10: 決闘騒動(2)
少し長めです。
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人の話を聞かない奴は嫌われる。これはオレが今までの短い人生の中で辿り着いた一つの真理。
興味のない話題、つまらない話であっても最後まで聞いてあげることが重要だ。そうすれば相手も悪い気はしないだろう。
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「――アレンさん、助けて欲しいっす!」
ターナが勢いよくオレに抱き着いてくる。少し遅れてレイチアもターナと同じようにルナリアの腕の中に飛び込んだ。
オレの腕に包まれたターナの様子を窺うと、さっきの威勢の良さは嘘のように鳴りを潜め、すっかりと大人しくなってしまっていた。彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、身体もかすかに震えていて呼吸も激しい。奴らの前ではどうにか取り繕って怖くないふりをしていたようだけど、オレたちに出会って安心し、その緊張が一気に解放されたのだろう。隣のレイチアも同じようで、ルナリアに優しく抱かれながら震える身体をどうにか鎮めようとしていた。
オレはターナが少しでも落ち着くようにと優しくその背中をさする。そうすると、次第に体の震えは収まっていき、呼吸もゆっくりと正常なものへと戻ってきた。
「――おい、お前は誰だ! 俺たちの目を付けた女に後から手を出すなんざ死にてえのか!」
「そうだぞ、分かったらそいつらをこちらに渡しな!」
「痛い目を見る前に動いた方が良いぞ! 今ならちょっと骨が折れるぐらいで勘弁してやるからよ」
どうやら、オレがターナを慰めている様子を見て、自分たちが狙っていた女が他の男に後からとられてしまったと思ったのだろう。すごい剣幕でこちらに詰め寄ってくる。完全に奴らの誤解だし、そもそも、お前たちは二人に誰が見ても明らかに拒絶されていたのだから諦めれば良いのにと思ってしまうが、そんなことを欲望に飢えた目の前の連中に説明しても、より感情を刺激してしまうだけだろう。
オレはこれから起こることを予想して溜息を吐きつつも、どうにか、万が一にも理性的な解決が出来ないかと会話を試みる。
「ええっと、二人はオレたちの後輩でして、オレたちと一緒に行動することになっているので、あなたたちの誘いには乗れないので諦めていただけませんか?」
出来るだけ丁寧に、出来るだけ刺激しないように、言葉に気を付けながらゆっくりと語り掛ける。一縷の望みに賭けて……
「はっ? そんなこと知らねえよ!」
「黙ってそいつらを渡せって言ってるんだよ、聞こえねえのか?」
「アニキ、見てください! あの女も中々の上玉ですよ。これで三人で楽しめますね!」
……ですよねー。知ってたよ、知ってたけど、ここまでも予想通りになるなんて。少しぐらい考えてくれても良いんじゃないかな? オレたちはモンスターと違って理性を持っているんだからさ。決して、畏まって語り掛けた労力を無下にされて怒っている訳ではない。そう、そんな訳では絶対になく、平和的解決を図ろうとしない奴らに幻滅しているだけだ。
「アンタたち、二人が嫌がってるんだからさっさと諦めなさいよ! 右も左も分からないような新人冒険者、それも女の子に偉そうな態度で接するなんて恥ずかしくないの? もし私が男だったら、もっとスマートに誘ってるわよ」
三人の言い草に、さすがに堪忍袋の緒が切れたのか、ルナリアがレイチアを男たちの視線から隠しながら捲し立てる。
いつの間にかレイチアとターナに加えて、ルナリアも三人に目を着けられてしまっていることにオレも怒りを感じつつ、もうどう会話ではどうにもできないところまで来てしまっていることに気付く。
男たちの方を見ると、腰に携えられた武器の柄に手を当てており、今にもオレたちに襲い掛かってこようとしている。
――いやいや、さすがに王都の往来、衆人環視に晒されたこの場で武器を抜くなんて洒落にもならない。さすがにな? さすがにそれぐらいの理性は保っているよな? な?
