18: 予期せぬ事態
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今、オレを取り巻く状況は現実なのだろうか? もしかしたら本物のオレはまだベッドの中でゆっくりと寝ている最中なのかもしれない。
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オレとルナリアが家の近くで不穏な人影を見てから数日。あれからというもの、オレたちは常に警戒していたが、もう一度つけられるということは無く、ただ平穏な日々が流れていった。しかしながら、その平穏がオレにとってはとても不気味であり、今後何か嫌なことが起きるのではないかと不安にさせる。
あの日のことはリーフィアとレイチアやターナ達にも報告済みだ。王都内で聞き込みに当たっていたリーフィアの方は、そのような人影につけられたというようなことは無かったみたいで、未だ有益な情報も得ることが出来ていない。
因みにだが、ここ数日の間は聞き取り調査をリーフィアが行ってくれている。当初はルナリアとリーフィアの二人で交互にやるはずであったが、ルナリアはオレと一緒にフレイヤに稽古をつけてもらっているため、時間を割くことが出来ないからだ。
話を戻すが、今後はオレたちがつけられたという事もあり、聞き込み調査を細心の注意を払いながら行ってもらうようにする。オレとしては危険なので辞めた方が良いのではと提案してみたが、ルナリアとリーフィアに反対されてしまった。二人が言うには、アイツらへのやっとの糸口が無くなってしまった現在、少しでもアイツらの目に留まるような行動をし続け、おびき寄せる方が良いだろうとのことだ。
リーフィアをおとりにしてしまい申し訳ないが、当の本人がやる気なので止めることもできず、お願いする形となった。
レイチアとターナには冒険者ギルドで出会った際にオレの方から伝えてある。孤児院が襲撃されてからというもの、二人は頻繁に孤児院に立ち入っているみたいだが、何の問題も起きていないらしく、怪しい人影も見ていないらしい。二人にはこのまま警戒を続けてもらうことになっていて、万が一何かあったらオレたちにすぐに報告してもらうようになっている。子供たちもマザーのおかげで特に異常はないらしく、元気に遊びまわっているようだ。
「――ふむ、今日も特に情報は得られなかったか」
そんなこんなで、オレとルナリアはこの件において最も頼りになるであろう人物――フレイヤの下を訪れていた。
フレイヤにもオレたちがつけられた件については報告済みだ。オレたちの話を聞き、すぐに調査するように手配してくれたらしいが吉報はまだない。
ここ数日間、オレたちは稽古前にお互いの手に入れた情報を報告する時間を設けている。まあ、オレたちのような少人数の冒険者風情とは違い、フレイヤの方は貴族であるため、その情報収集能力に雲泥の差があり、オレたちが知りえない情報を聞かせてもらっているだけなのだが。
「引き続きこの件については調査するとして……さあ、今日も始めようか!」
真剣な面持ちだったフレイヤが一変、白い歯をギラリと見せて笑いながらオレたちの方へと視線を送る。ここ数日間に何度も向けられているはずの表情ではあるが、オレはその笑顔に隠された野獣的な性質に怯えている。
いや、確かに、オレの方からフレイヤに頼んだことだけど、それにしてもここまで現実逃避したくなる程だとは思ってもいなかったのだ。日に日に増えていく痣の数だけ強くなっているのだろうが、早く成長しなければこのままではオレの身体が痣で覆われてしまう。
一緒に稽古をつけてもらっているルナリアも同様に何度も地面に沈められているが、フレイヤが配慮しているのかオレほど痣はできていない。まあ、それでも服の下には多数の痣ができているらしいが、さすがに確認はしていない。
「……お、お願いします」
オレは引きつった笑みを浮かべながら、今日も地獄のような稽古のために、手入れされた庭へと足を進めた。
……はあーあ、今日も空がきれいだな。せめて打ち合いが始めるまではこの現実から目を背けさせてくれないだろうか。
「――行くぞ!」
……今日もフレイヤさん家の芝生は冷たかった。
「いてて、今日もかなりやられてしまったわね。初日よりかはかなりフレイヤさんの剣筋を見ることが出来るようになったけど、まだまだ足元にも及ばないは」
「……そうだな」
「アレンも今日はかなり善戦していたんじゃない? 結構長い時間打ち合っていたわよ」
「……ああ」
「もう、いつまでも地面に寝転んでないでシャキッとしなさいよ!」
そんなこと言ってもなあ。今のオレは文字通り精魂尽き果ててしまった状態の為、起き上がることもままならない。ルナリアの言う通り、今日は昨日よりも長時間フレイヤの猛攻を受けていたので仕方がないだろう。それに、火照った身体には地面が気持ちよく感じられる。
「――お嬢様」
「本当か?」
オレたちが戯れている横では、例のメイドさんがフレイヤに何かしら報告していた。ただ、フレイヤにとって何か予期せぬ事態が起きたのだろう、フレイヤの表情は引き締められ真剣な眼差しで耳を傾けている。
オレはそのただならぬ様子に起き上がり、ルナリアも先ほどまでのように軽口をたたくのを止めて、フレイヤの方を見つめている。
「……そうか分かった」
フレイヤは大きく一息吐きながら、オレたちの方へと歩み寄る。
