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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第四章 社畜、家を借りる
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25: ステラ―儚い記憶―

 瞼の隙間から光を感じる。


 ――ここはどこ? この柔らかいものは何? もしかして私の最後のお願いが叶ったの?


 まだ視界は曇っていて何も見えない。だけど、私は今まで感じたことがない感触に包まれていた。


 このままずっとこの感触に包まれていたい。


「おはよー! 気分はどう? どこか痛い所とか無い?」


 そんな私を現実に戻す声が。あまりに突然だったからびっくりしてしまった。私がそちらに視線を向けると人族がいた。それも三人も! 私を否定する存在が。


 私はまたあんな体験をしなければいけないのかと身体が震えてくる。この人族たちは私にどんな酷いことをするんだろう。そう思って、少しでも身を守るために柔らかい布を口元まで引き上げる。


 ――近づいてきた! 逃げなきゃ! そうしなきゃまた叩かれる。


 そう思って、身体を必死に動かそうとしても立ち上がることは出来ず、ただゆっくりと後ろに下がることしかできない。でも、少しでも距離を取れるなら何でも良い。少しでも遠く、手が届かないところに。




 どうやら、私は三人の内の男の人族に奴隷として買われたらしい。腕には今までなかった紋章が刻まれていた。


 奴隷となった私はどんな仕打ちを受けるのだろう。今の所、酷いことはされていない。叩かれることもなければ食事を与えられないという事もない。それどころか、今まで見たことがないくらいの食事を与えられている。おじさんに付けられた傷も治っていた。


 それに、何と言っても布団! 私が寝ているのはあの布団というものらしい。なんて気持ち良い物なんだろう。このままこの上でずっと暮らしていたい。


 でも、この布団の上も安全じゃない。だって、二人の女の人族が入ってくるから。


 とても怖かった。ついに酷いことをするんだと思った。人族だから私のことを否定するんだと思った。だから、一歩ずつ近づいて来るたびに身体が震えてしまう。


 私は必死に抵抗した。それ以上近づいて来ないように震えながら声を出した。でも、そんな私の言葉は全く効果がなかった。


 その女の人族は私の服を脱がせて、布で身体を拭く。とても冷たかったけど、それどころじゃない。すぐ私を叩ける距離に人族がいる。


 今まで私に酷いことをしてきた人族とは違って、この女の人族の表情はなぜか温かさを感じてしまうけれど、騙されちゃダメ! そうやって私を油断させて、安心したところで叩いてくるに決まってる。


 信じない。私はもう信じない。


 でも、この人族の手つきは私を優しく包み込んで誘惑してくる。


 ――ねえ、私はどうしたら良いの?


 もう一人の女の人族はかなり強引だった。昨日の女の人族が恋しくなる。


 でも、この人族も同じ。私に酷いことをしてこない。それに、強引だけどなぜだか安心してしまう。もしかしたら、奴隷になったことで気持ちも変えられているのかもしれない。そうじゃなきゃおかしい。だって、あんなに怖い人族に対してこんな気持ちになるなんておかしいもん! 絶対におかしい。身体は震えたままなんだから。それなのに、こんな気持ちになるなんて……。




 もしかしたら、女の人族達は私に酷いことをしないのかもしれない。だって、今までなにもされていないから。だから、少しぐらい甘えてみても大丈夫かな? 少しぐらいなら怒られないかな? きっといつかは叩かれるのだから、許されている今ぐらいは温かさを感じても良いかな?


 私は震える身体を抑えて恐る恐る身を預ける。


 ――良かった。今のところは叩かれていない。このままずっと叩かれなければ良いな。


 女の人族達は大丈夫だけど、私を一番警戒させるのは、いつも私を遠くから見ているだけの男の人族。


 女の人族達とは何か話しているけど、私に話しかけてくることは無い。


 でも、私はそれが嬉しかった。私に近寄らなければ話しかけても来ない。私に関わろうとしない。そのおかげで私は酷いことをされることもない。


 この人族が私の主人であることを少し不気味に感じたけど、今叩かれていないのならどうでも良い。


 もしかしたら、将来私が成長したら酷いことをしてくるのかもしれないから、今の安らぎを全力で堪能しなきゃ。




 それは突然起こった。




 私が新しい家に引っ越してそんなに日にちが経っていない頃。いつもは女の人族のどちらかが家に残っていたのに、このところは私が独りで家にいることが多くなっていた。


 私としてはなんだかそれが少し悲しく感じられた。こんな風に思うなんて私はどうしちゃったんだろう? あんなに酷いことをされて、あんなに傷つけられて、もう信じないって心に誓ったのに……。


 もう身体に痛い所はない。ゆっくりとなら自分の足で歩くことも出来る。でも、心だけはまだ直っていないみたい。だって、こんなの私じゃない。人族を受け入れようとするなんて絶対におかしいもん!


