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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第四章 社畜、家を借りる
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26: ステラ―私のご主人さま―

 ――神様は私をどこに連れて行くの? 別に私はどこでも良い。ただ、もし一つだけ私の願いを聞いてくれるのならば、人族が居ない場所にして欲しいな。もうあんな目に遭いたくないから。


 今、私は柔らかなものに包まれている。目を開けなくてもそれが何か私には分かった。


 ――これは絶対に布団だ。


 人族とは違って私に温もりをくれるもの。布団に包まれている時だけが、私の安心できる時間。


 ――でも、布団に包まれているという事は……。


 私はイヤなことを考えてしまう。でも、もしかしたらそうじゃないかもしれない。でも……。


 私はゆっくりと目を開ける。私の瞳には今まで見たことがない光景が映し出された。綺麗な天井に大きな布団。広々とした部屋。


 私の瞳に部屋の様々なものが映り込んでくるごとに、私の身体は大きく震え始め、息を吸うことが出来なくなっていく。


 ――人族。ここには人族がいる。絶対にそう! この目で人族を見たわけではない。でも、絶対にここにはいる。


 神様は何て残酷なんだろう。またもや私を人族のいる場所に連れ戻すなんて。


 ――もうイヤだ! 何でなの? もう生きたくないよ! こんな苦しい思いをしてまでこの世界に留まりたくない! 誰にも望まれていないのに。誰も私を求めていないのに。


 私はベッドから降りたところで布団に包まる。もう外の世界と関わらなくて済むように。自分と外の世界を離すために。誰にも否定されることのない自分だけの世界に閉じこもるために。


 こうしていると身体の震えは段々落ち着いてきた。


 ――もう何もいらない。このままこの布団の中で全てを終わりにしたい。


 心残りがあるとすれば、あの夢の中で感じた温かさだけ。あの温かさをもう一度感じてみたい。そのためにはこのまま……。


 お腹が生存を求めて鳴いているけど私には関係ない。いつかはこの音も聞こえなくなるのだから、それまで我慢していれば良い。


 そう思い、私が眠りにつこうとした時、誰かが部屋の中に入ってくる音がした。


 そう私の主人である男の人族。


 そのことを理解したら、私の身体が自然と震えだした。どうにかして隠れなきゃいけないのに。どうにかしてこの世界に入らせないようにしなきゃいけないのに。震えを抑えようとすればするほど、私の身体はますます激しく震えだす。


 どんどんこちらに近づいてくる足音が聞こえる。そして、ついに人族が私の世界を見つけて、私の世界を破壊しようと手を伸ばしてきた。


 ――やめて!


 私の心からの叫び。これ以上、人族なんかに奪わせはしない。私だけの世界を。


 私の声を聞いて一度は手を止めたけど、その人族はまた手を伸ばしてくる。私の身体を心配しているような事を言っているけど、騙されちゃダメ! また私を安心させようとしているだけだから。そうやって私が心を許そうとした時、絶対にまた私は傷つけられる。だって人族だから!


 ――来ないで! 来ないでよ!


 ――もうやめて! 人族が! 人族が近寄らないでよ!


 私の叫びを聞いて、人族がゆっくりと部屋から出て行く音が聞こえた。


 私の鼓動は少しずつだけどゆっくりになってくる。どうやら私は私だけの世界を守る事が出来たみたい。




 あれから何度もあの人族は私の部屋へと来た。その度に、私は恐怖を感じて身体が震えだす。最初みたいに部屋の中へ入って来て私の布団に触ろうとはしてこないけど、それでも油断しちゃダメ!


 何か言って食事を入口の所に置いているみたいだけど、そんなもの私には必要ない。もうすでにお腹も鳴らなくなって、空腹すら感じない。口の中はカラカラで、喉が引っ付きそうになって息がしづらい。


 とても苦しい。でも、それが今の私には嬉しかった。このままいけば、私はこの世界から解放される。この生きづらい世界なんかと離れることが出来る。


 ――もうちょっと、もうちょっとで私は新しい世界に行ける。温かさで包まれた幸せな世界。私を否定しない世界。


 私の頭の中のほとんどがそのことに期待している。


 だけど、頭の片隅にほんのちょっぴりだけ浮かんでいることがあった。


 ――あの夢で見た温かさはその世界にあるのかなあ?


 その微かな不安をどうにか頭から失くしてしまおうとしても離れない。




 目の前が霞んで何も見えない。息をするだけでも疲れてしまう。人族が入ってきたのに気付いても身体が前みたいに震えない。


 こうなることを望んでいたのに、私が求めていたことなのに、どうしてか不安になってしまう。頭の中には私を不安にさせるあの疑問だけが繰り返される。


 ――冷たい、冷たいよ。


 ――このまま行けば、本当に温かい世界に続いているの? 私を受け入れてくれる世界なの? こんなに冷たいのに……。




 ――怖い。私が望んでいたことなのに。


 冷たく真っ暗な世界に引き込まれていく。


 私の頭の中は、私が今から行く世界には私が望んでいる温かな幸せはないという思いでいっぱいだった。


 ――どうして? どうしてなの? 私の何がいけなかったの? 私はただ温かさが欲しいだけなのに。私を否定しない温かな世界に行きたいだけなのに。どうして? 私はそんなことさえも望んじゃいけないの?




