4: フレイヤは可愛いものがお好き
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好きなものを目の前にしたとき、性格が豹変してしまう人がいる。そのあまりの代わり様に、周囲で見ている者からすると恐怖すら感じてしまうのだが、当事者はそんな周囲の視線に気づいていないのだろうか?
そこまで夢中になることがあるということを賞賛すべきなのか、それとも、そこまでのめり込むなよと冷めた視線で見つめるのか。どちらが正しい選択なのだろうか。
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「――か、可愛いじゃないか!」
部屋に鳴り響く女性の声。まさかその人からこんな声が聞こえてくるなんて考えもしていなかった。いつもの落ち着いた少し低めの声ではない、視界に映る者のあまりの可愛さに興奮を抑えきれない高めの声。女性は不思議だな、どこからその声が出ているのだろうか。
オレたちの前で突如変質者化した女性。
そうフレイヤである。
手をワキワキさせながら、はたから見ると少し気持ちの悪い様子のフレイヤ。気持ち悪さが少しで留まっているのはさすがフレイヤと言うところだろう。普通の人がそんな状態だと、まず間違いなくかなり気持ち悪いし、そんな人を目撃したならば、その人からすぐに遠ざかるか警備兵を呼ぶことを推奨したい。そうならないのは、彼女の美貌がかなり影響を与えているだろう。今日ほどフレイヤが女性であり、かなりの美貌を持っていて良かったなと思ったことは無い。もしそれがフレイヤではなくオレだったならば、一瞬でお縄になっていたことだろう。
とにかく、フレイヤのあまりの変化にオレたちはただ茫然と興奮した彼女を見つめることしかできなかった。
「ねえ、名前は何て言うのだ? お姉さんに教えてくれないか? そんなに怖がらなくても良いから。何もしない! 本当に何もしないよ! お姉さんは怪しい者じゃないからな」
――いや、十分に怪しい不審者なんだけどな。
オレは中腰になってオレの腰の辺りにまで顔を落とし、ベッドへと視線を向けているフレイヤの様子に苦笑する。
「ん? もしかして緊張しているのか? 大丈夫だぞ、気軽に接してくれ」
ベッドに身体を沈めながらもオレの服を固く握りしめ、オレの後ろに隠れてフレイヤの視線をどうにかして免れようとしている可哀そうな女の子。まさしく変質者の餌食になってしまったという様子だ。
――どうしてこんな事になってしまったのかな。
オレは服を握り締めているステラの手を優しくさすりながら、こんなことになってしまった時のことを考えていた。
「――可愛い子供が好きなんだ!」
「「「……」」」
大きく開かれてオレたちを真っ直ぐに見つめる目。
鼻息荒く、身を乗り出して発せられた力強い言葉。
そんなフレイヤの言葉に、オレたちは直ぐに反応が出来なかった。
「可愛い子供が好きなんだ!」
「「「……」」」
いや、別に聞こえていなかった訳ではない。確かに、当然発せられた予想外の言葉とフレイヤの態度に戸惑ってしまい、その内容を聞き逃してしまいそうになってしまったのだが、しっかりとその言葉はオレたちの耳に届いている。
それに、別に子供が好きなんて事は当たり前だし、特段驚くべきことではないだろう。
それなのになぜオレたちがここまで驚いているかと言うと、それはフレイヤの異常なまでに興奮した様子が原因だった。
「頼む! 私が出来ることならば何でもする。だから、私に会わせてくれないか?」
「「「……」」」
ステラの主人として、本当にフレイヤと会わせても問題ないのだろうか? 正直なところ、会わせるべきか会わせないべきかで言うと、前者だと思う。
「この通りだ! 頼む!」
オレたちの前で膝をつき、綺麗に頭を下げるフレイヤ。その綺麗な赤い髪の毛が床につくのもお構いなしだ。
「……少し二人と相談させてもらっても良いですか?」
オレはフレイヤに断りを入れて、オレと同じように困惑顔のルナリアとリーフィアの方を向いて、フレイヤに聞こえないようにささやく。
「なあ、どうするべきだと思う?」
「そ、そうね、私は別に良いんじゃないかと思うんだけど。フレイヤのあの様子には驚いたけど」
「わ、私もフレイヤさんなら大丈夫だと思いますよ。あの姿を見た後だと不安ですけど」
「いや、オレもフレイヤがステラに何か危害を加えるとは思っていないよ。でもさ、万が一、億が一ってことはあるんじゃないかと思うんだ」
「……疑いたくなるのは分かるけど、そこはフレイヤを信じましょうよ」
「何かあれば私たちが全力で止めれば良いだけですし、それにイザベルさんも協力してくれると思いますよ」
