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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第四章 社畜、家を借りる
77/183

17: 不穏な影

///

 絶好の機会をものにできる者が大成するのだろう。日頃どんなにダメでも、ここぞという時に完璧に決める。そんな者ならば周りもさほど文句は言わないだろう。

 まあ、オレとしては常日頃からコツコツ頑張っている者を応援したくなるのだが、そんなオレは小者だという事だろうか?

///




「――よし、この辺で今日は終わろうか」


 澄み渡った真っ青な空に白い雲が悠然と漂い流れる。冬という事もあり、晴れているとはいえ陽射しがさほど強くない。


 そんな中、オレは芝生の上に大の字になって空を見上げていた。別に空を見上げていたくてそうしていた訳ではない。事実、空を見上げるオレの顔色は空と同じように真っ青で、いかにも気分が悪そうな様子であり、自己申告で申し訳ないがもうちょっとで吐きそうだ。


「アレン、大丈夫? 水でも飲む?」


 ルナリアがオレの顔を心配そうな面持ちで覗き込む。


「ああ、何とか大丈夫だよ」


 そう言いながらも、オレの身体は地面から離れることなく、まるで鎖で地面に固定されているようだった。


 フレイヤとの訓練で出来た無数の痣が熱を持ち、ジクジクとオレの身体を刺激する。訓練の為、普段使っているソードではなく木製の剣を用いてはいるものの、痛いものは痛い。何度もその痛みで身体が硬直し、フレイヤに対する恐怖心が増していった。まあ、本物であったならば今ここにオレは生きて寝転がっていないので、そういう意味では良かったのかもしれない。強烈な痛みと引き換えにフレイヤに稽古をつけてもらえるなら安いものだ。冒険者として多くの者に羨望の眼差しで見られるフレイヤなら、いくら出してもその稽古を受けてみたいという者もいるだろう。


「――休んでいるところ申し訳ないが、そろそろ父上に挨拶に行こうか」


 フレイヤの言葉によって、オレはますますこの場から動くことが出来なくなってしまった。だって、現当主であるフレイヤの父親に今から挨拶に行かなければならないなんて、考えただけでも緊張してしまい委縮してしまう。出来ることならば、このままずっとこの芝生の上に寝転がっていたいぐらいだ。


「そんな顔してないで早く起きなさいよ」


 おっと、オレの気持ちが顔に出てしまっていたようだ。ルナリアにそのことを指摘され、慌てて元の表情へと戻す。


「――お嬢様、お伝えしたいことが」


「何だ?」


「実は……」


 どこからか登場したこの家のメイドがフレイヤの下へと歩み寄り、オレたちに聞こえないぐらいの声量でフレイヤに何かを伝えている。


 このメイドさん、オレたちが打ち合っている時から傍に控えていたらしいが、全くその気配に気づくことが出来なかった。そして、オレたちの傍に寄って来るときにはその足音すら聞くことが出来ず、本当に「いつの間にかそこにいた」っという状況だ。本当に職業がメイドなのかと疑いたくなる気持ちも分かってもらえるだろう。


 その容姿は貴族家に仕える者らしく綺麗ではあるが、表情は無表情で何を考えているのか分からず、そのことが身のこなしと合わさって不気味な怖さを感じさせる。


 普段はメイドとして仕えてはいるが、その戦闘力も相当なものだろうということが容易に予想することが出来る。もしかしたら、そういう仕事にも関わっているのかもしれないが怖いので聞くことが出来ない。貴族家の暗部になんて興味本位で首を突っ込んでも良いことは絶対にないだろう。明日の朝に、オレの身体から頭部が離れてしまっている可能性もある。


 外側が綺麗な人ほどその内側は……なんてことは良くある話だ。


「……なので申し訳ないのですが」


「そうか、分かった」


 オレがメイドさんのことについて色々と失礼なことを考えていると、フレイヤへの報告が終わったのか、一礼をしてメイドさんがフレイヤから離れていく。


 フレイヤはオレたちの方へと申し訳なさそうな表情をしながら歩み寄ってくる。


「すまないが少し良いか?」


「はい、何かありましたか?」


「ああ、本当であればこの後に父上に挨拶をと考えていたのだが、少々事情が変わってな。父上が職務で今日は帰りが遅くなってしまうらしく、今日の顔見せは無理になってしまった」


