22: 人間嫌い
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ある個人の行動をその人が属する種族全体の行動として捉える者がいる。それは生物に備え付けられた危機察知能力なのかもしれない。自分に危害を加えた者と似た者を近づかせないための先天的な能力。
しかしながら、その能力に頼っていては見逃してしまうものもあると思う。そう、本当に大切なものを。
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「――皆様、どうやらお連れ様がお目覚めのようですよ」
オレたちがフレイヤの部屋にて冒険者のその後の境遇を聞き終え、談笑しているところにメイドさんが入室してきて、ステラの覚醒を知らせる。
「安心してください、部屋の中には入っていませんので」
オレは一瞬メイドさんの言葉にステラのことを見られてしまったのではないかと心配してしまったが、その後の言葉を聞いて胸をなでおろす。感情が態度にはっきりと表れていたようで、フレイヤがオレを見て苦笑した。
「イザベル、そうアレンで遊んではダメだろ。アレンも困っているじゃないか」
「そう言いましてもお嬢様、私は事実を言っただけです。別に『感情が顔にすぐ現れて面白いな』とか『女性二人に囲まれているのに女慣れしてなさそうだな』とか『揶揄いがいがあるな』とか『次はどんな表情を見せてくれるのかな』とか、微塵も考えておりませんよ」
――このメイドさん、良い根性をしている! 絶対オレを弄って面白がっていらっしゃるじゃんか! そんな様子は全く見せない無表情の顔の下で、良いおもちゃが見つかったと思って絶対にほくそ笑んでるじゃん! オレには分かる。この人は危険だ。
オレを弄ろうとしてくる年上の知り合いは、これまでギルド横の食堂で働くウィリムさんだけだった。ウィリムさんとある程度関わり合いがあるので、もう弄られることは慣れていると思っていた。しかしながら、この人の前ではそんな慣れなんて何の意味もなさないようだ。ウィリムさんよりも一つ上のステージにこの人は立っている。
「アレン様、私はそんなことを意図していた訳ではないのですが」
オレの目を真正面からジッと見つめるメイドさん。相変わらずの無表情ではあるが、先ほどよりもその目が潤っているように見えるのはオレの錯覚ではないだろう。
――ック、可愛い。
綺麗な女性にこうも見つめられると、恥ずかしくて顔を背けてしまう。このメイドさん、容姿はフレイヤにも劣らないぐらいなのだ。そんな自分の容姿をしっかりと自覚しているのでたちが悪い。オレが責めることが出来ないようにしっかりとこちらを揺さぶってくる。
「ま、まあ、分かっていますよ」
「そうですか、それはありがとうございます」
オレの言葉を聞くや否や、彼女はさっきまで潤って見えた目を普段のものに戻した。どうやら、あの潤いは自由自在に操ることが出来るらしい。貴族家に仕えるメイドさんは流石だな。
完全に騙されてしまったオレは、横から聞こえる二つのため息を聞こえなかったふりをする。
「アレン、ステラが起きたみたいだから早く様子を見に行きましょうよ」
「いくらメイドさんがお綺麗だからって、だらしなさすぎですよ」
――二人からの視線がきつい! まるでダメ亭主を見る時みたいな目じゃないか!
