19: 燃え盛る炎
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火はオレたちが見出した最高の道具だ。火のおかげでオレたちは冬でも温かく暮らせるし、食事だってうまいものを食うことが出来る。
しかしながら、そんな最高は最悪にもなり得る。オレたちの大切なものを一瞬で奪ってしまうそんな悪魔に。
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灼熱の炎が周囲を強烈に照らし出す。辺りの温度は冬とは思えない程かなり高温になっていた。
建物に沿って炎が這いずるように伝っていき、家全体を真っ赤に覆っている。まだ建物自体は崩れていないようだったが、いつ崩れ落ちても不思議ではない状態だ。
そんな燃え盛る炎はオレたちの他に複数の人影を照らし出していた。
「――おい、帰ってきたぞ!」
「やべえ、早くずらかりましょう」
「へへ、オレたちに楯突くからこんなことになるんだよ」
今回は炎のおかげでその表情まではっきりと分かる。それらは例の冒険者たちで、オレたちが探していたアイツらだった。燃え盛る家の前に下卑た笑みを浮かべながら佇んでいた冒険者たちは、オレたちの存在に気付くと素早く踵を返してオレたちが来た方と逆側に向けて逃亡し始める。
オレはただ茫然と家を眺めていたが、アイツらの声で正気に戻り、急いでアイツらの後を追うために走り出そうとした。しかしながら、オレの肩に手が置かれてオレの行動を阻む。
「何するんだ! 早く、早くアイツらを追わないと!」
オレはオレの肩を凄い力でつかむルナリアに向けて乱暴に言い放つ。オレにはここでオレを止める理由が分からない。何がしたいんだ? こんなことをしている内にもアイツらの姿はどんどん遠くなっていく。
オレがルナリアの制止を振り払おうと身体を動かそうとした時、リーフィアの消え入るような震えた呟きがオレの耳に届いた。
「ス、ステラが、ステラがいません」
「――ッ!?」
「家の外には全く見当たりません。も、もしかしたら……」
「まだ中か!」
アイツらに対する強烈な怒りで完全に我を忘れてしまっていた。オレはリーフィアが言い終わる前に炎に包まれた家の周囲を確認する。が、オレの望む影はそこにはなく、ただ手入れされていない地面が映し出されるばかり。
――ヤバい! ヤバすぎる!
もし、もしまだステラが家の中にいるならば、早く助けに行かなければ取り返しのつかないことになる。家が崩れ落ちて下敷きになる前にどうにかして救出しなければ。
オレは家の中に入るために急いで玄関へと向かうが、オレの行く手を炎が阻む。この扉をどうにかして開けなければ。そうしなければステラが、ステラが。
「――リーフィア、『ウォーター』でこの炎を消してくれ!」
「分かりました!」
リーフィアが放った魔法が扉の炎を消す。しかしながら、数秒後にはすぐさま周囲から炎が伸びてくる。
「威力をかなり落とすことは出来るか?」
「はい、出来ますけど?」
「じゃあ、オレに向けて放ってくれ。オレが中に飛び込んでステラを救出してくる!」
「えっ!? でも――」
「早くしろ!」
「わ、分かりました!」
オレに向けられた『ウォーター』がオレの全身をずぶ濡れにする。
オレはリーフィアに再度扉に向けて『ウォーター』を放ってもらい、炎が小さくなった瞬間を見計らって扉を破り中に入る。
家の中は煙が立ち込み、視界は最悪だった。そして、火の手は内部まで届いており、ジリジリとオレの肌をあぶっていく。呼吸をする度にオレの身体の中に熱風が送り込まれ、内側からもオレを焼いていく。リーフィアの魔法のおかげで何とか立っていられるが、直ぐにもこの場から脱出しないと身体に深刻な影響を受けてしまうことがオレでもわかる。
「――居間にはいないか」
オレは燃え盛る居間を走り抜けてステラがいる部屋へと向かう。
「――ッく!」
オレがステラの部屋の前に辿り着いた時、突然天井の柱が崩れ落ちてきた。オレは間一髪で後ろに飛び退き、何とか下敷きになることを回避する。ただ、オレと部屋の間に大きな隔てりが出来てしまった。落ちてきた柱はパチパチという音を立てながら燃え、オレに絶望という言葉を与える。
「ステラ中にいるのか? いるなら頼むから返事してくれ」
オレの叫び声も虚しく、中から返事はない。それどころか、中からはステラの気配すら感じとることが出来なかった。
「オレが、オレがやるしかねえだろ!」
この場でステラを助けることが出来るのはオレしかいない。ならば、何があってもオレが助けて見せる。
オレは意を決して目前の柱に手をやり、何とか扉の前から移動させようと試みる。
「くそ!」
オレの手をジリジリと焦がしていく。オレの額から滴り落ちた水が柱の落ちた瞬間に蒸発し、小さな湯気を上げる。オレは歯を食いしばり、根性でどうにか手の火傷を耐えながら、やっとのことで人ひとり分入れるくらいのスペースを作り出すことが出来た。
「ステラ大丈夫か!」
オレは勢いよく部屋へと入り、そこにいるであろうステラを探す。しかしながら、ベッドの上にはステラはいなかった。
この部屋にもかなり煙が充満しており、部屋の壁には炎が燃え盛っていた。あと数分すれば部屋全体が炎の海に覆われてしまうだろう。
「どこだ! ステラ! ステラ!」
オレの言葉は宙を舞い霧散していく。家全体を包む炎の恐ろしく不気味な音だけがオレの耳を刺激する。
