1: 朝日
第五章開始です。
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幸せとは何だろうか? 豪勢な食事を食べること? 絶世の美女と一夜を共にすること? 名声を手に入れること? まあ、人それぞれ思いつくことがあるだろう。
オレにとっては腕の中にいる幼く儚げな女の子――ステラだと思う。
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「……んあ」
清々しい朝日が窓から差し込み、冬夜の寒さで冷えたオレの身体を温める。
オレがこの世界に生まれて以来、こんなに気持ちの良い目覚めは何度目だろうか。ギルド職員時代は感じたことがない。いや、ギルド職員を辞めた後にもここまでの心地良さはなかった。これまでの人生の中で最高の目覚め。
別に、柔らかく高級なベッドで寝ていると言う訳ではない。今、オレはふかふかなベッドの上に横たわることなく、ベッドを背もたれにして座った状態で寝ていた。いつもであればこんな態
ただ大切なものと共にいられることによる精神的幸福感がオレの全てを包み込み、最高の目覚めをオレに与えてくれた。
「……良かった」
オレはこの最高を与えてくれた存在に目をやる。オレに抱き着くような態勢で太腿の上に座り、可愛らしい頬をオレの胸へと押し付けている存在――ステラ。
オレは寝ている間に消えていなかったことに嬉しさを感じ、ステラの温かさを好みでもっと感じるためにそっと抱きしめる。
そうすると、ステラもオレの温かさを感じるようにオレを抱きしめ、オレの胸で頬ずりを始めた。
その時のステラの幸せそうな表情を生涯忘れることがないだろう。それは初めて見たステラの表情であり、年相応で自然な笑顔だった。
オレは気持ちよさそうに眠るステラの表情を優しく見守る。できればこの幸せに満ちた穏やかな時間が永遠に続けば良いのに。
「……ん」
しばらくの間ステラの温もりを堪能していたオレだが、ステラの顔に朝日が当たり覚醒を促す。ステラは朝日から逃れるように顔を逆側へと向けるが、どうやらもう一度深い睡眠に至ることは出来なかったようだ。寝ぼけまなこをこすりながら言葉にならない声を発するステラ。その様子にオレはついつい笑みがこぼれてしまう。
――この子を守ることが出来たんだな。
それが嬉しくて、幸せで今にも踊り出しそうなくらいオレの心を軽やかだった。
「ステラ、そろそろ起きるか?」
「……ん」
オレの声に反応して、まだ半分しか開いていない目をことらへと向けるステラ。自然とオレを見上げる状況になる。
――いやだ、うちの子が可愛すぎる!
オレの方を見て微かに微笑んでくれるステラはまさしく天使だった。世の中の父親が愛娘に甘いのもこんな感じなんだろうな。
「ステラお腹が空かないか?」
「空いた!」
「じゃあ一緒に食べようか」
寝ぼけていたステラは、オレの言葉を聞くや否やさっきまでの寝ぼけた状態から嘘のように切り替わり、元気にオレを見つめる。
オレは外に朝食を取りに行こうと立ち上がろうとするが、ステラがオレの腰から依然として手を離さずに抱き着いたままだった。
「……ステラ、離してくれないと食べ物を取ってこれないんだけど」
「……もうちょっと」
「……なら仕方ないか」
オレは立ち上がるのを止めて、甘えん坊になったステラを腕に抱きながら静かに時間が過ぎていくのを感じていた。
「――突然で悪いのだが、父上が帰って来ているので挨拶をしておこうと思う」
豪勢な朝食が並べられたテーブルで食事をしていたオレたちに、不意にフレイヤの声が掛けられる。
因みにだが、ステラは部屋で一人お留守番だ。ステラがオレを離してくれた後、オレはステラ用に用意された朝食を持って戻り、ステラにゆっくりと食べさせた。そして、食事を終えたステラはオレの服を固く握りしめて眠ってしまった。オレはステラをベッドに横たわらせて、どうにかステラの手をほどいてフレイヤたちが待つ食堂へと足を運んだ。
「それは良いけどかなり時間が掛りましたよね」
オレは多くの野菜がトロトロになるまで煮込まれた絶品のスープを胃に流し込む。
