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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第四章 社畜、家を借りる
71/183

11: 一時的終息

///

 絶体絶命な状況に颯爽と現れ、すぐさまそれを解決してしまうような人物は、誰が見てもカッコイイだろう。ただ、そんな人物に憧れて、出来もしないのに自信過剰で辺りを乱してしまう輩もいるが。

 オレとしてもいつかはカッコイイ人物になりたいと思ってはいるが、今はまだ自分のことで手一杯だ。

///




「久しぶりに王都に帰って来てみたら、面白いことをやっているではないか」


 男の放った渾身の一撃を片手で容易に受けきるその女性は、落ち着いた口調で語りだす。その透き通った声色には圧倒的自信が感じられた。


 Aランク冒険者。それは冒険者がその人生を賭して夢見る究極の地位。どんな理不尽をもねじ伏せる圧倒的武力、いついかなる時でも冷静に状況を判断することが出来る知力、そしてどんな絶体絶命な状況もくぐり抜ける奇跡のごとき運。これら三つを全て併せ持つ者のみが到達することが出来る至高の存在。Aランク冒険者は全ての冒険者から羨望の眼差しで崇められ、国もその力を無下にすることはできない。


 そんな生きる伝説の一人である存在がオレの前に悠然と立っていた。


 女性にしては身長が高くスラッとした体格をしており、返り血を浴びたのかと思わせる程の赤く艶やかな髪の毛が腰まで伸びている。その瞳は髪の毛と同じように赤く、彼女の力強く漲る魂の熱意をまざまざと感じさせる。凛とした佇まいはまさに野に咲く一凛の華のようで、見る者すべてを魅了する輝きを放っていた。


 ……


 オレたちが繰り広げていた戦闘は、今や完全に彼女一人の迫力に上書きされ、誰一人声を発することが出来ない。目に見えない圧力が彼女を中心に発せられ、周囲を支配していた。


「如何なる理由があったとしても、正々堂々とするべきだと思うのだが……君たちもそう思わないか?」


 フレイヤの凍てつくような口調が男たちに向けられる。男たちはその言葉にすぐに答えることが出来ずに、ただ唾を飲み込む音だけが聞こえた。


「ふむ、何とか言ったらどうだ? まあ、君たちのような連中の考えなんて大体見当はつくが」


「う、うるせえ! Aランクだか何だか知らねえが、女がオレに指図すんじゃねえ」


 そう言って、フレイヤに向けて一撃を繰り出そうとする。


 しかしながら、無駄だった。いつの間にかフレイヤの持つ武器の切先が男の喉元に突き付けられており、あと少し動いただけでそれは男の喉に刺さって、鮮血が流れるだろう。


「それ以上近寄らないでくれないか、君たちは不快だ」


 目にも止まらぬ速さで向けられた切先に全く反応することが出来ず、ただその場に口を開き大粒の汗を流しながら固まる男。


 最も近くでその光景を見ていたオレでさえも、フレイヤの動きを黙視することは出来ず、何が起こったのかを理解することが出来たのは、フレイヤが生み出した風がオレの前髪を揺らした時だった。


 ――す、凄い! 凄すぎる! これがAランク冒険者のフレイヤ・フォーキュリー。若くして冒険者の最上位に上り詰めた天才。


 今まで見て来た多くの冒険者がまるで赤子のように思えてしまう程の力を目の前で示されたことにオレは感動していた。当たり前だがAランク冒険者は人数が少ない。そのため、人生でその戦闘を目にする機会なんて、よほどの幸運の持ち主でなければないだろう。そんな一生に一度あるかないかの光景を、今まさに目にすることが出来た。


 それは周囲の観客も同じで、先ほどまで汚らしい野次を飛ばしていた者たちも、今や野次を飛ばすのを止めて、ただ茫然とこちらを見守っているだけ。そして、しばらくすると意識を取り戻したのか、フレイヤを称賛するためにゆっくりと拍手をし始めた。


「それで、どうするのだ? このまま戦うか? 私としてはそれでも良いのだが、勝負は目に見えているぞ。それでも君たちは私に挑んでくるのか?」


「――ック」


「冒険者たるもの己の力量は正確に把握するべきだぞ。長く冒険者として活動したくないのならば別だがな」


「く、くそ、覚えてやがれ! この借りは絶対に返してやるからな」


 いかにも悪党な言葉を残しながら、男たちはオレたちの前から急いで姿を消していった。


「――君たちは大丈夫か? いろいろ災難だったようだが」


 男たちの姿が群衆に紛れて見えなくなった頃、フレイヤは武器を鞘に納めてオレの方へと振り返る。正面から見る彼女のあまりにも眩しく気品ある姿に見惚れつつ、オレがするべきことを思い出し急いで立ち上がる。


