12: 狙われた孤児院
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予想は予想に過ぎず、将来必ずそうなるという確証はどこにもない。ただ、経験を積めば積むほど、その予想から大きく逸れるということは少なくなり、ある程度未来を見ることが出来るようになる。それが年の功と言われるものだ。
しかしながら、どんなに経験を積んでいようとも、予想だにしなかった出来事というのは必ず起こる。異常者が相手だとなおさらだ。
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決闘騒動の後数日間、特に何も変わったことも起こらずに普通の日々が流れていった。オレたちとレイチアたちはそれぞれ別々に依頼をこなし、会うのはギルド内だけ。二人の様子はもうすでに元の状態に戻っており、元気に依頼に精を出している。数日前の出来事何て忘れてしまったかのようだった。そんな切り替えの早さも、二人に冒険者としての才能がある証拠なのかもしれない。
嫌なことは早く忘れるのに限る。いつまでも心に残しておくと、たとえそれがとても小さな残滓だったとしても、それが次第に健全な部分に侵食してしまい、最終的に心全体を腐食させてしまいかねない。そうなる前に自分の意識の外へと切り離してあげるべきだ。そうすることによって無駄なストレスを抱え込まずに済むし、病むのを防ぐことが出来るだろう。
一つ気に掛かっている事とすれば、あの冒険者たちから報復を受けるかもしれないという事だ。あの手の輩は人前で恥をかくことに異様に反応する。人前で土下座することもできるオレからすれば「何でそこまで?」と思ってしまうが、そういう奇妙な生き物だと割り切って接するしかない。
とにかく、奴らは恥をかかせたオレたちに報復しようと考えているだろう。厳密に言えば、恥をかかせたのはオレたちではなくフレイヤなのだが。まあ、奴らがAランク冒険者のフレイヤに報復を試みるとは考え難い。そんなことをすれば確実にフレイヤに返り討ちにされて牢獄行きになる。いくら奴らが馬鹿だとしてもそんなことぐらいは想像することが出来ると思う。
そんなリスクに満ちたフレイヤよりも、報復することが出来る確率が高いオレたちを狙うだろう。
そう思い、この数日間は王都の中でも気を抜かず、常に周囲を警戒しながら行動していた。ただ、そんなオレの心配は杞憂だったらしく、あの出来事以来奴らを見ることもなく、平和に過ごすことが出来ている。それはレイチアやターナも同様のようだ。何かあればすぐにオレたちに報告するようにと伝えていたが、今のところそんな報告もない。
「――アレンさんには孤児院に来て欲しいっす!」
そんなオレとリーフィアは依頼を終えてルナリアとステラの待つ家へと帰ろうとしていた時、偶然同じタイミングで依頼を終えてギルドに報告に戻ってきたレイチアとターナに出くわし、二人に孤児院に誘われていた。
「マザーにこの前のことを話したら、謝罪とお礼がしたいというものですから。もちろんアレンさんがお嫌でしたら大丈夫ですけど、どうしますか?
子供たちも冒険者のアレンさんたちに会いたいと期待しているんですよ。冒険者はあの子たちの憧れなので」
決闘騒動の日、リーフィアはあの場にいなかったが、何が起こったかはすでに報告済みなので、オレたちの話題について来られずに取り残されるという事はない。報告した時は「アレンさんはトラブルに愛されていますね」と苦笑していたが、オレはリーフィアの言うようにトラブルの神に愛されているのだろうか。できれば、そんな傍迷惑な求愛は遠慮したいのだが。
「オレとしてはまだ時間もあるし大丈夫だぞ」
実際のところ、オレは二人を助けることが出来たとは言えないので、オレに対する謝罪やお礼も必要ないと思うのだが、あの律儀なマザーのことだから気にしているのかもしれない。そんな気持ちをオレの一度の訪問で少しでも払拭することが出来るのならば安いことだ。
「私も何も問題ないですよ。それに子供たちにも会いたいですし」
リーフィアはステラを可愛がっていることから分かるように子供好きだ。純真無垢な子供の姿に癒されるらしい。その気持ちはオレにも痛いほど分かる。社会で生活していく上で徐々に薄汚れてしまった大人とは違い、真っ白なままの子供たち。そんな子供たちと接するだけで、オレたちの中の真っ黒な部分が漂白され、まるで子供の時に戻ったような気持ちにさせてくれる。
「じゃあ決まりっすね! 依頼完了の報告をしてくるので、ちょっと待っていて欲しいっす」