「二人とも朗報だ。例の冒険者たちの住処が分かったらしい」
「「――っ!? 本当ですか!」」
「ああ、それでどうする? これから行ってみるか?」
オレたちはフレイヤのその言葉にすぐさま頷くと、身なりを正して準備を始める。
「何があるか分からないからな、私も同行しよう」
それはありがたい提案だ。まだ詳細な場所を聞いていないが、人目も気にせずあのような決闘騒ぎを起こした奴らだ。また戦闘になったとしても不思議ではないだろう。そうなってしまった時、オレたちだけでは上手く対処することが出来ないかもしれないが、フレイヤがいればその心配もなくなる。
オレたちはフレイヤに感謝を述べつつ、足早に屋敷の門をくぐり外に出た。
フレイヤの屋敷を後にしたオレは、冒険者たちの住処へ向けて緊張した面持ちで歩き出す。やはり、オレも冒険者になってある程度経過したが、これから戦闘を、しかも人間相手だと考えるとどうしても足が竦んでしまう。
そんな重く固まってしまっている脚を鼓舞して無理やり動かし、前を行くフレイヤに遅れないようにする。
目的地が近づくにつれ鼓動は速くなり、オレの額には汗が浮かんでくる。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか」
「そうか、無理そうならばすぐに言うように。その時は私だけで行くから」
それは魅力的な提案だったが、そこまでしてもらう訳にはいかない。元はと言えばこれはオレたちの問題であって、フレイヤは善意から協力を申し出てくれただけだ。これ以上フレイヤに甘えてしまっては、オレは申し訳なさで潰れてしまいそうだ。
それに、オレの手でアイツらに一矢報いたいという思いも多分にあった。オレの後輩であるターナとレイチアや孤児院のマザーや子供たちという、オレが好意的な感情を抱いている人たちに危害を加えられたのだ。それを他人任せのままで済ませられるほど、オレは冷めてはいない。
いや、任せるのが大人という意見もあるかもしれないが、そんなことならば大人に何てならなくても良い。聞き分けのない子供と言われても良いので、オレはこの手で必ずや鉄槌を下す。
「……いえ、行きましょう!」
オレは大きく深呼吸をして早まる思いをどうにか落ち着かせる。
フレイヤが立ち止まる。彼女の前には一軒の大きな宿屋があった。
「どうやらここに宿を取っているらしい」
オレたちは宿の中へと足を踏み入れる。中は如何にもその日暮らしの者が寝るだけの場所を求めて来るような簡素な造りをしており、掃除が行き届いていないのだろう、オレたちが入ってきたことにより埃が立ち上っていた。
「すまない、少々聞きたいことがあるのだが」
フレイヤが番頭と思われる男に冒険者たちの有無を尋ねる。オレたちは後ろの方で大人しくしていたが、どうやらアイツらはまだ帰って来ていないらしい。ただ、ここに確実にアイツらが住んでいるという事が分かったのは大きい。
「仕方がない、今日の所は戻るか」
オレたちは溜息をつきながら宿屋を後にする。
まあ、これも仕方のない結果だろう。それに、アイツらがやったという確実な証拠がない現状において、アイツらを捕縛したとしてもその後は悔しいがどうすることもできない。
今はアイツらの住処を特定することが出来たという事に満足しておこう。
「念のため家の者を見張りにおいておくので安心してくれ」
「何から何までありがとうございます」
オレとルナリアは宿の前でフレイヤと別れて帰路に就く。
「あっ! ルナリア、アレンさん」
オレとルナリアが歩いていると背後から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。オレたちが振り返ると、そこにはリーフィアがこちらに向けて手を振りながら走って来ていた。
「奇遇だな。今から帰りか?」
「はい、アレンさんたちも?」
「ああ、そうだよ」
「そんなことよりもリーフィア、朗報よ! アイツらの住処が分かったのよ」
「ええっ!? 本当?」
ルナリアがリーフィアに今日得た情報を話すのを聞きながら、オレたちは暗くなり始めた通りを歩き続ける。このまま行けば、あと数分すれば自宅に辿り着くことが出来るだろう。
「――ん? あれは何だ?」
オレたちの家が建っている辺りは人通りや建物が少ない為、日頃であればこの時間にはもうすでに暗く、明かりも数える程しかない。
しかしながら、今日は違った。オレたちの家がある場所付近にとても強い光源があるみたいで、普段では考えられないほど周囲を照らし出している。加えて、その光はユラユラと風に吹かれて揺らめいているように見える。
この時、オレは急激な悪寒に襲われた――嫌な予感がする、それもこれまでで最悪な予感。
オレはその光の方へと無我夢中で走り出す。ルナリアとリーフィアもオレのあまりにも急変した様子に驚きつつも、オレの視線のあるものを見て何かを察知したのか、遅れずに走り出した。
――た、頼む。オレの予想は外れていてくれ。オレに出来ることならば何でもする。名誉や金なんかも要らない。だから、だからそれだけは止めてくれ。
オレの思いとは裏腹に、家に近づくにつれて一体何が起きているのかが次第に確認できるようになってきて、オレに最悪の現実を突きつける。
「――い、家が!」
オレたちの家からは灼熱の炎が立ち上っていた。
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