8: 孤児院
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子供というのは見ているだけでこちらを幸せにしてくれる天使のような存在だ。薄汚れてしまった大人たちとは違う、これからの可能性をその身に宿す奇跡のような存在。
オレも「子どもの頃に戻れたら」何てことを幾度となく考えた。そのような現実逃避も大人の悪い癖なのかもしれない。
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「いや~大量でしたっすね」
ホクホク顔で冒険者ギルドを後にするターナ。オレたちはそんなご機嫌なターナを追うようにギルドを出た。
今日の成果は昨日よりも一匹多く、レイチアとターナのパーティーとオレたち『自由の光』とで一匹ずつ分け合うことが出来た。そのため、昨日よりも多くのビッグトードの肉を確保することが出来て、より豪華な晩御飯にありつける。
レイチアとターナも昨日の分はほとんど食べることが出来なかったそうなので嬉しいのだろう。今日の分も孤児院に持ち込み、子供たちと一緒に食べる予定らしいが、いくら食欲旺盛な育ち盛りの子供たちが多くいるとはいえ、ビッグトード一匹分の肉を全て食べきってしまうのは無理だろう。そう考えれば、今日はレイチアとターナの二人も確実にビッグトードを腹いっぱいに堪能することが出来る。
「もうターナったら……その気持ちは分かりますけど」
今にも駆け出してしまいそうなターナの様子を見て、呆れてしまっているレイチアだが、そんな彼女の足取りもいつもより軽やかだった。彼女も今日の晩御飯を想像して早く孤児院に帰りたいのだろう。
「じゃあ、オレたちはこの辺で失礼しようかな」
冒険者ギルドから孤児院までの道のりの途中まではオレたちの家の方向と一緒だったので二人について歩いていたが、ここからは二人は右へ、オレたちは左へと向かわなければならない。そんな分かれ道へと来た事を二人へと告げる。
「ええー、せっかくなら孤児院に来てほしいっす!」
「そうですよ、ターナの言う通りです。
アレンさんは命の恩人ですし、今日もみなさんに色々と助けていただきました。ぜひみんなに紹介させてください」
「いや、でもこんな時間に尋ねたら迷惑になるだろうし」
「そんなことないっすよ! みなさんのことを話せば絶対に邪険になんかしないっす」
「うーん、でもな……」
二人の期待した視線にどうしたものかと悩んでしまう。周囲はまだ明るく、暗くなるまでにはある程度の時間の余裕があるだろう。ただ、夜になる前に色々と準備をしなければならないだろうため、この時間に突然に孤児院を訪れることに迷惑にならないかと尻込みしてしまう。
それに、家ではステラが一人で待っている。かなり容態も安定してきたとはいえ、長時間独りで留守番させていることに抵抗を感じてしまう。もし何かあったらと思うと、どうしてもソワソワする。過保護すぎると言われてしまうかもしれないが、オレは小心者なのでしょうがないだろう。
オレはどう返事すればよいのかと困ってルナリアとリーフィアの方を見る。
「ちょっとなら良いんじゃない? 二人もこう言ってくれているし大丈夫でしょ」
「挨拶ぐらいならそれほど邪魔にはならないと思いますよ」
「……二人がそう言うんだったら良いか」
「じゃあ決まりっすね!」
「ああ、ちょっとだけお邪魔しようかな」
オレの言葉を聞いたターナは飛び上がって喜んでいる。そんなターナを宥めつつ、レイチアがオレたちを孤児院へと案内してくれる。孤児院への道中、徐々に建物の数が少なくなり、建物自体も汚れている状態のものが多くなってきた。人通りも明らかに少なくなってきている。そんな寂れた通りの一画にポツンと孤児院は建っていた。
「ここが私たちが育った孤児院っす」
オレたちの方へと振り返ったターナが、孤児院を手で指し示しながら嬉しそうにオレたちに紹介する。
そこに建っていた孤児院は周囲の建物と同様にお世辞にも綺麗とは言い難く、簡素な造りをしていた。
ただ、そんな外面とは裏腹に、その中からは子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。晩御飯前にこれでもかと身体を動かして遊んでいるのだろうか。子供たちが縦横無尽に駆け回る光景が想像でき、自然と笑みが浮かぶ。やはり、子供たちのそういった光景は良いものだな。
オレが思いに更けていると、孤児院の庭で遊んでいた一人の女の子がこちらに向かって走ってきた。
「あ、レイチアお姉ちゃんとターナ姉ちゃんだ!」
大きくて高い子供の声が周囲にこだまする。その子は勢いを落とすことなく、走っているそのままの速度でターナへと抱き着いた。
ターナはそんな子供の様子に慣れているのか、その子供を受け止めると同時に数歩下がり、勢いを上手く殺して痛くならない様にしてあげている。
「コラ! いきなり抱き着いちゃダメだっていつも言ってるっすよ!」
「えへへ、ごめんなさい」
