21: 終息
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家が無くなった。でも、家はまた借りれば良い。
そんなことよりも今回の件でステラという大切なものを守れた。どんなにお金を出したとしても、どんなに権力を持っていたとしても、どんなに望んだとしても、決して代替が利かない掛け替えのない少女――ステラという存在を。
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「――おい、そこで何をしている」
正門の方から警備隊がこちらに向かって走ってくる。周囲も大分明るくなってきており、人もチラホラ見受けられるので、騒ぎを聞きつけた誰かが警備隊に伝えたのだろう。
オレたちはもうすでに三人の冒険者を準備していた縄で縛ってあるので、後は引き渡すだけだ。
ルナリアとフレイヤが捕らえた冒険者二人は不意を突かれて一撃で気絶したので、これといった外傷はないが、さすがにオレが殴り続けていた冒険者はこのまま引き渡すわけにはいかない状態だったので、最低限の治療を施している。
「これは何事だ!」
到着した警備隊の中の一人がすごい剣幕でこちらに近づいてくる。オレは状況を説明するために一歩前に出ようとしたが、その前にフレイヤがオレを遮り、『魔法の鞄』から何か取り出しながらその警備兵と相対する。
「フォーキュリー家の者だ。こいつらは孤児院やこちらの冒険者たちの家に損害を与えたので捕らえた」
最初はその言葉を疑わしく聞いていた警備兵だが、フレイヤが手に持つ家紋入りの短剣を見ると、すぐさまその態度を改め、フレイヤの前で直立して敬礼する。
「き、貴族様でありましたか。今までの失礼な言動誠に申し訳ございません」
後ろに控えていた他の警備兵たちも、その言葉を聞いて同じように敬礼する。
「ああ、そのことは気にしなくてもいい。とりあえずこの者たちを引き取ってくれるか?」
「はい畏まりました! おい、お前ら起きろ」
そう言って、地面に並べられた冒険者たちを平手で打ちながら覚醒を促していく。少し乱暴すぎると思ったが、顔が判別できなくなるまで殴り続けたオレが指摘することが出来る訳もないし、そもそも犯罪者にそこまでの優しさを与えてやる必要もない。誰彼構わず優しさが与えられるほどこの世界は甘くない。
「それでは失礼します!」
「ああ、朝早くからご苦労」
まだ完全には正気を取り戻していない冒険者たちを強制的に引きずっていく。オレたちはそんな彼らの姿が見えなくなるまで見送っていた。
「これで一件落着だな」
「そうですね」
「あの冒険者たちは間違いなく犯罪奴隷に落とされるだろう。そうなれば、アイツらは一生悪さ出来ないだろうさ」
「……」
フレイヤがこちらを振り返る。ルナリアはオレを心配そうな面持ちで見つめていた。
「アレン、君はこれで気が済んだか?」
「……分かりません。正直、まだ心の整理ができていないです」
「そうか」
「アレン、もう忘れましょうよ。アイツらのことを考えて悩むなんて時間の無駄よ」
ルナリアがオレを元気づけようとしてくれる。オレはこれ以上彼女に心配をかけてはいけないと、ぎこちないながらも笑みを浮かべてルナリアに応える。
「……それもそうだな。切り替えるか」
「そうよ。それにもっと考えなくちゃいけない問題があるわ。私たち家が無くなったのよ」
――今日からどうしようかな。安くない金を出して借りていたのに、その家自体が無くなってしまった。また、宿暮らしに逆戻りか。果たして、今から行って借りることの出来る宿があるのだろうか? まあ、まだ朝早いので夜までには何とか見つけられるかもしれない。
「そのことだが、良ければ私の屋敷に来るか?」
「えっ、良いんですか?」
「ああ、幸い部屋は余っているからな。稽古のためにもその方が良いだろう。君たちが問題なければ大丈夫だぞ」
問題はある。ステラのことだ。今現在、リーフィアと一緒にフレイヤの屋敷で休んでいるステラの正体がバレてしまうとマズイことになる。もしかしたら、フォーキュリー家には優秀な人達が多く仕えているので、もうすでに何となくバレていてフレイヤの耳にも届いているが、目を瞑っていてくれているだけかもしれない。