「――ステラ!」


 人族の声が聞こえる。もう何を言っているか全くわからない。


 突然、口の中に何か入ってきた。完全に塞がってしまった私の喉は、それが私の口の中に入ってくるのを拒む。


 霞んだ視界に映ったのはあの人族だった。あの人族が私に触れている。私の布団も剥ぎ取られてしまい、完全に私の世界は壊されていた。


 身体はもう思うようには動かない。でも、私は最後の力を振り絞ってどうにかその人族の手から逃れようとする。このままだとまた酷いことをされる。逃げなくちゃ。


 でも、その人族の腕から逃れることは出来なかった。自分でもなぜだか分からない。この腕の中にいるとなぜかあの夢の事を思い出す。


 まさかとは思ったけど、そんなことは絶対にない。なぜなら人族だから。そう思い直して、再度私は逃れようとした。


 ――ッ!?


 人族の顔が近づいてきた。


 ――イヤだ! 何かされてしまう!


 そう思って、私は怖くなり目を閉じる。これから私に訪れるだろう災いから目を背けるように。少しでもその仕打ちがましになることを願いながら。


 でも、災いは何時まで経っても私に訪れることは無かった。その代わり、おでこに温かな感触が広がる。


 優しい温かさ――あの夢と同じような。


 私はゆっくりと目を開ける。私の顔のすぐ前には人族の顔があった。


 ――怖いはずなのに。


 ――イヤなはずなのに。


 ――逃げ出したいはずなのに。


 なぜか私は悲しそうな顔をしたその人族のことを霞んだ目で見つめていた。この温かさをくれる人族を確かめるために。


「どんなに周りの奴らがお前を侮蔑しようと、どんなにお前を忌み嫌おうと、どんなにお前を否定しようと、オレだけは、オレだけはお前を肯定してやる!」


 ――本当に? 本当にあなたは私を否定しないの?


「そしていつかお前が幸せだって笑えるような世界を作ってやる!」


 ――私に幸せを感じさせてくれるの?


「だから、だからさ、オレのために生きてくれよ!」


 ――ねえ、私は生きて良いの? あなたと、あなたと一緒に生きて良いの?


「……なあ……頼むよステラ」


 私の頬に涙が零れ落ちてくる。その涙はあの夢で感じたのと同じ。温かくて優しい、私の全てを包み込んでくれて、安心を与えてくれるもの。


 ――この人族だ! 私にあの温かさをくれたのは!


 私には分かった。あの時顔を見た訳ではない。でも、絶対に間違いない。私に温かさをくれたのはこの人族。この温かさをくれる人族を間違える訳がない。それぐらい私にとっては大切で掛け替えのない記憶。


 私はその温かさに触れたくて手を伸ばした。腕に力が入らないけど、この温かさに触れたいその一心で。


 ――温かい。夢と同じ。ううん、それ以上の温かさを感じる。


「ステラ?」


 私の名前が呼ばれた。その声は私が奴隷として買われる前に聞いたあの時の声と同じ。私が道端でおじさんから何度も叩かれて消えてしまいそうになった時に聞いた声。私のことを見ても誰も助けてくれなかった状況の中で聞こえたあの声。


 さっきまでボンヤリと霧がかかっていた視界も、今は少しだけ霧が晴れている。そのおかげで目の前にある顔を見ることが出来た。目の前には私を買った男の人族。見慣れたはずの顔なのに、なぜだか初めて見たような気がする。この人族の顔を見ていると、今まで感じたことがないくらいの安心感が湧いてくる。


 誰かに抱かれることが、誰かに求められることが、誰かに肯定されることが、こんなにも幸せなことだなんて知らなかった。


 今、私は私が願ったものを手に入れることが出来たと思う。ハーフエルフだからと言って、私の存在を否定しない、私を認めてくれる存在。


「……ステラ、お腹が空いただろう? 今食べさせてやるからな」


 口元に食ベ物が運ばれる。


 今の私に必要なことはこれを拒むことでは無くて、受け入れること。


 私はゆっくりと口を開ける。


「美味しいか?」


 少し冷めたスープが私の体の隅々にまで行き渡り、身体に生きる力を与えていく。今まで食べたどんな食べ物より――それこそあのお肉とも比べ物にならないくらい温かくて美味しかった。


 ――こんなにいっぱいの温かさをもらって、私はこの人族に何を返すことが出来るのかな? 


 でも、今はそんなことを考えないで、ただ感じていたい。この声を、この腕を、この温かさを。


 私は幸せを全身で感じながら、ゆっくりとスープを平らげていく。


 真っ暗な部屋の中には私とこの人族――いや、私のご主人さまだけ。


 私を必要としてくれたご主人さま。


 私はご主人さまのために生きていく。


読んでいただき、ありがとうございました。

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