「あの男をどうにかしてしまえば、女三人は俺たちのものだ!」
「でも、こんなところで殺しちまったら拙くないですか?」
「それもそうだな――」
――おお! どうにか持ちこたえてくれたようだ。
「――なら、決闘っていう体にしちまえば問題ないだろう」
前言撤回、オレたちはどうしても武力的な解決方法に頼らざるを得ないらしい。
決闘ならば当事者間の問題となるので、このスレイブ王国では犯罪として裁かれることがない。むしろ、その決闘を賭博の道具として活用している。
つくづく嫌気がさす国だな。決闘ぐらい取り締まってくれても良いだろうに。
オレの考えなんて微塵も気にすることなく、リーダーと思われる男が下卑た笑みを浮かべながらオレへと告げる。
「という事で、オレたちはそこの男に女三人の権利を求めて決闘を申し込むぜ」
「……オレとしては拒否したいんだけど」
「お前にそんな権利はねえんだよ! 黙って俺に殺されていれば良いんだ」
「……ルールはどうするんだ?」
「はあ? そんなのお前が死ぬまでやるんだよ」
「……日時は?」
決闘ならばそれなりにルールや日時を指定して、後日、その決められた事に則って行うのが普通だ。オレ自身もそういう風に認識していた為、オレとしては当たり前の問答を行っていると思っていたのだが、オレの浅い知識はどうにも役に立たなかったみたいだ。
「――そんなの今からに決まってるだろ!」
オレの質問に答えながら、男は腰のソードを抜いてオレに襲い掛かってきた。
その鋭い剣筋をどうにか後ろに下がることによって避ける。ソードは目の前で空を切り、オレに微かな風を感じさせた。
「……それはあまりに卑怯過ぎないか?」
「はっ、冒険者に卑怯もクソもねえんだよ! 生き残った奴が偉いんだ」
その考え方には一理あるな。誇り高き死よりも汚名にまみれた生だ。この世の中、生きてさえいれば汚名を返上する機会にも恵まれるかもしれない。
そんな共感を抱いていたオレに、男は続けてソードを振りかぶりながら接近してくる。オレは腰からソードを引き抜き、襲い来る攻撃に合わせる。
金属の乾いた音が周囲に鳴り響く。
その音を聞いて歓声を上げる者、早く血が見たいのか汚い言葉で囃し立てる者、隣の者と賭けを始める者など、オレたちの周囲には多くの野次馬が事の成り行きを見守っていた。冒険者ギルドのすぐ近くなので、血の気の多い荒っぽい人が多くいたのだろう。実際に危険を感じて悲鳴を上げながら走り去ったのは、冒険者ではない一般人か女性たちだけだった。
「やるじゃねえか!」
男はすごい勢いで次々と攻撃を放ってくる。そんな攻撃をどうにかいなしながら、反撃の隙がないか模索する。
決闘を引っかけてくるだけあってなかなかの実力だ。反撃する隙が見つからない。武器が重なった時に重心を外してどうにか体勢を崩させようとするが、オレのその考えを察知して対処してくる。
魔法が使えたならば、圧倒的に有利な状況へと持ち込むことが出来るのだが、今のオレには『ライト』しかない。今が夜だったら最高の奇襲をお見舞いすることが出来ただろうが、日が高い昼間には効果は全くない。
男のソードが右から左へと真一文字に振るわれる。それを手に持っているソードを斜めに傾けながら力を受け流す。その際、男のソードから鈍い音が聞こえてくる。
さすがはルガルド製のソードだ。武器自体はオレの方が圧倒的に良いものを使っているため、このまま打ち合い続ければいつかは男のソードの方が先に折れてしまうだろう。オレとしてはその決着方法でも全く問題ないので、男の猛攻を受けきるだけで良い。そのため、ある程度の心の余裕がオレに生まれてきた。
一方で、男はなかなか攻撃が当てられないことにイラ立ってきており、腕に余計な力が入って攻撃が大きく雑になってくる。
そんな状況が数分間流れた。男は頭に血が上り、一回の攻撃に全力を注ぐようになっていた為、次第に肩で息をし始める。
「そろそろ諦めろや!」
男がソードをひときわ大きく持ち上げる。それは今までにはなかった隙を明らかに生じさせるものであった。オレの体勢は崩れておらず、容易に対処することが出来るだろう。
オレは男が攻撃を放つよりも速く斜め前へと跳躍し、男の横側へと移動する。男は一瞬で目標としていたオレが横へと移動したことに驚きながらも、繰り出していた攻撃を止めることが出来ずに誰もいない場所へと力を込めた一撃を放ち、地面を打つ虚しい音が響いた。
「――ッシ!」
オレのわき腹目掛けた一閃が放たれる。それには男のように無駄な力が込められてはいない、自分でも惚れ惚れするような一太刀だった。
「――ック!?」
オレの一撃を受けて男の脇腹からうっすらと血が服に滲み出す。
男は脇腹に走る痛みを感じてくぐもった声を出しながら、傷口に手をやる。傷口に手を当てたせいで、その手は真っ赤に染め上げられた。
