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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第四章 社畜、家を借りる
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24: ステラ―冷たい記憶―

ステラの過去編です。

 ――ここはどこなの? 私は何でこんな所にいるの? 何でそんなに酷いことをするの?


 目を瞑って心の中でどんなに叫んでも、私を痛めつける鞭は止むことがない。


 ――どうして? どうして?


 悲鳴を上げるともっと強く打たれてしまうから、唇を噛んで必死に声が漏れないようにする。


 ――こんなにお願いしているのに、なんで誰も私を助けてくれないの? 私のお願いが足りないの? でもこれ以上どうやってお願いするの?


 鞭が止んだ。私のお願いが叶ったんだと思った。


 でも、違った。


 その手には棒が握られている。


 もう私はお願いなんかしたりしない。どうせやっても無駄だから。どうせ誰も私をこの痛みから救ってはくれないから。


 だから私はもう誰も信じない。




 私はお父さんとお母さんの顔を知らない。そのことに寂しさを感じたことは無い。だって、そんなことを思う暇さえなかったから。物心ついたときには私は暗く閉ざされた場所にいた。


 誰に貰ったかは分からないけど名前だけは憶えている。


 ステラ――それが私の名前。でも、その名前が呼ばれることは無かった。


 ここには私と同じような子が沢山いる。薄汚れた布を着て、泥とホコリで汚れた冷たい床の上に寝転がっているみんな。そんなみんなを眺めながら、私もあんな顔をしているのかなあと思う。


 ご飯は一日一食。カビの生えたパンが無造作に投げ入れられる。でも、いつもパンを持ってきてくれるおじちゃんが時々パンを忘れてしまうこともある。そのせいで私たちはお腹を鳴らしながら次の日を待つ。


 次の日、おじちゃんはパンを忘れていたことを謝ることなんてない。いつものようにパンを私たちの方へと投げて、そして地面に転がったパンに唾を吐いて帰っていく。唾がかかっていようと私たちにとっては貴重な御飯だ。みんな、唾なんて気にせずに無我夢中で平らげていく。


 夜はみんなで寄り添って寝ている。そうしないと、神様が夜の内に体温を取り上げて行ってしまうから。私は今まで何人も神様に体温を取り上げられた子を見て来た。どんなに揺さぶっても、パンを鼻の辺りに近づけても二度と目を開けることは無い。そうなってしまった子は外へと乱暴に連れ出されてしまう。


 少し年上の子に聞いたのだけど布団というすごい物があるらしい。だけど私は絶対に嘘だと思う。そんな夢のような物があるなんて考えられない。そう思って自信満々に話していたその子を少しかわいそうな子を見るような目で見ちゃったことは反省しなきゃ。




「――こいつが例のハーフエルフか」


 今日は知らないおじさんが来ていた。私を見て恐ろしい顔をしている。私はその顔に怯えながら、私がこれからどうなってしまうのか不安になった。そんな私を助けるかのように、みんなが私の周りに集まってきてくれた。


「おい、そのハーフエルフに近寄るな!」


 固まっている私たちに、突然大きな声が飛ばされる。私たちはその声に怖くなって身体が動かなくなってしまった。


「こいつはハーフエルフなんだよ! オレたち人族様とは違うんだ!」


 そう言って、鍵を開けて中に入ってきたおじさんは周囲の子たちを押しのけて、私の髪の毛を乱暴につかむ。私は痛みで泣き叫ぼうとしたが、それ以上の痛みが私を襲う。気付けば、私は何度も顔を大きな手で叩かれていた。


「こうなりたくなければ、もうこいつに関わるな!」


 ボロボロになってしまった私を地面に放り投げると、外に出て行ってしまった。


 そんなおじさんの様子を見て、私とは反対側に集まって怯えているみんな。


 おじさんが見えなくなっても、私に誰も近寄ってきてはくれない。


 ――どうして? 前はあんなに優しくしてくれたのに?


 ――私がハーフエルフっていう存在だから?


