3: 告白
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隠していたものを他者に話す。これほど緊張する瞬間は無いだろう。別に隠した状態でも問題がなかったのなら、わざわざ打ち明ける必要もないし、もしその打ち明けた内容が相手に受け入れられなかった場合のことを考えてしまうと、どうしても躊躇してしまう。
どんなに仲の良い関係だったとしても、その仲が切り裂かれるのは一瞬だ。そう考えると、隠し事も別に悪い事ではないのかもしれない。
ただ、隠し事を共有した方がより仲が深まるのは事実ではあるが。
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「――そう畏まらないでくれ。私たちの仲だろう」
フレイヤに勧められたソファに身体を沈める。フカフカなはずなのにその柔らかさを享受することは出来ていない。
なぜなら、オレたちの対面に座るフレイヤがこれからどんな頼みごとをするのかという不安がオレたちの頭の中で渦巻いていたからだ。
――お、お金か? いや、でもフレイヤは貴族の娘だ。オレたちに貰うほど困ってはいないだろうし、Aランク冒険者として活動する彼女は常日頃からオレたちには想像できないほど報酬が高額な依頼を受けているだろう。
――では、何だ? 貴族家の娘でありAランク冒険者であるフレイヤになくて、オレやルナリア、リーフィアにはあるもの。もしかしたら、平民の暮らしを知りたいとか? それだったらオレたちでも教えることが出来る。ただ、フレイヤも冒険者として活動する中で、ある程度は平民の暮らしぶりを見ているはずだ。今更オレたちに頼むだろうか?
考えれば考える程、フレイヤがオレたちに何を頼みたいのか分からない。
「では早速で悪いのだが、本題に入らせてもらうとしよう」
「フレイヤは私たちに何を頼みたいの?」
「私たちに出来ることなんて、それほどないと思うのですが」
ルナリアとリーフィアが少しばかり緊張した口調でフレイヤへ尋ねる。
「いや、君たちにしかお願いできないことだ」
本当にオレたちにしかできないことなんてあるのだろうか?
真剣な眼差しでオレたちに視線を送るフレイヤ。しかしながら、彼女がすぐに口を開くことは無く、重たい雰囲気が部屋を支配する。今から深刻で重大なことが告げられるようなそんな空気。
「フレイヤ、そろそろ教えてよ。私たちに何を頼みたいの?」
ルナリアがしびれを切らしてしまった。
まあ、オレも早くこの雰囲気から解放されたかったのでありがたい。
「イザベルから報告を受けたのだが……」
「イザベルさんから?」
あのメイドさんから一体どんな報告を受けたというのだろうか。
「君たちの連れのことだ」
「「「――ッ!?」」」
この時がついに来たか。ステラについて問われる時が。
フレイヤの屋敷で居候させてもらい始めて以来、オレたちに子供の連れがいるという事以外は、フレイヤには知らせていない。その子供がまさかハーフエルフでしたなんて言える訳がなかった。
フレイヤもこれまでオレたちのただならぬ様子を感じ取ってか、深くは追求しては来なかった。
しかしながら、そんな猶予期間も過ぎ去ってしまったのだろう。若しくは、イザベルさんからステラがハーフエルフであるという事を聞いたのかもしれない。イザベルさんならばオレたちの連れている子供の正体がハーフエルフであるという事にすぐに気づくだろうし、そのことを主人であるフレイヤに報告するのも当然だ。
ステラが起きて、様子がおかしいことを教えてくれたのはイザベルさんなので、その時に正体がバレてしまったのかもしれない。
ともあれ、このままステラのことを隠し通し続けるのは難しそうだ。もしかしたら、オレたちはこのまま居候状態を解消されてしまうかもしれない。まあ、そうなってもしょうがないのだが。
「……何かご迷惑をかけてしまいましたか?」
オレは自然と探るような口調になってしまった。
「そんなに心配そうな顔をしないでくれ。そこまで深刻なことではないからな」
フレイヤがオレの様子を見て苦笑する。
「お嬢様の言い方が悪いと思いますよ。いきなりあんな言い方をしたら誰でも身構えてしまいますよ。肝の小さなアレンさんなら尚更です」
「む、そうか、それは悪かったな」
もう何回目か分からないので驚くことも無くなった。イザベルさんがさも最初からそこにいたかのように振る舞い、お茶を注いでいた。
「いつの間に部屋の中に?」なんてことは聞かない。少しばかりとげのある発言が合ったみたいだが、それも今は聞き流そう。彼女のおどけた口調のおかげで緊張した雰囲気がいくらかマシになったのだから。