「あ、マジっすか!」


「ああ、こちらから予定していたのに本当に申し訳ないのだが」


「いやー、職務なら仕方ないですよ。本当はぜひご挨拶したかったんですけどね」


 ――イヤッホー! まさか、オレの心を一番刺激していた鬱案件が中止になるなんて、願ったり叶ったりだぜ。


「ん? どうかしたか?」


「い、いえ、何でもないです」


 危ない危ない。思わず心の声が表情に出てしまっていたらしい。オレは緩む口元をどうにか引き締めて、フレイヤに怪しまれないようにいかにも残念そうな表情を作る。


 そんなオレの様子にフレイヤは騙されてくれたようだ。ただ、オレの隣にいるルナリアはオレの方を呆れた様子で見つめている。付き合いが長い分、オレの考えていたことが分かってしまったのだろう。ただ、ここで重要なことはフレイヤにはバレていないということだ。ルナリアもオレの方へと視線は向けているが、オレの本心をフレイヤに暴露しようとはしていない。


オレはルナリアの冷ややかな視線を流しつつ、オレたちの前で未だに申し訳なさそうな顔をしたまま佇むフレイヤの気を晴らすことを心掛ける。


「確か、フォーキュリー家って騎士爵家でしたよね?」


「ああ、そうだ」


 このスレイブ王国において騎士爵家は、貴族階級においては最も低い階級。一昔前には戦争で活躍した平民がその功績を評価されて騎士爵を叙爵されていたこともあったようだ。そのため、騎士爵の貴族家は武に優れている家が多いらしい。どこの国も上の地位の者よりも下の者の方が実際に使えるという事だ。


 フォーキュリー家も数代前の当主が戦争で活躍したため叙爵されたようで、フレイヤの強さから分かる様に、代々武に秀でているらしい。


 そんな武に秀でた者を多く輩出している騎士爵だが、その地位の低さと平民でもなれる生粋の貴族ではないという理由から、騎士爵より上の爵位を持つ貴族たちからは侮蔑されているらしい。さすがに露骨な嫌がらせはほとんどないみたいだが、遠回しに皮肉を言ったり、裏で陰口を言ったりなど陰湿な攻撃を受けることが多いとのこと。


 もしかしたら戦争時に自分たちを守ってくれるかもしれないのに、よくそんなことが出来るなと呆れてしまうが、それも貴族の性なので騎士爵家の人々は半ばあきらめている。


 どうやら、今日フレイヤの父親であるフォーキュリー家当主が職務で帰宅が遅れるのも、他の貴族の失敗の尻拭いをさせられているらしく、よくあることらしい。貴族家に生まれても大変なんだなと感じた。


「まあ、挨拶何てまた何時での出来ますよね。しばらくはこちらに伺うことになるので」


「それもそうだな。明日も今日と同じ時間で良いか?」


「はい、大丈夫です」


 フレイヤはルナリアへと視線を向ける。


「明日は君も来るのか? もし良ければアレンと一緒に稽古をつけても良いが」


「本当ですか!?」


「ああ、アレンも一人でやるよりかは二人の方が気合も入るだろう」


「じゃあ、お願いします!」


 自分も参加できるとは思っていなかったのだろう、ルナリアはその場で飛び跳ねて喜んでいた。あの件で苦やしい思いをしたのはオレだけではなくルナリアも一緒だ。不甲斐ないばかりに可愛い後輩を悲しませてしまった責任を感じているのだろう。


「二人のことは家の者に伝えておくので、心配せずに入ってきてくれ」


 いや、そんな気兼ねなく貴族の屋敷に足を踏み入れても良いのだろうか? まあ、屋敷の主人のお嬢様であるフレイヤがこう言っているので良いのだろうが、それでも気後れしてしまうことは間違いない。