「……はい、行きます」
オレは一言フレイヤに礼を言ってから、その場で立ち上がる。そのまま、メイドさんの後を追いながら部屋を後にしようとした。
「あっ、そういえばお伝えするのを忘れていましたが、お連れ様はかなり気が動転している様子だったのでお気を付けください」
「――ッ!? それを早く言ってくれ」
オレはメイドさんの案内を待たずに、ステラがいる部屋へと向けて走り出した。
「はあ、はあ、ステラ大丈夫か?」
オレは息が乱れているのも気にせずに部屋の中へと勢い良く入る。
オレはそこにいるであろうベッドの上に視線を向ける。が、そこには部屋を出る前までにはあったふくらみが無くなっていた。
オレはベッドに駆け寄り、ステラを探す。そうすると、オレは布団がある一方へと引っ張られているのに気付く。ベッドの上ではなく、ベッドのすぐ脇。
「ステラ、そこにいるのか?」
オレはなるべくステラを刺激しないように優し気な口調で近づいていく。
オレの目には布団が丸まっているのが映った。そして、その布団が小刻みに震え続けていることも。
「ステラ大丈夫か?」
もしかしたら、ステラの体調が悪化したのかもしれない。そう思い、急いでその布団の方へ手を差し出す。
「やめて!」
オレが布団をめくろうとした瞬間、今まで聞いたことがない声が部屋に響き渡る。
「ステラ?」
オレはあまりにも予想外な悲鳴に手を引いてしまった。あの小さなステラがこんなにも大きな悲鳴を出すなんて。
その悲鳴は心の底からオレという存在を拒絶するようなものだった。その小さな身体では到底抗うことの出来ない相手に対して、少しでも自分を守るための最後の抵抗。魂の叫び声。
「ステラどこか痛いのか? それなら見せてくれ。オレが何とかするから」
オレは少し気圧されながらも、ステラのことが心配になり再度様子を見ようと手を出す。
「来ないで! 来ないでよ!」
震える布団の中から、ステラの泣いている声が聞こえる。オレはどうして良いのか分からず、ステラの横で手や足をワタワタと動かしながら、ただ震える布団を見守ることしかできなかった。
「アレン、何してるの!」
そんな困惑していたオレの下へと、ルナリアとリーフィアが駆け寄ってくる。
「い、いや、ステラが震えていて、それに泣いているんだ」
オレは二人にすがる様にステラの様子を告げる。二人はそんなオレを横目に見ながら、ステラの方へと向かう。
「ステラ、どうしたの?」
リーフィアが丸まった布団の前でかがみながら尋ねる。オレたちの中で最もステラとの中を進展させていたのは彼女だ。彼女ならばオレにできなかったことも出来るかもしれない。
しかしながら、ステラはその声に答えることなく、防壁と言うには柔らかすぎる布団の中に閉じこもり、その身を震わせながら涙を流し続ける。
その異常な様子に不安を感じたのか、オレと同じようにリーフィアが布団へと手を伸ばした。
「もうやめて! 人族が! 人族が近寄らないでよ!」
「――ッ!?」
まさか、自分も拒絶されるとは思わなかったのか、リーフィアがショックを受けてその場から後退る。
頼みの綱のリーフィアが拒絶された。オレとリーフィアはどうして良いか分からず、その場で黙り込んでしまう。
「二人とも、外に出るわよ」
思考が停止してしまい、役立たずになってしまったオレたちの肩に手を置き、ルナリアがオレたちを部屋の外へと連れ出す。オレの隣を歩くリーフィアの顔は青くなってしまっていた。
「ステラ、私たちは外にいるからね」
部屋の扉を閉めながら、ルナリアが声を投げかける。
「……」
当然のことながら、その声にステラが反応することは無かった。静かな部屋にステラの泣き声だけが響くだけ。そんな心苦しい音を聞きながら、オレたちは部屋を後にする。
「……どうしたのかな?」
部屋から出た後、しばらくの間オレたちを沈黙が包み込んでいた。そんな中、リーフィアが自問自答するかのように、ポツリと小さく呟く。
「……まさかリーフィアでもダメなんて」
どうやら、オレたちとステラの関係は振出しに戻ってしまったらしい。いや、最初に出会った時もあそこまで拒絶はされなかったということを考えれば、むしろ振出しよりも悪化したと言うべきか。
ステラがオレたちを拒絶する理由は何となく分かっていた。それはステラがリーフィアに発した最後の言葉。
「……人族か」
元々、奴隷商にひどい扱いを受けて人族に対する思いは悪かった。それをリーフィアやルナリアのおかげで何とか改善する兆しが見えたというのに、今回の件でさらに人族への恐怖心が加速してしまった。
確かに、考えてみれば当然の反応かもしれない。自分の家を誰か知らない人族に突然襲われて火をつけられ、その燃え盛る業火の中で死にそうになっていたのだ。そんな経験をしてしまえば、大人でさえも人族全体を恐怖して憎むだろう。
オレたちとアイツらは違う。そう言ったとしても、何も意味はない。被害を受けたステラからすれば、オレたちだろうが火をつけた犯人だろうが関係なく、人族という大きな枠組みに属したオレたち全体を拒絶して然るべきだ。
自分と違う種族が襲ってきた。ならば、その種族ごと拒絶する。それがこの世界の生き物に蔓延る当然の論理、自己を脅威から守るために備え付けられた能力。大人になれば割り切ることの出来る者もいるが、それをステラのような子供に求めるのは酷だろう。
「……どうしたもんかな」
オレの言葉に応える者はいない。オレたちは何も良い案を思い浮かべることが出来ずに、ただ扉の前で佇んでいた。
読んでいただき、ありがとうございました。