オレとしては男たちに迷惑していたが、殺してやろうとまでは思っていない。まあ、今後のためにも少しぐらい痛い目を見た方が良いと思うので、多少の怪我は負ってもらうが。そのため、今オレが放った一撃も致命傷にならないように配慮している。ただ、ルガルドのソードがあまりにも切れ味が抜群のため、予想以上に深く入ってしまったが、それは仕方がないだろう。
「――この辺りで辞めないか? あんたもこれ以上は怪我を負いたくないだろう?」
息が乱れ、脇腹から出血している満身創痍の男とまだまだ体力的にも精神的にも余裕のあるオレ。誰が見ても勝敗は一目瞭然だ。もうすでにこの決闘の決着はついたのだから、これ以上の戦闘は無駄でしかない。
オレはそう思って男へと負けを認めるようにと語り掛けたつもりだったが、手負いの馬鹿はオレの予想をはるかに超えてくる。
「――テメー! なめやがって。
もう決闘なんざ知ったこっちゃねえ。オイお前らやっちまうぞ!」
「「へい!!」」
一対一の決闘は終わり、これからは集団戦になるようだ。相手は三人、こちらは四人だが、レイチアとターナはまだ戦闘経験が少ないのでこの戦いに参加させるべきではない。そうすると、オレとルナリアが二人で相手することになる。相手の一人は手負いとはいえ、オレたちに自分たち以上の人数を相手にしたことはないので、こちらの方がかなり分が悪い。
先ほどまでの状況が一転してしまったことに焦りを感じつつも、目の前に迫りくる連中を対処するための準備を整える。隣では今まで黙ってオレの決闘を見守っていたルナリアが、レイチアとターナを背中に庇いながらナイフを構えていた。
ルナリアの方へは一番下っ端のような男が切り掛かる。その男にリーダーの男のような練度は無いため、ルナリアでも十分に避け切ることが出来ていたが、ルナリアはどちらかと言えば素早さ重視なので力はあまりない。そのため、明らかに腕力面で差があり、一度打ち合ってしまえば押し返すことは不可能だろう。
「――どっち向いてんだよ! お前の相手は俺たちだ」
ルナリアの方へと向けていた意識が強制的に戻される。目の前には血走った眼を輝かせながら迫りくる二人の男。
オレが一方の攻撃をかわしても、もう一方が後を追うように攻撃をしてくる。そのため、封通なら隙だらけになるはずの見るに堪えない攻撃でも、避けることが精いっぱいで、避けた後に反撃する余裕も、一息つく余裕すらない。
まさに防戦一方。次第に男たちの刃がオレに当たりそうになる回数が増えてきた。
そして、ついにオレは頬に刃が掠ってしまい、そこから血がしたたり落ちる。
「へへ、どうだ切られる感覚は?」
……かなりマズイな。今からどんなことをしても、この男たちはオレたちを許しはしないだろう。
「お前を殺して三人を弄んでやるぜ!」
ゲスな笑いを浮かべながらこちらへと近づいてくる男たち。
横目でルナリアの方を確認すると、そちらもまずい状況のようだった。
――何か残された手段はないのか? この状況を打開できるようなそんな手段が。
オレが考えをめぐらす前に男たちが再び迫りくる。
先ほどよりも体がだるく、十分に攻撃を流すことが出来ない。二連三連と続く攻撃をどうにか耐えながらも、生き残るための方法を探す。
「――しまっ!」
意識を少しだけ考えることに割き過ぎてしまったのだろう。オレに向けて放たれた攻撃を上手く流し切ることが出来ずにまともにソードで受けてしまったため、大きく上にはじかれてしまった。そのせいで身体は守るもののないがら空きの状態になってしまい、大きな隙を生じさせる。
「あの世で後悔しろよ!」
そんな致命的な隙にリーダーの男が間合いへと入り込み、オレの頭から足に向けて武器を勢いよく振り下ろす。
――やられる!
迫りくる刃が異様にゆっくりと見える。これが死ぬ者が見る最後の映像なのかもしれない。自分の死を受け入れるために、神様がオレたちに与えてくれた最後の奇跡。このゆっくりと流れる時間に今までの行いを内省するための時間。
オレは今にも頭を切り裂こうとしている刃を受け入れるように目を瞑った。瞳に映った最後の光景が自身を殺す刃と、それを繰り出す男の気持ちの悪い笑みだという事にかなり後悔しながら、その時が来るのを待った。
しかしながら、その時は何秒経っても訪れることはなかった。かわりに訪れたのは金属が重なり合う音だけ。
オレは恐る恐る目を開ける。
オレの目の前に広がっていたのは、誰かの武器が男の攻撃を間一髪のところで食い止めている光景だった。
その武器に見覚えはないのでルナリアではないだろう。オレはその武器の持ち主を確認するために視線を動かす。
そこには長く真っ赤な髪の毛をなびかせている一人の女性がいた。
「フレイヤ・フォーキュリー」
このスレイブ王国の貴族であり、冒険者として最高ランクであるAランクにまで上り詰めた天才がそこに立っていた。




