20: 捕縛
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必死に抵抗する相手を殺さずに捕らえるのは思ったよりも難しい。実力差がないと絶対に出来ない技だ。実力が拮抗している相手にはそんなことをしている余裕はないし、格上には例え殺しても良いと思って立ち向かったとしても、逆に殺されてしまう。
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オレが冬の空の下で泣き疲れ、ようやくまともに喋ることが出来るぐらいに立ち直った時には、オレたちの家は完全に焼け落ちてしまっており、黒く焦げた柱の残骸から白い煙が冬の乾燥した風に乗って天高くまで上っていた。
オレは手や顔など身体中に負った火傷をルナリアに治療してもらいながら、オレの横を見る。そこでは、ステラがリーフィアに抱かれながら、身体に異常がないかを診察されていた。
「良かったです。とりあえずは大丈夫そうですね」
毛布に包まれていたからか、ステラには深刻な外傷はなく、あったのは顔に小さな火傷だけだった。そのため、リーフィアによって『回復のポーション』で治療済みで、今はその火傷も綺麗さっぱり無くなっている。
未だの目を覚ましていないのが心配だが、念のために『回復のポーション』を飲ませたし、規則正しく呼吸をしているので直に目を覚まして、オレたちに再びその可愛らしい表情を見せてくれるだろう。
「……とりあえず生き残ることは出来たけど、家は無くなってしまったし、アイツらも逃してしまったな」
「それはそうだけど、今は無事だったことを祝いましょうよ」
「家はまた借りれば良いだけですし、冒険者たちの住処も特定しているのですよね? それなら、何とかなるんじゃないですか?」
「……それもそうだな」
二人の言っていることはよく分かる。分かるのだが、ただ、オレたちの家を完全に破壊したこと、そして何よりステラに酷い経験をさせたことに関して、強い怒りがオレの心の中で渦巻いていた。今までここまで強い感情を抱いたことは無い。ギルド職員時代でさえ、ここまでではなかった。出来ることならば今すぐにアイツらの下へと赴き、殴り飛ばしてやりたい。
ただ、ステラが未だに目を覚まさず、身を休める場所も失ってしまった今のオレには、それは出来ない。ステラをどこか安心できる場所に連れて行くのが先決だった。しかしながら、こんなもうすぐ朝日が昇ろうとしている時間帯にオレたちを受けてくれる宿は無いだろうし、周囲に頼ることの出来る存在にも心当たりがない。さすがにステラとステラを残して行くことは出来ない。
「――これは酷いな」
諦めかけていたオレの耳に聞いたことのある声が届いた。
オレがその声の方へと振り返ると、そこにはフレイヤが眉をひそめていた。
「どうしてここに?」
「家の者から君たちがピンチだと聞いたのでな、飛んで来た訳だが少し遅かったようだ」
フレイヤがオレの前に跪き、焼けてボロボロになった服に手をやる。彼女は唇を噛みながらとても悔しそうな表情をしていた。
「……例の冒険者たちにやられました。オレたちがこの目で見ました。アイツらがオレたちの家の前で笑っているのを」
「大丈夫だ、分かっている」
どこでその情報を手に入れたのだろうか。オレは少し疑問に思いながらも、オレたちのことを信じてくれたことに安堵する。
フレイヤはオレの服から手を離すと、そのままリーフィアの方へと視線を向ける。
「その子は大丈夫か?」
「ええ、何とか無事でした」
フレイヤの視線を遮るようにリーフィアがステラにボロボロの毛布を掛ける。この場でフレイヤにステラがハーフエルフであるという事をバレる訳にはいかない。平民よりも貴族の方が人族至上主義が強いとされているこのスレイブ王国で、フレイヤにバレてしまうことはあまりにもリスクがありすぎた。
「――お嬢様」
「何だ?」
いつものようにオレたちの意識の外からメイドが突然現れる。こんな時間にも関わらずその表情はいつもと同じで、疲れた様子がない。
オレたちが二人の会話をただ茫然と眺めていると、フレイヤがこちらに振り返った。