しかしながら、大々的にハーフエルフであるという事が周知されてしまえば、貴族という立場から、ステラに対して酷い対応をせざるを得ないかもしれない。
「アレン、お世話になりましょうよ」
「でもな……」
「大丈夫! フレイヤさんはそんな人じゃないわ」
ルナリアがオレを真っ直ぐな目でオレを見つめてくる。彼女の目は少しもフレイヤを疑ってはいなかった。
「……分かった」
彼女の方がオレよりも人を見る目は確かだろう。そんな彼女が大丈夫と言っているのだから、オレはそれに従うことにしよう。
「フレイヤさん、お世話になります」
オレはフレイヤの方へと頭を下げる。
「では、あの子たちが待つ屋敷に戻ろうか」
オレたちは朝日を背に、フレイヤの屋敷を目指して歩き出した。
「今帰った」
『お帰りなさいませお嬢様』
屋敷に入ったオレたちを出迎えたのは、両側にきれいに並び、同じ角度で深々と頭を下げるメイドと執事の人達。フレイヤの屋敷を何度か訪れていたオレたちではあるが、普段は屋敷の中に足を踏み入れずにそのまま稽古を行う庭へと向かっていたので、初めての光景に圧倒されてしまう。
オレたちは堂々と前を歩くフレイヤの後を恐縮しながら歩く。誰かに仕えられた経験のないオレたちにとって、こうも多くの人が頭を下げている様子を前にすると、嬉しさよりも申し訳なさが勝ってしまう。
「お嬢様」
オレが落ち着かない様子で少し挙動不審に歩いていると、オレたちの正面にいつものメイドさんが現れる。オレはその顔を確認すると、少しだけ緊張が無くなった。やはり、見慣れた顔が見えると落ち着くな。
「あの子たちはどうしている?」
「空いていた部屋で休んでいただいています。ご案内しますか?」
「どうする?」
オレやルナリアとしては、早くリーフィアと合流してステラの容態を確認しておきたかった。
「お願いします」
「分かった。それでは案内を頼む」
「かしこまりました」
オレたちはメイドさんに先導されながら屋敷を歩いて回る。廊下の窓からは日の光が差し込んでおり、外を見るとかなり明るくなってきている。
「こちらでございます」
大きな扉の前に案内されたオレたちは、扉を開けてくれたメイドさんにお礼を言いながら入室する。
「あっ、アレンさん」
部屋の中では備え付けられたベッドの横にリーフィアが座っていた。
「リーフィアただいま」
「その様子だと全て終わったようですね」
「ああ、もう全て解決したよ」
オレの言葉を聞いたリーフィアは安心してホッと息を吐いた。
「ステラの方はまだ起きないか」
オレはベッドの中央で横たわっているステラを見る。もしかしたら、オレたちが帰ってきた時には起きているかもしれないと思っていたが、まだステラは起きるまでには至っていないようだ。
「呼吸も安定していますし大丈夫だと思いますよ。もしかしたらお腹が空いて起きるかもしれませんね」
リーフィアがおどけた調子で笑う。リーフィアの言う通り、ステラからは小さくも規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
オレは起こさないようにステラの髪の毛を撫で、その可愛らしい顔を見る。これがオレが守ることが出来た大切なもの。オレは微笑みながら、自身のやり遂げたことに満足していた。
「それにしても広い部屋ね。もしかしたらこの部屋だけで私たちの家ぐらいあるんじゃない?」
ルナリアが部屋を見渡して感嘆する。
確かに、ルナリアの言う通りかもしれない。部屋には最低限の家具しか置かれてなく、そのせいもあって一層広く感じられた。しかもこの部屋で最もオレたちを驚かせている物は部屋の中央に配置されたステラの眠るベッドの大きさだ。大人が四人並んだとしても、寝返りを打つことが出来るぐらい大きく、ただでさえ小柄なステラが余計小さく見えてしまう。
「しかも、こんなに柔らかいなんて」
ルナリアがベッドの端の方に座り、身体を上下に動かしながらベッドの具合を調べている。