オレたちがフォーキュリー家に居候させてもらってから、もう十日ほど経過していた。その間、オレたちはフォーキュリー家当主であるフレイヤの父親に出会っていない。以前、顔合わせが行われる予定であったが、フレイヤの父親の急な都合により延期となった。
その後、フレイアやの父親はこの屋敷に帰って来ておらず、ずっと王宮での業務に励んでいたらしい。何とも可哀そうなことだ。自分の家に帰れずに、仕事場に寝泊まりするなんて。少し前の自分のような状況で同情してしまう。
貴族何て平民から金銭を巻き上げて豪遊しているだけだろうと思っていたが、どうやら認識を改めないといけない様だ。
「ああ、私も久しぶりの父上の顔を見た。ただ、かなり疲れた顔をしていて今にも死んでしまいそうだったがな」
「……それは何というか」
武に秀でていることで有名なフォーキュリー家当主の覇気のない表情。それはそれで貴重なような気がするので少し見てみたい気もする。
フレイヤの屋敷を訪れた当初は、貴族との挨拶何て嫌だなと思っていたオレだが、居候させてもらっているのに挨拶無では示しがつかないし、屋敷の中で突然に出会って気まずい雰囲気を味わうよりかは良いだろうと思いなおした。
「フレイヤさんのお父様はどういった業務をされているんですか? やっぱり軍関連ですか?」
リーフィアの問いにフレイヤは苦笑いをする。
「いや、事務作業をやらされているらしい。私たちの家系は机に向かって作業するなんて柄ではないだがな。上の貴族から言いつけられてしまったらしい」
フレイヤが言うには、慣れない事務作業の上、部下を成長させるためという名目で次々に業務を押し付けられてしまうらしい。この頃は屋敷に戻ってくることは稀で、帰って来てもすぐに寝てしまい、そして起きたらまたすぐに王宮へと向かっているとのこと。
「――お嬢様、旦那様の支度が整いました」
メイドのイザベルさんが食事を終えたオレたちの食器を片付けながら告げる。
「では行こうか。父上が寝てしまう前に」
オレたちはフレイヤに続いて立ち上がり、廊下へと向かうフレイヤの後を追う。
「さすがに緊張するわね」
「そうですよね。私たちなんかが貴族の方と顔を合わせるなんて、少し前までは考えられなかったですよ」
「……私も一応貴族なんだがな」
ルナリアとリーフィアに苦笑するフレイヤ。
「それは分かってますけど。私たちにとってフレイヤさんは冒険者という印象が強いので」
「綺麗で強い。女冒険者にとってあこがれの存在なんですよ」
フレイヤの反応に急いで取り繕う二人。まあ、二人の言う事も分かる。フレイヤは「貴族だから」という理由で他人に何かを要求することは無いし、平民であるオレたちに高慢な態度をとることも無い。
「大丈夫だ、私も自分が貴族らしくないという事を自覚しているからな。
それより、君たちと知り合ってある程度経ったのだから、その敬語はやめて欲しいのだが。それにさん付けも不要だ。フレイヤと呼んで欲しい」
「じゃあ、今度からフレイヤって呼ぶわね。私のこともルナリアで呼んで」
「じゃあ私もお言葉に甘えてフレイヤって呼びますね」
――そんなに気楽に!? これが同性の強みなのか、それとも二人のコミュニケーション能力の高さ故なのか。
「アレンも私のことは呼び捨てで呼んでくれ」
「……ええっと、それは何というか難しいというか」
「ダメ……なのか?」
――そんな悲しい顔をしないで欲しい! ルナリアやリーフィアと違い、フレイヤはどちらかと言えば「お姉さん」と言う様な感覚だ。それに加えて、Aランク冒険者という事に対する尊敬とギルド職員時代の社畜根性がオレに丁寧な言葉遣いを強いる。
しかしながら、そんなオレの小さな思いをも吹き飛ばすほどの破壊力を持ったフレイヤの表情。少しうつむいてこちらを見上げてくるような視線を送ってくるフレイヤ。いつもの毅然とした態度からは想像することが出来ない保護欲がそそられるその表情に、オレは少しの間息を飲んでしまう。
「……善処します」
「そうか、今はそれで満足しておこう」
フレイヤの言葉に胸をなでおろしながら、今度からフレイヤを呼び捨てできるように練習しようと心に誓う。
そんなことを考えていると、フレイヤが一段と厳かな扉の前で立ち止まる。
「父上、フレイヤです」
「入れ」
「失礼します」
中からの低い声に応じて扉を開く。フレイヤの肩ごしに見えた中の男性――筋肉質でたくましい体格の現当主の顔は死んでいた。