ターナの注意は効果がなさそうだ。怒られているはずの女の子は口では謝っているものの、その顔に反省の色はない。笑いながらターナの胸へと顔をスリスリさせて、喜びを示していた。そんな無邪気な態度にターナもそれ以上注意することが出来なくなり、溜息を吐きながら、その女の子の頭を優しくなでる。
頭を抱出られている少女はその感触を堪能していたが、ついにオレたちの存在に気付いた。
「お兄ちゃんたちはだれ?」
つぶらな瞳で語り掛けてくる。
オレがその声に答える前にレイチアが口を開いた。
「お姉ちゃんたちの冒険者の先輩よ。
みんなにも紹介したいから呼んできてくれる?」
「うん、わかった!」
そう言って、少女はターナから離れると、来た時と同じ速さで孤児院の建物の中へと入っていった。
建物の中から少女の大きな声が漏れてきたかと思うと、すぐに他の子共たちが孤児院の中から続々と出てきて、こちらへと走ってくる。
そんな元気な子供たちの後ろから修道服を着た一人の高齢な女性が、子供たちに手を引かれてゆっくりと歩いてくる。
「「マザー!!」」
レイチアとターナにマザーと呼ばれたその女性は慈しみ深い笑みを浮かべていた。
「お帰りなさい二人とも。
それと、その方たちが昨日話していた先輩かしら?」
「そうっす!」
マザーはこちらを向くと、深々と頭を下げる。
「私はこの孤児院を取りまとめている者です。皆からはマザー何て呼ばれています」
「あ、これはご丁寧にどうも。
オレはアレンって言います」
「ルナリアです」
「リーフィアです」
オレたちはマザーの後に続き、頭をペコペコと下げる。
「二人から聞いてますよ。
アレンさんは昨日二人を助けてくれたのですよね? その節は本当にありがとうございました」
「いやいや、偶然ですよ、偶然。偶然近くにいたので助けたまでです」
やはり、年上の人からお礼を言われるのはいつになっても慣れないな。オレの前で頭を下げるマザーの姿に恐縮してしまう。
「いえいえ、二人を助けていただいたというのは事実ですから。
それに、ビッグトードのお肉も分けて頂いたのですよね? 昨日は久しぶりに贅沢な晩餐になって、他の子供たちも大喜びでした」
「マザー、このお兄ちゃんが昨日のお肉をくれたの?」
「昨日のお肉美味しかったね! また食べたいな」
マザーの「お肉」という言葉に、マザーの周囲にいた子供たちが反応する。昨日振る舞われたビッグトードの肉が忘れられないのだろう、みんな目を輝かせていて、ある子はヨダレが口から零れてしまっている。
「マザー、聞いて欲しいっす! 今日もビッグトードを狩ることが出来たっすよ」
「ええー、じゃあ今日もお肉を食べられるの?」
「やったー、お姉ちゃんたちありがとう!」
「マザー、早く早く。早く調理してよ!」
ターナの言葉に子供たちのテンションは最高値に達し、マザーを急かす様に建物の中へと押していく。
マザーはそんな子供たちの様子に笑みを浮かべながらも、オレたちの方へと意識を向けて、改めてお礼を言った。そして、待ちきれない様子の子供たちをこれ以上待たせないように、建物の中へとゆっくりと向かって行った。
オレたちはそんな優しさに溢れたマザーの後ろ姿を見送る。
「――じゃあ、オレたちもこの辺でお暇しようかな」
「今日は私たちに付き合っていただいて、ありがとうございました」
「先輩方、また一緒に依頼を受けましょうっす!」
レイチアとターナとは長い付き合いになりそうだ。出会いは偶然ではあったが、オレの後輩ということは間違いないし、ルナリアやリーフィアとも良い関係を築くことが出来た。今後、ターナが言うように一緒に依頼を受けることもあるだろう。
オレたちはレイチアとターナに見送られながら、ステラの待つ自宅へと向かった。
「「「いただきます」」」
居間にビッグトードを焼いた食欲をそそる香りが漂う。昨日と同じではあるが、その量は昨日の倍あり、それだけでオレの心を浮かれさせる。今日は腹がはちきれるぐらい食べるぞ。
さっきの孤児院の子供たちを微笑ましく見ていたが、他人から見れば今のオレもそんな子供たちと変わらないだろう。
そんな浮かれた姿はオレだけではない。オレの前に座り、ビッグトードの肉に頬一杯に齧り付いているルナリアとリーフィアの二人も満面の笑みを浮かべながら、一心不乱にその食欲を満たしていく。
そんな子供らしい一面を見せてくれる二人とは対照的なのが一人。ルナリアとリーフィアの間に座るステラがいた。
年齢的には孤児院の子供たちと同じくらいなはずなのに、その態度は全然違う。ステラ用に用意された少し脚の長い子供用の椅子の上に申し訳なさそうにチョコンと座り、一言も発することなく少しずつビッグトードの肉を口に運んでいる。その顔にはルナリアやリーフィアのような笑みを浮かべることなく、ただ黙々と「腹を満たすためだけの食事」をしているように思えた。
未だにその目は孤児院の子供たちのようなあどけない輝きを取り戻してはおらず、暗く鈍い光で閉ざされている。
この子にあの子供たちのような輝きを取り戻させてあげることが出来るのは、一体何時になるのだろうか。あの子供たちのように家の外を無邪気に駆け回り、満面の笑みを浮かべる未来のステラを思い浮かべながら、オレは目の前のビッグトードに舌鼓を打った。
読んでいただき、ありがとうございました。