「例の冒険者のことで伝えたいことがある。君たちの家に火をかけた後、アイツらは住処には戻っていないらしい。どうやら、君たちに犯行を見られたので王都から脱出しようとしているようだ。今は家の者が気付かれないように尾行している」
「そうですか、ありがとうございます」
「それで、どうする? 私たちだけで片付けても良いが、それでは君たちの気が収まらないだろう。一緒に来るか?」
「はい、お願いします! と言いたいんですけど、少々問題がありまして」
オレはそう言ってリーフィアの方へと視線を向ける。フレイヤはオレの視線を辿り、オレの気が乗らない原因を察知した。
「ああ、あの子を気にしているのか。それもそうだな家が無くなったのだ。でも大丈夫だぞ。その子は私の屋敷で預かろう」
それは本当にありがたい申し出だ。ステラがハーフエルフではなかったならば。
オレたちはどう答えようか悩んでしまう。ハーフエルフであるという事を教えることは出来ない。ただ、ステラには安静に出来る安全な場所が必要だ。果たして、フレイヤの屋敷でお世話になった場合、そのことを気付かれずにいることが出来るだろうか? その確率は限りなくゼロに等しいだろう。
「安心してくれ。そんな顔をしなくても君たちの事情に深入りはしないし、その子に危害を加えは絶対にしない」
「……分かりました。よろしくお願いします」
オレは最終的にフレイヤの言葉を信じることにした。この人ならば大丈夫だろうと思う。それは今までフレイヤと接してきて分かった彼女の真っ直ぐな性格によるものが大きいだろう。
「リーフィア、ステラを頼む」
「分かりました。アレンさんたちも気を付けて」
リーフィアにはメイドさんが付き添ってくれるらしい。オレとルナリアはリーフィアに一時的に別れを告げて、フレイヤの方に視線を向ける。
「行くか!」
オレたちはフレイヤに先導されながら、日が差し始めた王都の通りを全速力で駆け始めた。
「それにしても不便になりますね。王都を離れるなんて」
「こんなに急に離れるなんて。馴染みの娼婦とようやく良い感じになっていたのに」
「そう言うな。女なんてどこにでもいるだろ。それに何年かすればまた戻ってこられる」
「それもそうですね。連中もどうせすぐに忘れちゃうでしょうから」
「どうせなら途中の村の女を美味しくいただいちゃいますか?」
「それも良いな」
「へへ、俺にも上玉を残しといてくださいよ」
「うるせーな、そんなの早い者勝ちだろ」
王都の正門へと続く通りに下卑た内容の会話が響く。そこまで大きな声で為された会話ではなかったが、通りには誰もいないので、その会話を鮮明に聞き取ることが出来た。
正門はまだ開く時間ではない。朝日が地平線の上に浮かんだ時、正門は出入りが可能になるため、もうすぐでアレンたちから逃れ、この王都を脱出することが出来る。
「オレたちの門出だ。まあ楽しもうや」
「「へい!!」」
「――そうはさせない! お前たちが行くのは王都の外じゃないからな!」
「誰だ!?」
三人の冒険者たちが足を止め、武器に手を添えながら振り向く。そこには冒険者たちがついさっき焼いた家の主人であるいけ好かない若者が二人と、決闘の際に乱入してきたAランク冒険者がいた。
「どうしてバレたんだ!」
「お前たちの行動は私の家の者が監視していたからな」
その言葉に冒険者たちは苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「一応言っておこうか。大人しく捕縛されろ」
「っは、そんな言葉に応じる馬鹿なんている訳ねえだろ」
「……そうか、残念だ」
フレイヤが武器を構える。それを見て、オレとルナリアも正面にソードを構えて冒険者たちを睨みつける。
冒険者たちも覚悟を決めたのかそれぞれ武器を抜いて、こちらに襲い掛かってきた。
「お前だけは殺してやるよ!」
三人は実力差がありすぎるフレイヤに挑んでも簡単に無力化されてしまうと考えたのか、狙いをオレに絞ってきた。まあ、女性を侍らせていたオレが気に食わないという思いが強そうではあったが。