「ああ、そんなに慌てなくても良いから……」
嬉しそうに受付へと向かうターナとレイチアの後ろ姿に苦笑する。
「アレンさんも子供たちと接する機会を増やした方が良いですよ。そうした方が早くステラとも仲良くなれると思うので」
「それは分かってはいるけどな……あそこまで明確に拒否されていると悪いことをしているんじゃないかって気後れするんだよ」
「その気持ちは分かりますけど、何時までもそうは言っていられないですよ? ステラの方から近づいてくることはないので、アレンさんが一歩踏み込んであげないと。ステラの主人は私やルナリアじゃなくて、アレンさんなんですから」
「……善処するよ」
いかにも日和見主義的な言葉でどうにかこの場を逃れつつ、オレたちは二人が報告を終えて戻ってくるまでの間、他愛もない話をして時間を潰していた。
「お待たせしたっす」
報告を終えた二人がすぐに戻ってきたので孤児院へと向かう。
「それで、二人はどうなんだ? ルナリアからの稽古は役に立っているか?」
「はい、ルナリアさんのおかげで自分たちに足りないことが明確になりましたから、今はそれを補うために頑張っています」
「ルナリアさんに一太刀入れるのもそう遠くはないかもしれないっすよ!」
「はは、それは良いことを聞いたよ」
どうやら、二人は着実に成長しているらしい。オレと出会ったときはビッグトードに手も足も出なかったのに頼もしいことだ。うかうかしていると、オレもすぐに追い抜かされてしまうかもしれないな。
そんなことを考えつつ、皆で近況を話しているとすぐに孤児院へと到着した。
今日も前と同じように子供たちの熱烈な出迎えがあると思っていたが、今日はどうやら様子が違う。前みたいに子供たちの元気な声は聞こえず静まり返っている。建物の外で遊んでいる子供たちもいない。
最も違う点と言えば、正面に構えられている門が無残にも取り外され、その役割をはたしていないという事だろう。元々、孤児院は古くお世辞にも綺麗な状態ではなかったものの、ここまで酷くはなかった。それに門が取り付けられていた壁をよく観察してみると、自然と摂れてしまったのではなく、人為的に破壊されたことが窺える。
「――ッ! マザー! マザーはいるっすか? いたら返事して欲しいっす」
明らかな異常事態にオレたちは建物の中へと急ぐ。速まる鼓動、焦る気持ち。もし何者かに襲われていたのなら、何ら戦闘力も持たないマザーや子供たちでは抵抗することもできずに蹂躙されてしまうだろう。
建物の中に入っても周囲は静かなまま、子供たちの声は聞こえずにオレたちの粗い呼吸音だけが響き渡る。そんな不気味な空間をどうにか払拭しようとマザーたちを探す。
孤児院の中を見渡すと、所々に傷や壊れてしまっている割れ物があり、その傍らには大きな石がいくつも転がっていた。おそらくは外から投げ込まれたのだろう。
そんな悲惨な状況がオレたちの焦りを増幅させる。もしかしたら、子供たちやマザーはもうすでに……
「……お姉ちゃんの声だよ」
「……出てはダメ!」
「……絶対お姉ちゃんの声だったもん!」
最悪な結末がオレの頭を一瞬よぎった時、奥の方から子供とマザーの声が微かに聞こえてきた。オレたちはその声が聞こえなくなる前にその声が聞こえた奥の部屋へと向かう。
「マザー、マザーは無事ですか? 私です、レイチアです!」
最も奥の一番頑丈そうな扉が備え付けられた部屋を何度も叩く。皆の無事を確認するために。
数秒の間、その部屋の中からは何の返答もなかったが、少しずつ扉が開かれる。
「――ね、お姉ちゃんたちだったでしょ!」
扉が半分ほど開かれたとき、中から明るい声と共に一人の女の子が飛び出してきた。
「姉ちゃんたちだ!」
「おかえり!」
その子に続き、続々と部屋から出てくる子供たち。
――良かった。どうやら子供たちには被害はないようだ。
オレたちが安堵していると、最後にマザーが部屋から姿を現した。その顔には恐怖と安堵の気持ちが浮かんでいる。
「レイチアとターナ、それにアレンさんたちもありがとう。皆が来てくれて助かりました」
オレたちの顔を見て安心して腰が抜けてしまったのか、マザーがその場に崩れ落ち始める。オレはそんなマザーを素早く抱き止めた。
「……とりあえず、落ち着くことの出来る場所に移動しましょうか」
「じゃあ、この部屋の中へ」
オレは周囲ではしゃぎまわる子供たちを後目に、なぜこんなことになったのかを聞くために、マザーを優しく抱いたまま部屋の中へと入った。
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