 みんなの態度に悲しくなってしまった。今まで一緒だったのに……。




 それから数日間、誰からも話してもらえない時間が過ぎて行った。みんな私のようにされるのが嫌みたい。


 でも、私にはそのことを責めることは出来ない。もし私がみんなの立場なら、私だってそういう態度を取っていたと思う。だから、悲しいけども仕方がない。私が耐えれば良いだけの事。そう、それだけの事。




 今日も放り込まれたパンにみんなが手を伸ばす。私はその様子をただ黙って見ているだけ。そして、みんなにパンが行き渡ったのを見て、ゆっくりと残されたパンの方へと手を伸ばす。


 そんな私の様子に、パンを食べていたみんなの口が止まり、ジッとこちらを見つめる。誰も何も言わない。ただ私の様子を見ているだけ。


 私はパンを取って、急いで元の場所に戻る。


 そうすると、みんなは安心したのか口を動かし始めた。


 このところ、パンが美味しくない。なぜだろう? それに少しだけしょっぱく感じる。みんなと一緒に食べていたあのパンの味をもう一度味わいたいな。




「――こいつも引き取ってくれるなら、もう少し安くしても良いですよ」


「馬鹿言うな、そんなハーフエルフなんか要らねえよ!」


 誰かが言い争う声。私はその声で目を覚ます。


「そこを何とかお願いしますよ」


「俺はこんな出来損ないなんて御免だ。同じ空気を吸うだけでも虫唾が走る」


 前に私のことを叩いたおじさんと知らないおじさん。私の方を指さしながら言い争っている。


「はあ、分かりました。ではこちらの金額で良いのでお願いしますよ」


「まあ、その金額なら良いだろう。引き取ってやるよ」


「ありがとうございます」


 なんだかイヤな顔。二人の視線から身体を隠したいけれど、私には隠れる場所は無い。


「おい、お前ら起きろ!」


 おじさんが中に入ってきた。そして、手に持った棒で叩きながらまだ寝ている子たちを無理やり起こしていく。


おじさんは最後に私の方にやってきた。


「――痛い!」


 私はもう起きていたので叩かれないかと思ったけど、何度も何度も叩かれた。みんなの時よりも力強く。私は何度も気を失ってしまった。でも、すぐに無理やり起こされる。気を失う――起こされる――気を失う。それの繰り返し。


「お前の顔をもう見なくて済むと思うと最高だぜ!」


 ――お願い。もう叩かないで。


「おい、そんな奴でもうちの商品になるんだから程々にしろよ」


「あっ、申し訳ないです」


 おじさんの手が止まる。


 身体の至る所が熱くて痛い。でも、これ以上叩かれないで済むと思うと我慢できた。


「おい、オレにもやらせろよ」


「これ使いますか?」


「へへ、当たり前だろ」


 別のおじさんが棒を持って近づいてくる。


「あ、あの、止めてください」


 どうにか私は縋りつく。これ以上されたらもう我慢できない。もうすでに立つことが出来ないのに、これ以上叩かれてしまったら。


「うるせえな! ハーフエルフが人族様に楯突くんじゃねえよ!」


 そう言って私の頭めがけて振るわれる棒。私は悲鳴を上げてその場にうずくまる。


「これは教育が必要みたいだな。俺に歯向かわないような立派な奴隷にしてやるよ」




 その後のことは何も覚えていない。最後に見たのはおじさんが笑いながら、棒を振り上げている光景。その光景が私の記憶に鮮明に刻み込まれていた。


 ――私がハーフエルフだから。


 ――紛い物だから。




 いつの間にか、私はみんなと一緒に馬車に乗せられていた。ひどく揺れるので身体に刻まれた傷跡をズキズキと刺激する。


 みんなも体調が悪くなっているみたい。


 でも、もう私は心配してなんかない。


 だって、私が一番苦しいのだから。私が一番傷ついているのだから。それはあのおじさんによって刻まれた身体の傷の事だけではない。私の心が――みんなに拒絶されて誰にも助けてもらえないと知った私の心が、この中で一番傷ついている。


 私がハーフエルフだという理由だけ。それだけのことで人族は私の全てを否定する。


 それを知ってしまった私は、もうみんなに対する気持ちも冷めてしまっていた。もうあの時一緒に食べたパンの味は思い出せない。いや、思い出したくもない。


「――おい、降りろ!」


 数日の間、馬車で揺られていた私に突然怒鳴り声が掛けられる。


 私は急いで立ち上がり、言われた通りにする。


 馬車の外は、今まで見たことがないくらいの大勢の人がいた。


 背の高い人、手に大きな袋を抱えている人、急ぎ足で歩いている人、フラフラと歩いている人、華やかな服を着ている人、複数人で楽しそうに話しながら歩いている人、大声で何かを叫んでいる人。


 色々な人が私の目に映る。


 でも、ただ一つ同じことがあった。


 それは、みんな私を見てイヤな顔をするという事。私が汚い服を着ているからじゃない。私という存在を否定する視線。


 ――この世界には居場所がないのかな?