「前のオレと思うなよ!」
フレイヤとの稽古のおかげで、三人の太刀筋が手に取るように分かる。三対一とはいえ、迫力においても、実力においても、到底フレイヤのそれとは比べ物にならない。
オレは余裕を持って三人の攻撃をかわしつつ、的確にソードを急所にならない部位に滑らせていく。
「――っく」
「オレはお前たちが憎いけど殺そうとは思っていない。ここで抵抗を止めるならこれ以上痛い目を見ないで済むぞ」
「うるせー! お前ごときが、お前ごときがオレを下に見るんじゃねえ!」
なおも諦めずにオレに向けて攻撃を加えてくる三人。
「私たちも忘れて貰っちゃ困るわね」
オレに気を取られていた三人の後ろから、ルナリアとフレイヤが二人の冒険者に攻撃する。突然のことに二人は避けることできずにその場にうずくまった。
「これでお前だけだな」
オレの前に立っているのはリーダーの男だけ。頬や腕にオレによる攻撃で薄っすらと血がにじみ出ている。
男の後ろにはフレイヤとルナリアが武器を構え、もうどうやっても逃げられないように男を囲んでいた。
「最後に聞きたいことがある。なぜ直接オレたちを狙わなかった?」
「……」
「なぜ孤児院やオレたちの家に危害を加えた?」
「……」
「答える気はないか」
オレは静かに武器を男の方へと向ける。
男の表情は俯いていて確認することは出来ないが、その腕には血管が浮かんでおり、力強く武器を握り締めている事が分かる。
「……そんなのな」
「ん?」
「そんなのお前自身を痛めつけるよりもお前に関わるものを傷つけた方が、お前が苦しむからに決まっているだろうが!」
男は突然顔を上げて、汚い笑みを浮かべながらオレの方へと攻撃を仕掛けてくる。
オレはその様子をどこか冷めた気持ちで見ていた。
「そうか……それが聞けて良かったよ」
オレの頭めがけて振り下ろされる刃を避けて、男の横に回る。
「――うがぁ」
男のうめき声が周囲に響き渡り、二つの腕が宙を舞う。男はその場に倒れ込み、地面に大量の鮮血を流す。
オレは目の前で泣き叫ぶ男を見下ろしつつ、両腕を切り落として血が滴るソードを払い、腰に納める。そして、オレは男の胸ぐらをつかんで仰向けに寝転ばせてその上に跨った。
オレは涙でグシャグシャになった男の顔を、まるでゴミを見るかのような目で見つめる。
「本当に良かったよ、お前が本当の下衆野郎で。これで心置きなくお前を殴ることが出来る」
オレは力強く握りしめた拳を振りかぶり、そのまま全力で男の顔に振り下ろす。
鈍い音が鳴る。
その音が聞こえなくなる前に再び同じ音が鳴る。
男の前歯が折れて地面に転がり、鼻は横に曲がってしまっていたけれどもオレはその手を止めない。
何度も何度も男の顔に拳を沈めていく。
手は血塗られ、オレが拳を振りかぶる度に周囲に血を広めていった。
「何でオレたちの前に現れたんだよ! 何ですぐに諦めないんだよ! 何で、何で……」
拳に痛みが走っているがそんなことは関係ない。そんなことよりも、オレは目の前の男がどうしようもなく憎かった。
「お前たちさえ、お前たちさえいなければ」
いったい何度殴ったのだろう。男の顔は腫れ上がり、口や鼻から血が止めどなく流れ続ける。男はもうすでに意識がなかった。それでもオレは止まらなかった、止められなかった。オレの心に渦巻いたドス黒い感情を発散させるために。
「――もうその辺にしておけ」
突然、オレの振り上げていた腕が止められた。
オレはゆっくりとオレの腕をつかむフレイヤの方を見る。
「それ以上すると本当に死んでしまうぞ」
「……」
「さあ、後は私たちに任せてくれ」
「……分かりました」
オレは腕の力を抜いて男から離れる。このまま殴り続けていたら、この男をこの世から消し去ることが出来ただろう。ただ、オレにはまだ人の命を奪うことに対する恐怖があった。
男を見る影もないくらい殴ることが出来るほど憎んでいるのに、その男を殺す覚悟はオレにはない。オレはそんな中途半端なオレ自身を自嘲することしかできなかった。
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