭をオレの手に押し付けてきて、「もっと撫でて」と訴えかけているようだ。オレはその愛らしい姿に応える。
「そう言えば、掃除をしていたんだって?」
しばらくの間ステラの髪の毛の柔らかさを堪能した後、オレは先ほどイザベルさんが言っていたこと思い出した。
「はい、ご主人様のお部屋を掃除していました」
辺りを見渡すと、確かに出かける前よりもきれいになっている。ベッドのわきには役目を終えた掃除道具が置かれていた。
「あの、ご主人様?」
ステラが心配げな面持ちで見上げてくる。オレが少し黙ってしまったので不安になってしまったのだろう。
「ありがとうステラ、とても綺麗になっているよ」
オレは急いで微笑みながらステラを撫でる手を速める。
ステラはそんなオレの様子を見て安心したのか、再び笑顔になって「もっと褒めて」と無言の催促をしてきた。
「ご主人さま」
「どうした?」
「私、ご主人さまのメイドになりたい!」
突然のステラからの宣言。オレはそのことに驚きつつも、初めて自分の意見を主張してくれたことに嬉しさを感じていた。今まで、こんな風に自分の意見を口に出してこなかったステラ。子供なんだからもっと我儘でも良いのにと常日頃から思っていたが、なかなかその思いは叶わなかった。
そんなステラがこうして自分の意見を口に出してくれるようになり、確実にオレたちの関係は成長している。
「何でメイドなんだ?」
それでもステラから出た言葉が一般的な子供のものかと言えば、少し違うのかもしれない。普通だったら、あのお菓子が欲しいとか、この服が欲しいとか、お姫様になりたいだとかだと思う。オレは女の子ではないので正確には分からないけれど、それでもオレの考えはそこまで外れていないと思う。
「私、メイドになってご主人さまのお世話をするの。それでご主人さまの役に立ちたい!」
「うーん、でもなあ……」
「ご主人さまは私にいろいろな物をくれたから、ご主人さまにお返しがしたいの!」
オレはただ当然のことをしただけだ。それにオレもステラから様々なものを貰っている。
「そんなこと別に気にしなくても良いんだよ。ステラのおかげでオレも救われているんだから」
「でも、私はご主人さまに奉仕したいの!」
ステラが真っ直ぐオレを見つめる。その瞳にはステラの覚悟が映し出されており、ちょっとやそっとのことでそれが揺るがないということが理解できた。
「――話は聞かせていただきました」
オレがどうしたものかと悩んでいると、突然後方から声がする。
「……なんでいるんですか?」
そこにはいつものようにイザベルさんが何喰わない顔で立っていた。
「お気になさらず」
「いや、オレの部屋何ですけど!」
「メイドですから」
……もう何でも良いや。
「イザベルお姉ちゃん!」
オレが諦めていると、ステラがオレ越しにイザベルさんに笑顔を送る。イザベルさんはゆっくりとオレたちの方へと歩み寄ると、ステラの頭を撫で始めた。
「こんな可愛い子がメイドになりたいと言っているのですから、それに応えてあげるのが主人の務めでは?」
「いや、でも、もっと子供らしいことでも良いと思うんですけど……」
「それはアレンさんの思いであって、この子の思いでは無いですよね」
「……」
「それに、こんな可愛い子に傅かれるなんて男の夢では?」
「……ステラをそんな目で見ていないのですが」
「それもアレンさんだけの思いですよ」
「……迷惑になりませんか?」
オレの苦し紛れの問い。
「問題ありませんよ。それにステラは屋敷のメイドたちから可愛がられていますから、むしろ歓迎です」
そう言ってオレとの会話を終わらせたイザベルさんは、ステラを撫でる手を止めてステラのことを真っ直ぐに見つめる。
「厳しくしますけど、その覚悟はありますか?」
「あります!」
「いい返事です」
どうやら、ステラがメイドになることは決定らしい。
このところ、オレの思いと関係なく物事が決定することが多いと思うのだが、もっとオレも主張するべきなのだろうか?
「――ここにいたのかステラ! お姉ちゃんが帰ってきたぞ」
オレが自身の存在感の無さを嘆いていたところ、突然ドアが勢い良く開けられる。
ステラはその声にビクリっと反応して、身体を隠す様にオレにしがみつく。
暴走状態のフレイヤの後からルナリアとリーフィアがあきれ顔で部屋へと入ってくる。そして、どうにかしてステラの顔を拝もうとしているフレイヤを羽交い絞めにする。それに抵抗するフレイヤ。イザベルさんも参戦し、部屋の中は一気に騒がしい雰囲気になった。
こうしてオレたちの騒がしくも活気だっている一日が過ぎて行った。
「ちなみにですがフレイヤさん、イザベルさんはステラから「お姉ちゃん」って呼ばれていましたよ」
「何!? それはどういうことだイザベル! まさかステラに危害を加えて無理やり呼ばせたのか?」
「そんなお嬢様みたいな手は使いませんよ」
「ではどうやったのだ? なぜステラは私を「お姉ちゃん」と呼んでくれんのだ」
「言うなれば日頃の行いかと」
フレイヤが激昂し、イザベルさんに詰め寄ったという事も追記しておこう。
読んでいただき、ありがとうございました。