「何でも、一番良い部屋を貸してくれたみたいですよ。私を案内してくれたメイドさんが仰っていました。あまりの広さに最初は断ったのですが、是非にと言われたので」
「よく考えたら私も疲れていたのよね」
ルナリアがステラの方までゆっくりと膝歩きで進み、ステラの横に寝転がる。
「まあ、いろいろ話したいことはあるけど寝転がってやりましょうよ、ね?」
リーフィアはそんなルナリアの行動に苦笑しながら、ステラの横でルナリアとは反対側に寝転がる。
さすがにオレは参加できないなと思い、ベッドに背を預けるためにその場に座ろうとした時、ルナリアがベッドの上を手でたたく。
オレにはその行動の意味が分かっていたが、恥ずかしいので無視していたところ、ルナリアのベッドをたたく手が次第に強くなる。
「……分かったよ」
オレは諦めて、ルナリアの隣、少し間を開けた場所に寝転がった。
その後、オレたちは冒険者を捕まえた時の様子や、しばらくはフレイヤの屋敷でお世話になることを小声で話していたが、次第にベッドの気持ちのよさに負けてウトウトとし始め、誰が最初であっただろうか、そのまま柔らかなベッドに包まれながら寝入ってしまった。
「――皆さま、皆さま起きてください」
誰かの声が聞こえる。その声から察するに、どうやらオレたちはあのまま寝てしまったらしい。
ただ、その声に答えようと、起きようとしているのだけど身体がベッドに吸い付いてしまって言う事を聞かない。これはオレが悪いんじゃなくて、こんなにもオレをダメにするこのベッドが悪いのだ。それに、昨日は徹夜だったしかなり疲れが溜まっていた。
「お嬢様がお呼びですので起きてください」
「……んあい」
オレは寝ぼけまなこをこすりながら、どうにかベッドから身体を離すことを成功させる。
窓からは今朝屋敷を訪れた時よりも心なしか濃い色をした日差しが、オレたちの身体を温めていた。
「もう夕方です。そろそろ起きないと生活リズムを崩しますよ」
先ほどまでよりも少し強い口調のメイドさん。オレはその声を聞いて慌てて隣で眠るルナリアとリーフィアの身体を揺らす。
しかしながら、なかなか二人が起きない。ルナリアにいたってはオレの腕を取って布団の中にオレを引きずり込もうとしてくる。
「ルナリアオレの腕を離してくれ。それとリーフィアも布団をかぶらないで」
数分後、ようやく起きたルナリアとリーフィアを伴って、フレイヤの私室へと向かう。ステラはまだ寝ていたので無理おこさずにそのままベッドの上だ。
「お嬢様失礼します」
フレイヤの部屋はオレたちが借りている部屋よりも一回り狭く、貴族家のお嬢様としては飾られている装飾品も少ない。装飾品の代わりに、壁には様々な武器が掛けられており、実にフレイヤらしい部屋だった。
「寝ていたところ来てもらって悪いな。あの冒険者たちの処遇が決定したと警備隊から連絡があったのでな」
「いえ、わざわざありがとうございます」
フレイヤも疲れているであろうに、その様子からはそのことが一切分からない。
ただ、部屋にあるベッドが少しだけ乱れているので、おそらくはフレイヤもオレたち同様、仮眠をとっていたに違いない。さすがにオレもルナリアやリーフィアとそれなりの期間暮らしてきたので、そのことを指摘したりはしない。そんな気持ちの悪いことをすれば、ナニがとは言わないが、壁に掛けられた武器でみじん切りにされてしまうかもしれない。
「アレン聞いているのか?」
――おっと、気をそらし過ぎたようだ。集中集中。
その後、フレイヤから聞いたところによると、どうやらアイツらは予想していた通り、全員犯罪奴隷となったらしい。そして、王国が携わっている鉱山に送られ、そこで働き続けながら一生を過ごすようだ。
「孤児院には私から少しばかりだが見舞金を送っておくので心配しなくても大丈夫だ」
孤児院はほとんど王国としては重要とは考えられていないので、支援も碌になされていなかったが、これで安心だ。
「君たちもここにいくらでも滞在してもらっても構わない。幸いにも屋敷の部屋は余っているからな」
こうして、オレたちはフォーキュリー家の居候になった。
害虫がゼロにならない……