オレは綺麗な土下座をきめて微動だにしないフレイヤと、その後ろでいつもの無表情で立っているイザベルさんの方へと視線を向ける。
「……」
オレの視線に気づいたイザベラさんがオレたちへと親指を立てた。どうやら、イザベルさんもさすがに協力してくれるようだ。
「――そんなことよりも、ステラは人に会える状況なの? フレイヤを会わせるにしろ会わせないにしろ、ステラが嫌がっているなら強制はさせたくないんだけど」
「一応、前みたいに人族を見たからって拒絶反応は出ないと思う。まあ、それもオレの憶測にすぎないから、結局はステラに実際に会わせてみないと分からないんだけどな」
「アレンさんに懐いているんですよね? 私たちはどうなんでしょうか?」
「私たちに拒否反応が出るかもしれないんだから、初対面のフレイヤはなおさら無理じゃない?」
「んー、どうなんだろうな? 確かに二人でもまだ軽く拒否反応が出るかもしれないからな」
「でも、今から断るのも無理そうじゃないですか?」
リーフィアが横を見る。
そこにはオレたちの方をチラチラと見上げるフレイヤがいた。
彼女の目からは、これからステラに会えることへの期待が大いに見て取れた。
「……仕方ないな」
オレはフレイヤの様子に断ることは無理だろうと悟り、溜息を吐きながらフレイヤの方へと身体を向ける。
「もし何かあったらすぐに中止にしますからね」
「分かった!」
「オレたちの言う事はすぐに聞いてくださいよ」
「当然だ!」
「……その緩んだ表情はどうにかならないんですか?」
「今から可愛い子供に会うんだぞ! 無理に決まっている!」
「……はあ」
――本当に大丈夫かな?
オレは再度溜息を吐きながら、自身の早計を悔やんだ。
そんなこんなでフレイヤをステラへと会わせることになったのだ。
ステラはまだ立ち上がることが出来るほど体力は回復しておらず、ベッドに寝た状態だった。
オレが部屋の中に入ってきたときには太陽のような笑顔でオレを出迎えてくれたステラだったが、オレの背後に他の人がいると悟るや否や、表情を強張らせてしまった。そんなオレだけに懐いてくれているステラの様子に少しだけ優越感を抱きながらも、そのままにすることは出来ず、ステラにフレイヤのことを紹介した。
最初は平静を保っていたフレイヤだったが、次第に不審者化を始め、最終的には現在目の前で広がる惨状となってしまった。
「フレイヤ、フレイヤさん、何でも好きに呼んでくれて良いんだぞ? ん? ま、まさか、フレイヤお姉ちゃんと呼んでくれたりするのか?」
鼻息荒く詰め寄るフレイヤの姿に、オレの中にあった完璧な存在である冒険者フレイヤ像は消失した。いまや完全に「見た目は良いが中身が残念なヤバい奴」という認識しかない。
「フレイヤ、ちょっと落ち着きなさいよ。ステラが怖がっているでしょ」
「そうですよ、さすがにそれ以上は外に連れ出しますよ」
ルナリアとリーフィアがステラを庇うようにフレイヤの前に立ちはだかる。
因みにだが、ルナリアとリーフィアの二人もステラに少しだけ怖がられてしまっていた。しかしながら、フレイヤとは異なり、二人は今は無き我が家で共に生活していたため、ステラは少しだけ心を開いていると思う。ただ、やはりまだオレ以外の相手だと不安を抱いてしまうようで、オレが傍にいなければならない。
まあ、ステラがあの家での経験をすっかり忘れてしまったと言う訳ではないようなので良かった。ステラにはこれから様々な人と出会い、交流を図って欲しいと思っている。最初は怖いかもしれないけれど、それが絶対にステラのためになるのだから。
「――そ、そんな殺生な! 後生だから、もう少しだけ! もう少しだけステラと話させてくれ。一度で良いからお姉ちゃんと呼ばれてみたいのだ!」
「はいはい、そんなことはどうでも良いから、ちょっと部屋の外に出ましょうね」
「イザベルさんも手伝ってください」
「かしこまりました」
「そ、そんな!? 頼む、もう少しだけステラと同じ空気を吸わせてくれ!」
三人がフレイヤを部屋の外に引きづっていく。そんな三人に抵抗しようと必死にもがき、こちらへと手を伸ばしてくるフレイヤだったが、さすがに三人相手では分が悪いらしい。ゆっくりと扉の方へと離されていく。
「ステラ、絶対にまた会いに来るからなー!」
フレイヤの未練の籠った声が部屋に残響した。
先ほどまでのうるさかった部屋から一変、部屋には落ち着いた雰囲気が戻ってきた。
「……まあ、悪い人じゃないからさ」
「……」
オレはステラの方へと振り返ると、オレの服をギュッと握った可愛らしいステラの頭を優しくなでる。そうすると、ステラも落ち着いたのか、握る手を緩めてオレの手の感触を堪能し始める。
「徐々に慣れて行こうな」
「……はい」
少し考えてからの返答。今はそれで十分だった。
読んでいただき、ありがとうございました。