 そう思いながらも、オレたちはフレイヤに見送られながら屋敷の門を通り抜け、足早にオレたちが慣れ親しんだ方へと向けて歩き続けた。


 辺りは薄暗く、もうすぐ完全に日が沈んでしまい暗闇に包まれてしまう頃合い。家ではステラと一人で王都内の聞き込み調査に向かっていたリーフィアがお腹を空かして待っている時間だろう。かくいうオレたちもかなり空腹なので早く帰宅して晩御飯を食べたい。


 そんなこともあり、オレたちは華やかな貴族街からどちらかと言えば寂れて静かなオレたちの家がある区画へとすぐに戻ってくることが出来た。


「――ねえ、アレン気付いてる?」


「何が?」


「私たち誰かにつけられてない?」


 正直全く気付かなかった。言い訳させてもらえば、オレはフレイヤとの稽古でかなり消耗していたので注意力が散漫になっていたのだ。情状酌量の余地はあると思うのだがどうだろうか。


 オレは不自然にならないように立ち止まり、少し身体を横に向けながら横目で後ろを確認する。そうすると、オレたちからかなり離れた所で人影のようなものが物陰へと動くのを確認することが出来た。


「ルナリアに言われるまで気付かなかったよ。確かに、誰かにつけられているみたいだな」


「どうする? こっちから追いかけてみる?」


「どうだろうな? ここからかなり遠いからすぐに逃げられてしまうと思うぞ。それに辺りも暗いしな。この距離だとオレの『ライト』でも照らせなさそうだし。かなり近づかないと誰かなんて特定できないだろ?」


「そうだけど。このタイミング的に絶対にアイツらだと思うのだけど」


 ルナリアの予想にオレも完全に同意だ。王都のまだまだ低ランクの冒険者であるオレたちを好き好んでつけてくる奴なんてまずいないだろうし、オレたちにはつけられるようなことをした覚えはあの件しか心当たりがない。


 もしかしたら、ルナリアの美貌に惹かれた男たちかもしれないが、今までそういう連中は尾行などせずにすぐにルナリアに話しかけてきていたので、経験則から言えば今回は当てはまらないだろう。


 そうなれば、自ずとオレたちをつけている連中が誰なのか絞られてくる。


 オレたちがなかなかアイツらの情報を得ることが出来ずに、どうして良いか考えあぐねていた頃に現れたアイツらへの糸筋。どうにかしてこの機会を活かしたい。ただ、今からアイツらを追ったとしてもどうすることもできないだろう。


「このまま気付いてないふりをしよう。それで曲がり角で待伏せしよう」


「そうね、それが最善かしら」


 オレたちは前を向いてゆっくりと歩き出す。そうすると、数秒遅れて、オレたちの後ろの影もゆっくりとオレたちと同じ速さで動き出した。オレたちが少し歩く速さを上げればその影も速くなり、オレたちが立ち止まれば、素早く物陰に隠れこちらの様子を窺っている。


 そんな時間が数分流れた頃、オレたちは適当な曲がり角を見つけてその角を曲がり、それぞれ武器に手をかけた状態で人影が角を曲がってオレたちの前に現れるのを待った。


 ……


 しかしながら、いくら待てどオレたちの前に人影が現れることなく、静かに時間だけが流れていく。


「……気付かれたかな」


「……そうみたいね」


 しばらく待ってもオレたちの望んだ未来は訪れなかった。どうやら、オレたちが気付いたことがバレてしまい、警戒してつけてくるのを止めてしまったみたいだ。


 オレたちは曲がり角から元の道へと戻り人影があった方へと目を凝らすが、そこにはもう人影はなかった。冷たい風がオレたちの体温を奪っていく。


「……また振り出しか」


 どうやら、オレたちは絶好の機会を逃してしまったらしい。こうなってしまったら、アイツらも警戒してしまい、もうこのようなことはしてこないだろう。そう考えれば、今回アイツらの尻尾を捕まえることが出来なかったことは大きい。


 オレたちはすっかり暗くなってしまった通りを、溜息を吐きながら振り返らずに歩き始めた。


読んでいただき、ありがとうございました。

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