23: 優しさに包まれて
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ハーフエルフ――それはステラという存在を構築する性質の一部だという事は間違いない。ただ、それは一部であって全部ではない。
そんな一部の性質だけでステラという存在の全部を否定させはしない。
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その後、オレたちはフレイヤにもう一部屋借りてそこでステラについて話し合った。
その結果、精神が不安定な状態のステラに対して、今はとにかく刺激せずに見守ることが大事だという結論に至る。
フレイヤからは心配したような視線を向けられているが、この問題はフレイヤでは解決できない。いや、この問題はオレたちが絶対に解決しなければならない。ここで他人に頼ることは、即ちステラのことをそれまでの存在としか見ていないという事だろう。そんな無責任なことはしたくなかった。
「ステラ、晩御飯ここに置いておくぞ」
オレは部屋の扉を少し開けてメイドさんが用意してくれたステラ用のご飯を差し入れる。ただ、その言葉に返ってくるのは沈黙だけ。オレはそのことに寂しさを感じながらも、そのまま扉を閉じた。
「アレンさん、ステラは?」
オレが部屋に戻るや否や、リーフィアが口を開く。オレはそんなリーフィアに無言で首を横に振る。
「……そうですか」
「もうリーフィア、そんな顔しないの。まだステラが起きてそんなに時間が経っていないんだからしょうがないでしょ」
「でも……」
「『でも』じゃないの」
こんな時、本当にルナリアは頼りになる。ただ心が沈んでいくだけのオレとリーフィアに活を入れてくれ、何とか踏みとどまらせてくれる。
「とにかく、今は見守るしかないでしょうね」
オレとリーフィアはその言葉に力なく頷いた。時間が全てを解決してくれるとは到底思えないが、それでも、今日無理やりことを進めるよりも明日の方が好転しそうだ。
「じゃあ、もう寝ましょう。さっきまで寝ていたから眠くないかもしれないけどね」
オレたちはそのままモヤモヤとした感情を各々抱えながら、ステラのことを考えながら眠りにつく。
しかしながら、やはりオレはどうしても眠ることは出来なかった。ステラのことを考えると、様々なことが思い浮かび、目が覚めてしまう。
「……『ライト』」
オレは二人がもうすでに寝ていることを確認し、二人を起こさないように距離を取りながら日課になっている『ライト』を唱える作業に入る。これをやっている時は、なぜか心が安定してくれる。
今日もオレの『ライト』は無駄に洗練されていて、王都一の使い手なのではないかと思えるぐらいだ。まあ、少し自信過剰かもしれないが、『ライト』なんて魔法をオレほど練習している魔法士もいないだろう。
「大分クラクラしてきたな」
オレは魔法の使い過ぎによる倦怠感でその場に倒れ込み、そのまま目を閉じた。こうしていれば、ステラのことで悩んで眠ることが出来ないという事もない。世間の酒に溺れる人々の気持ちを少し理解できた気がした。
それからというもの、ステラは相変わらず布団に包まって、オレたちを拒絶したままだった。
オレは何度もステラの部屋へと食事を運び、そして全く手が付けられていない皿を手に取り、退室する。
ステラが何も口にしていないという事に不安を感じながらも、オレには何もできない。無理やりにでも食べさせた方が良いのかもしれないが、そうすることによってステラとの関係を完全に裂いてしまうのではないかという思いが、オレを踏み止まらせる。
「今回もステラは食べてなかった?」
「……ああ、全く手を付けていなかったよ」
オレの帰りを待っていたルナリアとリーフィアに今回の結果を報告する。
「二人はこれからフレイヤさんと修行ですよね?」
「ああ、その予定だけど」
ステラのことがあるが、かと言って何もせずに屋敷の中に留まっていても何も意味がない。フレイヤからはオレたちのことを心配して、休んでも良いと言ってもらったが断った。少しでも力をつけて、将来後悔しないようにしなければ。