フレイヤはイザベルさんが並べたお茶を手に取り、申し訳なさそうな表情でのどを潤す。オレもそれに続いて緊張を全て胃に流し込むようにお茶を煽った。
「美味しいですね!」
「リーフィアさんのそのお言葉を頂けて光栄です」
「イザベルは正確には少し難があるが、お茶の腕前はうちの屋敷の中でも一番なんだ」
「お嬢様、最初のはいらないと思いますよ。こんな儚げな乙女にそんな酷い言葉を投げつけるなんて、私は今にも泣いてしまいそうです」
ハンカチを目元に当てながらシクシクと泣いている振りをするイザベルさん。まあ、誰も心配も同情もしてはいないのだが。
「……泣いている乙女を前にして、アレンさんは何で笑っているのですか?」
――ヤベ、標的がこちらに向いてきた。
「べ、別に笑ってなんかいませんよ。とても心配だなー、ああ、とても心配だ」
オレの白々しい嘘に感情のこもっていない視線を向けるイザベルさん。オレはその視線に居心地の悪さを感じながらも、嘘をつきとおす。
「――コホン、イザベルもその辺にしといてやれ」
「かしこまりました」
フレイヤの言葉に素直に従い、いつもの定位置へと戻るイザベルさん。
「話を戻そうか。
別に君たちがそこまで緊張する話ではないんだ」
「何でしょうか」
「君たちの連れの事だが、イザベルに聞いた。ハーフエルフの女の子なんだろう?」
ステラのことが完全にバレてしまっている。この場合どうするのが正解なのだろうか? 素直に認めるべきか、それともフレイヤの言葉を否定して、しらを切るべきか。
「……そうです」
数秒ほど逡巡した後、オレは素直に認めることを選んだ。よくよく考えれば、ここで嘘を吐くメリットは皆無だ。オレ自身もいつまでも隠し通せる訳がなく、いつかは指摘されてしまうと思っていたのだから、今ここで認めてしまった方が隠し事が無くなって楽になるだろう。
それに、フレイヤの表情を見るにハーフエルフという単語に侮蔑や怒りなどの感情を抱いてなさそうで、いつも通りの凛とした口調に変わりない。
「そ、その怒らないんですか?」
「ん? 何に怒るのだ?」
「いや、ハーフエルフであるという事を隠して屋敷に連れ込んだので」
「はは、そんなことか。そんなことはどうでも良いことだよ」
フレイヤが気に留めた様子もなく笑う。オレはその予想していなかった笑顔をただ見つめていた。
「――貴族家にハーフエルフを連れ込んだなら、普通は良くて殺されるか悪くて痛めつけられた後にモンスターのエサにされるのでは?」
人族至上主義が蔓延したこの国において、人族以外の種族は生き物でないのに等しい。そんないかれた国の貴族ともなれば、オレが抱いていたようなことを行っても不思議ではないだろう。
「普通はそうだろうな。他の貴族連中がそのようなことをほざいているのをよく耳にするよ。
でもな、私、いや、フォーキュリー家に関わる者達はそのような感情を抱いている者は一人とていない。もしいたとしたら、私か父上が処分しているよ」
「……」
「それに、そんなことを言ってしまえば、イザベラの方が貴族家に相応しくないと言われてしまうからな」
「……お嬢様、あまり私の過去について掘り返さないで欲しいんですけど」
――おっ、いつもすましたイザベルさんにしては珍しく、少し慌てているな。若干ではあるが口調から焦りを感じる。これは仕返しの道具を手に入れることが出来たのかもしれない。いつまでもやられっぱなしのオレではないのだ。
「とにかくだ、君の連れがハーフエルフであるという事はどうでも良い。それよりも、もっと大切なことがある」
「……もっと大切なこと」
オレは思わず息を飲み込んだ。貴族の屋敷に黙ってハーフエルフを連れ込んだことよりも大切な何か。そんなことがあるのだろうか?
「……」
「……」
「……」
「……ええっと、フレイヤさん?」
いくら待ってもその続きを聞くことが出来なかったので、オレはしびれを切らしてしまった。フレイヤにしては珍しくモジモジしている。
「お嬢様、あまり待たせてしまうと失礼ですよ。それにお嬢様から言い出した事なんですから、今更恥ずかしがってもダメですよ」
「そうよフレイヤ、私たちの仲じゃない。どんなことを頼みたいの?」
「フレイヤさん、私たちに出来ることならお手伝いしますよ」
イザベルさんやルナリア、リーフィアの言葉に決心がついたのか、うつむいていた顔を上げ、オレたちの方へと視線を向ける。
「実はだな……」
フレイヤ一世一代の告白が始まった。
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