「た、助けていただきありがとうございました」


「礼には及ばない。偶々、君たちの事を見かけただけだからな。言うなれば、私の気まぐれだ」


「いえ、それでもオレは貴方に命を救われたのは変わりないので」


「では、君の礼を受け取る代わりに一つ忠告しておこう」


 フレイヤはルナリアやレイチア、ターナの方へと視線を向ける。


「何かを守るためにはそれなりの力が必要になる。それこそどんな理不尽にも立ち向かえる力が。その力を持たぬ今の君ではいつか何かを失うだろう。そうなる前に力を手に入れるか、若しくはどんな理不尽をも受け入れることが出来る精神力を手に入れるべきだ」


 そう言い残すと、フレイヤはオレに背を向けて歩き出した。周囲に集まっていた人々は近寄ってくる彼女に気圧されたのか、彼女が声をかけずとも自然と彼女のために場所を譲る。そうして作られた道を昂然たる態度で進んでいくフレイヤ。


 オレはそんな彼女の背中をただ静かに見続けることしかできなかった。彼女の残した言葉を胸に刻み込みながら。




「――あ、アレン、大丈夫だった?」


 決闘騒ぎが終息して一段落ついたとき、ルナリアたちがこちらへと駆け寄ってくる。


「ああ、何とか命拾いしたよ」


 オレは余計な心配をさせないように努めておどけた調子で肩をすくめる。


「ルナリアの方も大変だったようだけど怪我はないか?」


「ええ、アレンよりも前にあの人が助けてくれたもの」


「そうか、それは気付かなかったな」


「一瞬で終わったからね」


 ルナリアといつも通りの調子で話し合う。ルナリアも最初の方は動転していたが、今はもうすでに落ち着いている。さすが、ある程度の期間一緒に活動してきただけのことはある。心配し過ぎるのもオレが気にすると思ったのか切り替えが早い。


 そんなオレたちとは違って、大粒の涙を流しながら駆け寄ってくる影が二つ。


「本当にごめんなさいっす」


「本当に、本当にご迷惑をおかけしました」


 オレは胸に飛び込んできた二人を優しく抱きとめる。


「私たちの、私たちのせいなのに何にもお手伝いできなかったっす」


「こんな道の真ん中で武器を抜かれて、怖くてその場にただ立っているだけしか出来なくて」


 オレの胸を濡らしながら、二人が絞り出したような声で懺悔する。


「二人のせいじゃないよ、悪いのは全部あいつらだから。

 それにオレの方こそごめんな、怖い思いをさせちゃって」


 オレがもっと強ければ、もっと容易に対処することが出来ただろうし、最後のように命の危機に瀕することもなかっただろう。途中までオレが守ってばかりだったので、男たちも調子に乗ってしまい、オレごときに負けるとは微塵も思ってもいなかった。結果としては一対一の決闘はオレが勝利したが、男たちがどのようにも思っていたとしても、さほど実力の差があったと言う訳では決してない。そのせいで、三人で襲えば勝てると思わせてしまい、結果的にあのような事態に発展してしまった。


 男たちに実力差をまざまざと理解させることが出来たならば、男たちも襲ってくることはなかっただろう。それこそ、あのフレイヤ・フォーキュリーが示したような圧倒的な実力差。否が応でも感じてしまう覆すことのできない絶対的な上下関係。


 オレの頭の中で、彼女が去り際に残した言葉が何度も繰り返される。


「……力、か」


 事態を上手く対処することが出来た彼女にあって、できなかったオレにないもの。他者を圧倒することが出来る力。


 冒険者としてまだまだ若手なオレがすぐにそんな力を手に入れることが出来るとは思っていない。ただ、何かを守るのには若手だとかベテランだとかなんて何の言い訳にもならない。若いからといって、相手が手加減してくれるはずもないし、手を引いてくれるという事もない。


 それに、フレイヤは若くしてあの圧倒的な力を手にしている。年齢を諦める言い訳には出来ない。


「……地道な努力しかないか」


 オレにはフレイヤのような力を手にしている自分の姿など、想像することもできなかった。結論としては、オレにできることは慢心することなく日々努力を継続するという事だけだ。あの高みを目指して……。


 途方もない目標に心折れてしまいそうになるが、やるしかない。オレは溜息を吐きながら、とりあえず今は泣いている少女たちをどうにかするために行動を開始した。


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