「リーフィアにも熟練の魔法士を先生として用意してくれたらしいから、行ってくると良いよ」
リーフィアが魔法士だという事を知ったフレイヤは、気を利かせてフォーキュリー家で雇っている魔法士を先生役として貸してくれた。これでリーフィアだけが何もしない状態を避けることが出来る。
オレたちはそれぞれ待ち合わせしている場所へと向かう。オレたちはいつもの場所、何度も寝転がったあの芝生の生えた庭に向かった。
「おっ、来たか、二人とも」
オレたちが庭に到着した時には、もうすでにフレイヤが素振りをしており、その身体からはほんのりと湯気が立っていた。
「私は見ての通り準備万端だ。二人も早く支度をすると良い」
フレイヤは待ちきれない子供のような表情で促す。
――この人、楽しみにしすぎだろ。
オレはワクワクした様子のフレイヤの様子に苦笑しつつ、自分の準備に取り掛かる。今日も何度も地面に転ばされることになるのだろうが、少しでも食らいつくができるように頑張らなければ。
「お願いします」
オレは準備を終えて、笑顔のフレイヤに向けて木剣を構える。
それからは、いつも通りの結果になった。迫りくるフレイヤを何とか避けて、一撃を食らわないようにする。
「――ッく」
「どうしたアレン? 今日はいつもより動きが鈍いぞ」
太腿辺りに一撃を貰ってしまい、その場に膝をつくオレ。
「もう一本お願いします」
オレは太腿に走る痛みに耐えて立ち上がり、再度フレイヤへと挑む。頭の隅にある悩みを消し去るために。
「今日はこの辺にしておこう」
「はあ、はあ、はあ……オレはまだ出来ます!」
地面の上に何とか立っているオレ。フレイヤから終了を告げられたが、オレはまだ出来る。ここで終わる訳にはいかない。いつもみたいにこの疲労感に任せて寝転がる訳には。
「いや、止めておこう」
「――何で」
「今日の君は雑念が多すぎる」
「……」
「これ以上すれば確実に怪我をする」
そう言って、フレイヤはルナリアと剣を交えるために、ルナリアの方へと向かう。
フレイヤの言葉には覚えがある。今日のオレの頭の片隅には常にステラのことがちらついていた。そのことがオレの動きを鈍らせていたのだろう。
でも、ステラが心配という感情はどうにもならない。この感情をどうにかしない限り、いつものようにフレイヤとは稽古できないのだろう。
オレはボーッとフレイヤとルナリアが打ち合う姿を見つめていた。
今もまだステラは食事に手を付けていない。今日で三日間何も口に入れていない状況だ。ステラは部屋の中でほとんど移動していないようで、いつもの場所に丸まった布団があるだけ。しかしながら、その震えと息遣いは日に日に弱々しくなっていて、ステラが危険な状態であるという事が分かる。
何度かオレはステラの布団に手をかけようとしたが、その都度震えが大きくなり、微かな声で「やめて」と拒絶される。その様子にオレは諦めて部屋を出る。それの繰り返し。
「……ステラ」
今回もダメかなという思いが部屋への一歩を重くする。オレの手には消化に優しい食材で作ったスープがあった。これはステラのために用意してもらった特製の晩御飯。
オレは意を決して部屋の中へと入る。部屋の中は明かりが点けられてはおらず、窓から微かな月明かりが差し込んでいるだけ。
「……ステラ?」
おかしい。今までオレが部屋に入ってきた時には微かではあるが、ステラの反応があった。しかしながら、今回はそれが全くなく、到底人がいるとは思えない。
オレは手に持った皿を床に置き、ステラがいるであろう方へと急ぐ。
「――ステラ!」
そこには布団から片腕を露出した状態でぐったりと倒れているステラがいた。オレは急いでステラを覆う布団を剥ぎ取り、ステラを布団の中から救出する。
オレの腕には三日間何も口にしなかったせいで、ひどくやせ細ってしまったステラが。
オレはステラを優しく布団の上に寝かせると、扉付近に置いてきた皿を急いで取って戻る。あまりに急いでいた為、皿から半部以上スープが零れてしまったが、今はそんなことどうでも良い。そんな些細なことよりも重要なことが目の前にあった。
