7: ビッグトード狩り(3)
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人間とは不思議なものだ。同じ目標を掲げた同士だとすぐに仲が深まり、一体感が生まれる。
それが良い方向であるならば何の問題もないのだが、悪い方向であるならば……
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「――よ、よろしくお願いするっす」
ターナの緊張した声が響く。オレと初めて会った時にはそんな緊張した様子を見ることはなかったのだが、今は違うらしい。口調と共に身体も面白いぐらい直立していた。
だが、普段と様子が違うのはターナだけではない。ターナの横に立っているレイチアもまた、こちらを見て固まっており、その心境を窺うことが出来る。
そんな二人の様子の原因になっているのは、オレの前に並んで立っているルナリアとリーフィアの二人。背後のオレからは二人の顔を確認することはできないが、その後ろ姿からは冷たい笑顔を想起させる。
なんで二人はこうも女性に対して当たりが強いのかな。オレとしては仲良くやってほしいのだが。ただ、今の状態の二人にそんなことを言えるはずもなく、犠牲になっているレイチアとターナに心の中で手を合わせる。
気まずい沈黙がしばらく流れた後、ルナリアがその空気を破った。その声は心なしかいつもよりも低い。
「アレンから話は聞いているわ。今日はよろしくね!」
「私たちも微力ながらお手伝いしますので、何かあったら頼りにしてください」
因みにだが、今日はステラには一人で留守番してもらっている。オレとしては今まで通りルナリアかリーフィアのどちらか一人が家に残り、もう一人がオレと共にレイチアとターナと行動してもらおうと思っていたんだけど、オレの話を聞いた二人はオレの案を頑として認めなかった。リーフィアがステラに一人で留守番しなければならない旨を伝えた時、ステラはリーフィアの様子に何か感じ取ったのか、コクコクと半ば呆然とした状態で頭を上下させていた。
まあ、ステラの昼食も用意していたし、帰りもそこまで遅くならないだろうから問題ないだろう。最近はステラもかなり回復してきており、少しぐらいなら自力で歩くことが出来るぐらいまでになっている。早く完全に回復して元気に遊びまわってほしいものだ。
「じゃあ今日もビッグトード狙いで良いのよね? こんな時期だし、他の冒険者も多そうだからあまり遭遇できないだろうけど、手ごろに討伐できるし食材としても満点だから狙う価値はあるわね」
「はいっす!」
「昨日アレンさんに分けて頂いたビッグトードの味が忘れられません! あの味をもう一度体験できるなら、少しぐらいの困難なんて全く問題ないです」
やはり、二人もビッグトードの味に憑りつかれてしまったか。ビッグトード特有の弾力と噛めば噛むほど湧き出てくる肉汁。ビッグトードはモンスターなので養殖することが出来ないし、冒険者もその味のせいで討伐したビッグトードを売却することは稀であり、ほとんど市場には出回らない。そのせいで、普通はなかなか口にすることが出来ない。
セレナさん情報だが、今年は比較的にビッグトードが多く活動しているとのこと。冬眠の準備に失敗したビッグトードがエサを求めて地表をさまよっているらしい。それを聞いた多くの冒険者がビッグトード狩りに奔走している。そのせいで、ビッグトードを手に入れることが出来る確率はかなり低くなってしまっていた。
「まあ、そんなに気負わなくて良いから今日は頑張ろうぜ」
「「「「おー!!!!」」」」
オレは若干和んだ空気に乗っかる。今のみんなの心は一つ――ビッグトードを狩って狩って狩りまくって、美味しい晩御飯にありつく。オレたちは期待に胸を膨らませてビッグトードを探しに王都の外に出た。
「――そうよ、そのままこうやってこう!」
「こ、こうっすか?」
「そうイイ感じね。そのまま打ち込んできなさい!」
乾いた寒空に金属の打ち合う音が響く。
その音を生じさせているのはルナリアとセシル。彼女たちは真剣な面持ちでお互いのナイフを勢いよく重ね合わせている。
別に二人は喧嘩しているという訳ではなく、戦闘訓練をしているだけだ。
真剣な面持ちではあるがその額には汗一つなく、まだまだ余裕がありそうなルナリアと、一方でその額に大粒の汗を大量にかいていて、息もかなり荒くなっているターナ。そんな彼女たちの対照的な様子が冒険者として活動している期間の長さを表していた。
ルナリアやターナのようないわゆる前衛と呼ばれる冒険者は各々武器を用いてモンスターと対峙する。そして、金や名誉、地位など様々なものを求めて命のやり取りを行う。少し言い方を変えてしまえば、自らの欲望のために自分自身の命を賭けているのだ。そのようなことは一般人では到底経験できることではなく、特殊な経験だと言って良いだろう。