オレはベッドを飛び越え、死角になっていた奥の方を確認するもそこにもステラはいない。
一瞬、ステラが自発的に家の外に避難したのではという思いが脳裏をかすめたが、オレはすぐさまそれを振り払う。
家の周囲にはいなかったし、もし一人で外に出ていたとすれば、家の前にいたアイツらが放置するわけがないだろう。それこそ家から飛び出してきたのがハーフエルフだと知れば、アイツらの性格上ステラはタダでは済まない。
アイツらの様子からステラとは遭遇していなさそうだったので、確実にこの家のどこかにいるはずだ。もしかしたら他の部屋かもしれない。
そう思い、オレが他の部屋へと向かおうとした時、オレの耳に小さなうめき声が聞こえた。
「――ステラ?」
それはかなり小さく、今にも消えてしまいそうな声。
オレはその声がしたベッドへと再び視線を向ける。だが、当然のことながらそこにはステラはいない。
「まさか、ベッドの下か?」
オレはしゃがみ込み、ベッドの下を覗き込む。
「ステラ!」
そこには毛布にくるまった小さな物体があった。こちらからではステラの顔を確認することは出来ない。しかしながら、オレにはそれがステラであるという確信があった。
オレは急いでその膨らんだ毛布をベッドの外へと手繰り寄せる。
「おい! ステラ! 大丈夫か?」
オレは覆われた毛布をめくり、中を確認する。するとそこには身体を丸めたステラがいた。
ただ、オレがいくら呼んでもステラは応えずに目を閉じたまま。呼吸はしているようなので確かに生きているようだ。そのことを確認することが出来てひとまず安心したが、直ぐにステラを抱えて立ち上がり、今来た道を戻る。
火の粉が吹き荒れる中、極力ステラに降りかからないように庇いながら、ルナリアとリーフィアの待つ外へと急ぐ。
家に入った時にはずぶ濡れだったオレの身体は、もうすでに全ての水が蒸発し、髪や服の所々から焦げ臭いにおいを発している。
全身が熱い。そして煙を吸い込み過ぎたのか視界もぼやけてきた。
出口まではあと数メートル。居間は完全に火の手が回り、目を開けている事すらままならない。
「――クソ! こんな時に」
居間を通り抜けて出口まで何とか辿り着いたオレの前には、崩れ落ちた瓦礫が積み重なっており、完全に出口をふさいでいた。
万事休す。今の状態でオレにこの状況をどうにかすることは出来ない。このままでは確実にオレとステラはここで業火に焼かれてしまうだろう。
火の粉がオレやステラを包んだ毛布へと降りかかり、オレたちの命を着実に削っていく。
――もうダメなのか? オレたちはここで終わりなのか?
「ごめんなステラ、本当にごめんな、こんなに頼りない主人で」
オレは絶望を前にして跪いてしまい、腕の中のステラを強く抱きしめる。
こんなダメな主人に買われてさえいなければ、もしかしたらもっと長く生きていることが出来たかもしれない。あの時オレが買わなければ、もっと良い未来が待っていたかもしれない
――本当にごめんな、こんな結末になるなんて。
オレは幾度となく心の中で懺悔する。腕の中にある命を無駄にしてしまった極悪人のオレの思いなんて、何の意味もないのかもしれないが。
「……ん」
毛布の中で一瞬ステラが動いた気がした。オレは毛布の合間からその顔を覗き見る。すると、先ほどまで固く閉じられていた目が微かに開いた。
果たして、その目にオレは映っていたのだろうか。微かに開いた眼はすぐに閉じられてしまった。
「ダメだ! オレがここで諦めちゃ! 絶対に生きて帰るんだ!」
ステラの目を見たオレは自分を奮い立たせ、死を受け入れようとしていた自分に活を入れる。こんな熱い所ではなくて、もっと穏やかな日常の中でこの目を再び見るために。
オレは立ち上がり、どうにか脱出することが出来ないか模索し始める。玄関は無理。ならば他に脱出することが出来るような穴が開いている場所を探すしかない。
そう思い、オレがステラを抱いて玄関の前から数歩移動した次の瞬間、玄関に強い衝撃が走り、瓦礫が勢いよくどけられた。
「アレンさん、今です!」
オレはその頼りになる声に心の底から感謝しつつも、ステラを落とさないように強く抱きしめ、勢いよく開いた玄関を飛び出して転がりながら外に出る。
『ウォーター』
地面に転がり込んでいるオレの全身が一気に水で覆われて冷たくなる。おかげで、燃えていた髪も服も消化することができ、熱せられて限界を迎えていたオレの身体も多少ではあるが生命力を取り戻していた。
オレの腕の中のステラを包む毛布も鎮火しており、これでもうステラを襲うものは無くなった。
オレは無事にステラを救えたことに対する安堵から、腕の中のステラを力強く抱きしめながら泣きじゃくり、その場に身をかがめる。
――ステラを助けることが出来た。オレの大切なものを。
絶対にこの大切は奪わせない。例え誰であったとしても、どんなにそれが困難なことであろうとも、この腕の中にいる大切だけは絶対に。
オレの涙が黒く汚れたステラの頬へと流れ落ちる。
背後では火の手が完全に回った家が、炎を真っ暗な空にまで立ち上らせていた。
そして、凄い音を立てながら次々に崩壊していく。
オレはそんな家の前で何時間もただ泣き続けることしかできなかった。
腕に抱いたステラの小さな命を感じながら。
投稿が遅れてしまい申し訳ないです。
害虫駆除に手間取って……