「ステラ食べてくれ!」
オレはスープを掬い、ステラの口へと無理やり流し込む。
「……けほ、けほ」
オレが急いで流し込んでしまった為、口に含んだすべてを吐き出してしまったステラ。ただ、意識が戻ったのか弱々しくその瞼が動き、オレの方へと顔が向けられる。
「――ッ!? いや……離して」
衰弱してしまった身体から拒絶の言葉が発せられ、オレの腕の中からどうにかして逃れようと身体をよじる。
そのあまりにも弱々しさにオレはどうにも感情が抑えられなくなる。
――ここまでの状態になっていても、人族であるオレを拒絶するのか、自分が死んでしまうかもしれないのにも関わらず、死よりも人族を拒絶することを選択するのか、そこまでステラの心に傷を刻んでいたのか。
「ステラ頼むよ……オレはお前に死んで欲しくないんだ」
逃げようと最後の力を振り絞るステラの身体を、オレは逃がさないように優しく抱く。
一瞬、ステラの動きが止まったように思えたが、口から微かに息を吐き出しながら、再度ステラは身体を動かす。
「お願いだよステラ……お願いだ」
オレはステラの身体を抑えて、ステラのおでこにオレのおでこを合わせて感情の赴くままに言葉を紡ぐ。
「どんなに周りの奴らがお前を侮蔑しようと、どんなにお前を忌み嫌おうと、どんなにお前を否定しようと、オレだけは、このオレだけはお前を肯定してやる!」
――この世界がいかにステラに厳しい環境だとしても
「そしていつかお前が幸せだって笑えるような世界を作ってやる!」
――それがどんなに険しい道だとしても、オレが彼女の生きる道を作り上げる
「だから、だからさ、オレのために生きてくれよ!」
これがオレの偽らざる本心。ステラの主人としてのオレの覚悟。どんなに不可能だと思われ笑われたとしても、これだけは譲ることが出来ない、オレの魂の叫び。
この思いだけは誰であろうとも否定させたりはしない。それはステラであってもだ。ステラが死を望んでいたとしても、オレはそれを許さない。オレが生きていて欲しいから。オレが一緒に笑いたいから。オレがステラという存在を必要としているから。
この思いは押し付けなのだろうか。いや、分かっている。自分でも酷いことを言っていると思う。だけど、この感情を抑えることはオレには無理だ。
世界が否定するのであれば、オレが肯定してあげれば良いだけの事。安心して住むことが出来る国がないのであれば、オレが新しい国を建国すれば良いだけの事。
偏見にまみれたこの世界にステラという初めての例外を輝かせる。そしてその輝きによって周囲の暗闇を照らし出し、新しい世界を創造しよう。
それは難しい事なのかもしれない。だけど、オレ自身が守ると決めたのだから、死んでも守る。どんなに泥水をすすろうと、どんなにこの身が壊れようと、どんなに夢物語だと笑われようと、オレが決めたのだから。
「……なあ……頼むよステラ」
オレの涙がステラの頬に落ちていく。
「ステラ?」
目を閉じていたオレの頬に突然、柔らかなものが触れた。オレは目を開けてその正体を確認する。
そこには白く小さな手があった。オレの頬へと伸ばされたその手が優しくオレの涙を拭う。
「……」
オレはその感触に温かみを感じながらステラの目を見る。ステラの目は先ほどよりも瞼が開き、未だ虚ろではありつつもオレのことをしっかりと見つめていた。
「……ステラ、お腹が空いただろう? 今食べさせてやるからな」
ゆっくりと頭が上下に動く。オレはそれに笑顔で返し、まだ少しだけ温かさが残っていたスープを口元へと運ぶ。
「美味しいか?」
「……ん」
「そうか、まだいっぱいあるからな」
ゆっくりと温かい時間が流れていく。部屋に響くのはステラの可愛らしい飲み込む音だけ。この場にはオレとステラ以外の誰もいない。しかしながら、もう以前のような気まずさは微塵も感じなかった。あるのはただ小さな幸せだけ。
オレとステラ――主人と奴隷、人族とハーフエルフの関係としてはおかしいのかもしれない。
だが、オレにはこの関係が心地良かった。
やっと描きたいストーリーに辿り着いた。。。