「出来損ないが俺の手を煩わせるな!」


 視界が急に変わった。私の視界にはいろんな足と地面が見えている。次第に目に映る世界が赤くなった。


 私は目元を手で拭う。手には温かい真っ赤な血がいっぱい付いていた。


 私がふと視線を上げると、私を見下ろしている恐ろしい顔が並んでいた。頭から血を流している私を見て、苦しんでいる私を見て、それが当たり前であるかのような顔。


 ――怖い。そんな目で私を見ないでよ。


 私は髪の毛をつかまれて引きずられながら、建物の中に運ばれる。


 私が連れてこられたのは、前いた時よりも小さな所。ここでまたみんなと暮らさなければならないのかと思うと、少しいやな気持ちになる。


「お前はこっちだ!」


 私が最後に溜息を吐きながら入ろうとすると、髪の毛を後ろから引かれる。そして、私はみんなと違う場所に連れていかれた。


「ここに入ってろ!」


 それは今までよりもはるかに狭い所。私が入ったらもう身動きが取れなくなるぐらい小さな箱の檻


 私の小さな悲鳴を聞いてくれる人はいない。


 ――そんなに私は無理なことをお願いしているの?




 それからの生活は私の心と身体に傷を着々と刻み込んでいった。


 食事は毎日与えられない。二日に一回、時には三日に一回、パンくずが与えられるだけ。いつもお腹が空いて目が回っている。排せつ物も垂れ流しにしなければいけない。そして、酷く汚くなった時に外から水をかけられる。


 私がこの箱の中から出られることはほとんどない。出られるのはお仕置きとして棒で叩かれるときだけ。何も悪いことをしていないのに、何度も何度も叩かれる。それをいろんな人に見られていた。時にはおじさんが通りすがりの人に棒を渡して叩かせる。棒を受けとった人は困った表情一つせずに、いつも叩いているおじさんのような表情で私を思い切り叩く。そうして、私はいつも気が付いたらボロボロの状態で箱の中にいた。




 最初の内はイヤでイヤで仕方がなかったこの箱の中の生活も、次第に私にとっては少しだけ嬉しく感じられてきた。怖い外の世界から切り離された私だけの世界。この中にいる時だけは誰からも叩かれない幸せな世界。


 ――ねえ、これが幸せな世界なんだよね?




 今日もいつものように箱から外に出されて、酷いことを言われながら叩かれる。それを私は声を出さないように耐えるだけ。これが終わればまたあの箱の中に戻ることが出来る。そう思っていれば痛みにも耐えられる気がした。


 ――今日はいつもよりも長いな。いろんなところが痛い。でも、声を出してはダメ! 頑張れば、私がもっと頑張ればこの痛みを耐えられる。そうすれば、またあの箱の中――幸せな世界に戻ることが出来るのだから。


 ――あれ? 私のことを見下ろしていた人たちの姿が見えなくなった。代わりに見えるのは真っ暗な世界。箱に中なのかなと思ったけど、身体はまだ叩かれているので違うと思う。でも、あの表情を見なくて済むのは良い事。


 頬に冷たいものを感じる。これはたぶん地面だと思う。


 ――このままこの地面のように私も冷たくなったら楽になるのかな? 楽になるのならもう冷たくなりたいな。ここのまま動かなくなってしまえば、痛みを感じなくなってしまえば。


 私は誰にも期待したりなんかしない。誰かにお願いしても私を助けてくれることはないと分かっているから。


 ――でも、でも、一回だけなら許してくれるよね? ハーフエルフである私でも一回だけなら甘えても良いよね?


 ――誰か、誰か私を助けてよ!


 そう心の中で願うと、私は次第に気が遠くなっていく。


「――おい、あんた、何しているんだ!」


 一瞬、誰かの声が聞こえた気がしたけど、きっと気のせいよね。


 神様、どうか次は幸せな世界にいきたいな。

読んでいただき、ありがとうございました。

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