 今日も私は家に独り。


 ――今日の晩御飯は何かなあ? 前食べたお肉がまた食べたいなあ。


 私はあの檻の中では食べたことのない豪華な食事が今日も目の前に用意されることを夢見ながら、女の人族の帰りを待つ。


「――」


 外で何かの音がした。おそらく女の人族が帰ってきたのだと思う。私は部屋をゆっくりと出て、いつも食事が並べられている方へと向かう。


 ――おかしいな。いつもだったらもう女の人族の顔を見ることが出来るのに。


「――おい、本当にやっちまうのか?」


 女の人族じゃない。


「うるせえな! 今更怖気づいても遅えだろ」


 誰か知らない声。


「そうだぜ。それにあの野郎から受けた屈辱を忘れたのかよ!」


 私が奴隷として買われる前によく聞いていたのと同じ声。悪意に満ちた嫌な音。


 その不快な音を聞いた瞬間、私の頭の片隅にあった思い出したくもない記憶の残滓が全体に駆け巡り、一気に私の記憶を上書きしていく。人族の本来の姿へと、私を拒絶する恐怖の存在へと戻った。


「俺たちに楯突いたらどうなるかってことを教えてやるんだよ!」


 ――怖い、逃げなきゃ、人族から逃げなきゃ!


 そう思って部屋に戻ろうとした時、いきなり玄関の方から大きな音が。それも何度も何度も繰り返し聞こえてくる。


 そしてついには何かが家の中に転がり込んできた音がした。


 投げ込まれたものが私の目に映る。


 ――火!


 赤々と燃える火が床の上に転がり、床を黒くしていく。そして瞬く間に床に燃え移り、その脅威を私の方へと向けてくる。


 その後も次々に外から火が投げ込まれる。それらが家をどんどん燃やしていく。


 ――この家から逃げなきゃ! でも、外にはまだ人族がいる。人族なんかに捕まったらまた酷いことをされてしまう。


 私にはどうしたら良いか分からなかった。早くこの家から逃げないと焼け死んでしまう。でも、外には人族がいる。


 ――やっぱり、人族なんてこんな奴らなんだ。少しでも心を許しそうになっていた自分がバカみたい。こんな奴らに捕まるぐらいなら……


 心の真ん中に真っ黒なものが出来た気がした。


 私は急いで部屋へと戻る。外に出るよりも部屋の中に籠っていた方が良いと思ったから。


 私は部屋に戻ると、ベッドの下で布団に包まった。この災いが早く私の前から過ぎ去ることを祈って。


 火の手は強まり、家中に広まってしまった。


 そして、ついに私のいる部屋にも火が燃え移り、部屋の温度を急激に上昇させる。息を吸う度に身体の中に熱い空気が送り込まれて内側から私の身体を焦がしていく。


 それに、煙が部屋中に漂っていてもう近くも見ることが出来ない。なんだか頭もクラクラしてきた。


 ――苦しい、苦しいよ!


 熱い。息ができない。でも外には出られない。だって、そこにはもっと恐ろしい人族がいるから。


 人族――私に酷いことをする生き物。私が裏切られた生き物。私が二度と信じないって心に決めた生き物。もう二度と期待したりなんかしない。女の人族たちも私に優しくしていたけど、結局は私を油断させようとしていただけだ。だって、こんなに私を苦しめる人族と同じだから。それなのに私は信じようとしてしまった。もう一度信じてみようと思ってしまった。私を受け入れてくれるんじゃないかと。


 もう目の前がしっかりと見えない。身体も動かせそうにない。これも人族を信じようとしてしまった罰なのかなあ?


 ――私はただ美味しいご飯が食べたかっただけなのに。


 ――私はただ柔らかい布団で眠りたかっただけなのに。


 ――私はただ笑って生活したかっただけなのに。


 ――私はただ私を認めてくれる存在が欲しかっただけなのに。


 どうして私はこんなに苦しめられているのだろう。私は何にも悪いことをやっていないのに。


 私がハーフエルフだから。それだけが私が否定される理由。


 ――もう疲れちゃったなあ。


 私は迫りくる炎の中で私は眠りについた。身体は熱いはずなのに、なんだか冷たく感じられる。これが神様に体温を取り上げられるってことなのかな? なんだか心が痛い。身体よりも私の心が……。


「――ステラ!」


 またあの声がする。おじさんの所で聞こえてきたのと同じ声。


 ――でも、私には関係ないよね?




 私は夢を見ていた。何度も力強く誰かに抱きしめられる夢。


 燃え盛る炎の中で、何かを謝っている姿。


 燃え盛る炎の中で、必死に私を守ろうとしている姿。


 真っ暗な夜空の下で、涙を流している姿。


 どれもおかしな夢だ。私にそんなことをしてくれる存在なんていないのに。これが最後に神様がくれた贈り物だったとしたら、もっとマシな物が良かったなあ。こんな到底あり得ない物じゃなくて。


 でも、それらの夢はなんだか温かく感じられた。こんな温かさがこの世界にあったなんて、もっと早く知りたかったなあ。

ステラの記憶編は残り一話です。

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