そんな冒険者の世界にある程度の時間を費やし、それなりの修羅場を生き抜いてきたルナリアと、冒険者になって間もなく、まだまだ経験が浅いターナではこのような差が出てしまうことは考えるまでもない。まあ、ルナリアが先生役としてターナに指導している立場なので、このぐらいの実力差がないとそれはそれで問題なのだが。
ルナリアはターナの単純な攻撃をナイフで上手く受け流しつつ、致命的になるであろう欠点を見つけてはターナに伝えて修正させる。
ターナの方も筋が中々良いようで、ルナリアからの指摘を直ぐに修正しながらルナリアに何とか食らいついている。
「……はぁ……はぁ……二人ともすごいですね」
「レイチアも中々だったと思うぞ」
「そうですよ、まだ冒険者になってそれほど時間が経っていないのにあれぐらい出来れば、何の問題もないと思いますよ」
ルナリアとターナの激しい訓練を見ているのはオレとリーフィアと、ターナよりも先にルナリアの訓練を受けて疲労困憊のレイチア。レイチアもターナほどではないがルナリアと長時間相対していた。そのため、今も息が完全には整ってはおらず、大量の汗が流れているのも気にせずに冷たい地面に力なさげに座っている。そのままでは風邪をひいてしまうかもしれないので、オレは汗を拭くように清潔な布をレイチアに手渡した。
「――じゃあ、この辺にしときましょうか。あまり焦りすぎても意味ないだろうし、怪我なんてしたら元も子もないわ」
「はぁ、はぁ、あ、ありがとうございましたっす」
どうやらあちらも終了したみたいだ。お礼の言葉を告げたセシルはそのまま地面に崩れるように倒れ込んでしまう。そんなターナを見ながら『魔法の鞄』から果実水を取り出してのどを潤すルナリア。
その様子を見ていたオレたちはその場から立ち上がり、二人の方へと歩み寄った。
「休憩がてらここでこのまま昼食にしよう」
朝から活動していたが、今日はまだ目的であるビッグトードに出会えていない。いや、正確に言えばその姿を見てはいるのだが、それは他の冒険者たちがすでに倒したものであり、オレたちが手を出せる状態にはなかった。
そんなこともあり、さっきまでのようにレイチアとターナに戦闘訓練を施す流れになったのだが、思った以上にルナリアに熱が入ったのと、二人もそれに応えるように頑張ったため、結構な時間が経っていた。そのため、見ているだけであったオレたちもかなりお腹が空いてしまっている。
「――それじゃあ二人は孤児院出身なんだ」
「そうっすよ。二人とも小さなころからいつも一緒っす!」
「今も時々孤児院を訪れて、いろいろと恩返しなんかしていたりします」
「昨日のビッグトードはみんなの食い付きがすごかったんすよ!
私たちの食べる分なんか少ししか残らなかったっす」
「なので今日も狩れたらなと」
「へえー、それじゃあ気合を入れていかないとね」
食事中に他愛もない話をして親睦を深める。レイチアとターナが育った孤児院は王都の中心地からは離れた場所に建てられており、国からの援助はあるものの、決して裕福な暮らしが出来る程の余裕がある訳ではない。
そんな孤児院に暮らす子供たちの少しでも足しになればと、二人は今も依頼で得た報酬や食べることが出来る食料を持ち込んでいるらしい。それほど二人にとってはかけがえのない場所だという事だ。
二人の事やオレたちの事などを談笑していたらすぐに時間は過ぎて行った。もうそろそろ本題のビッグトード狩りに戻らなければ、今日の晩御飯が質素なものとなってしまう。二人も出来れば今日もビッグトードの肉を持ち帰りたいだろう。
「そろそろ行こうか」
オレたちは立ち上がり、ビッグトードの捜索に戻る。やはり、今年は比較的にビッグトードの出現率自体は高いようだ。捜索中にビッグトードと戦う冒険者たちを何組も見ることが出来た。これならばオレたちにも機会はあるだろう。後はオレたちが持っているか、持っていないか、それが問題だ。
「――ッ!? ねえ、あれを見て!」
ルナリアが遠くの方を指さす。オレたちはみんなルナリアの指し示す方角へと目を凝らした。そちらには真っ平らな地平線に少しだけ起伏した場所が。
「ビッグトードだ!」
誰が最初だっただろうか? オレの言葉を皮切りに、誰からともなくビッグトードの方へと走り出した。その時のオレたちの心の中はみんな一緒だっただろう。それはまさに――
――ヒャッホー! 今日の晩飯コンニチハ。
ビッグトードを狩るモンスターと化したオレたちの目には、もう目の前の美味しそうなビッグトードしか映っていなかった。
戦闘というほどの戦闘は繰り広げられず、ものの数分で動かなくなったビッグトードをヨダレをこぼさないように解体するのが大変だった。
その後もビッグトードを捜索し、合計二匹のビッグトードを狩ることが出来たオレたちは、夕日が真っ赤に雲を染め上げる空を背に、ホクホク顔で王都へと帰還するのであった。
読んでいただき、ありがとうございました。




