6: ビッグトード狩り(2)
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先輩と後輩、生きていく上で必ずどちらの立場も経験することになる。
先輩にはペコペコしていても、後輩には当たりが強いなんてことはよくあることだ。その後輩の立場からすれば堪ったものではないのだが……オレは大丈夫だよな?
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「――助けていただき、本当にありがとうございました」
冬の冷たい乾いた風が勢いよく吹き、オレたちの体温を奪っていく。そんな寒空の下、オレは二人の女性冒険者たちに頭を下げられていた。見た感じではオレよりも三つ四つぐらい年下だと思われる。
「まあ、そんなに気にしなくて良いから。
見てもらった通り、次回からは君達でも簡単に討伐することが出来ると思うよ」
オレが加勢した後、ビッグトードとの戦闘自体は数分で終了した。ビッグトードはその太い筋肉に包まれた脚によってかなりの跳躍力を誇る。五メートル離れている所からでも一瞬で近づくことができ、その素早さに見慣れていなければ驚愕してしまうだろう。そう考えれば駆け出し冒険者にとっては脅威となるモンスターかもしれない。
しかしながら、ビッグトードのその脅威的な跳躍は前進するときしか発揮されることなく、後ろに下がる時や左右に移動する時はヨタヨタとしか動くことが出来ない。その姿はさながら立ち上がって間もない赤子が歩いているようであり、その姿からは想像できない可愛らしさがある。
そのため、ビッグトードの正面にいないようにうまく避けながら、跳躍力を奪うために脚に攻撃を加えることによって簡単に動きを止めることが出来る。その上、普通ならば冬眠しているはずの気温の中で活動しているため、その動きはより一層鈍くなっており、跳躍もさほど遠くには跳べなくなっていた。
オレが彼女たちにそのことを伝えてからというもの、彼女たちの顔にもやる気が満ちてきて、隙をついてビッグトードの横側から何度も彼女たちの武器を突き立てていた。
そのおかげで直ぐにビッグトードは衰弱していき、オレが頭へ止めを刺して絶命した。
「あんな巨体のモンスターを私たちが倒せるなんて……これも全てあなたの助言のおかげです」
「遭遇した時は絶体絶命って思ってたけど、実際にやってみると呆気なかったすね」
「コラ、調子に乗らないの!」
かなり戦闘の緊張が解けてきたのか、彼女たちは元気に軽口を叩けるぐらいに回復していた。
「その様子なら次からビッグトードが現れたとしても大丈夫そうだな。
それで分け前はどうする? オレは均等で大丈夫だけど」
「私たちもそれで大丈夫ですよ」
「じゃあ、さっさと解体しようか。冬だから大丈夫かもしれないけど、血の臭いに釣られてモンスターが来るかもしれないしな」
「はい」「了解っす」
オレはビッグトードを慣れた手つきで解体していく。王都に来て以来、ビッグトードに出合うことがなく、解体をする機会がなかったのだが、ギルド職員時代の腕は全く鈍っていなかったようだ。その巨体から立派な脚を切り離す。
あまり脂は乗っていなさそうだが、それでも調理した時のことを思うとヨダレが出てくるな。久しぶりのビッグトードか……ルナリアたちもきっと喜ぶぞ。
今日の夕飯に並べられた姿を想像している内に解体作業は終わっていた。
「こっちも終わりました、ええっと……」
「ああ、オレはアレン、王都の冒険者だよ」
「アレンさんですね。私はレイチアです」
「私はターナっすよ。よろしくっす!」
落ち着いた口調のレイチアと明るく軽い口調のターナ。なんだかどこかで見たことがあるような二人組だ。二人とも動きやすいように短髪で顔や身体には未だに幼さが残っており、その身体の上に初心者用の装備を纏っていた。
二人はまだ冒険者になって一ヵ月しか経っていないらしい。今までは採集系の依頼を受けていたそうだが、今日初めてゴブリン討伐の依頼を受けたとのこと。ゴブリンを何とか倒すことができ、初めての戦闘に疲れたため帰ろうとしたところ、あのビッグトードに遭遇してしまったそうだ。
あれ? オレも冒険者になってそんなに経っていないよな。そう考えれば、オレの冒険者としての経験は異常なのかもしれない。
「アレンさんは独りで活動しているのですか?」
「いや、普段は三人組だよ。
ただ、今は事情があってオレ一人なんだよ」
「あちゃー、そうなんすか。
もし一人だったらパーティーに誘おうと思っていたのに」
「残念ですけど、仕方ないですね」
「はは、申し訳ないけど君たちのパーティーには入れないかな」
オレにはルナリアとリーフィアという掛け替えのない仲間がもうすでにいるため、目の前の二人のパーティーに加わることはできない。
ただ、何かの縁で出会った二人がしっかりと冒険者として活動することが出来るように見守るのも先輩としての役目ではないのだろうか? オレは冒険者ギルドで働いていた為、ある程度モンスターの知識は持っていたし、ルナリアやリーフィアという冒険者としての先輩と運よく出会うことが出来た。そのおかげで、駆け出しとしては最高の状態で冒険者人生を始めることが出来たと思う。
しかしながら、二人は違う。二人は冒険者になるまでモンスターの知識も碌に持っていなかったらしいし、お互い冒険者になって初めて武器を握ったらしい。右も左も分からない状況で何とか二人で活動している状態だ。
ここは先輩冒険者として一緒に行動してあげるべきなのかもしれない。普段はこういう先輩風を吹かせるような押し出がましいことは嫌いなのだが、幸い二人はオレが一緒に行動することに忌避感はないようだし大丈夫だろう。
二人のパーティーに入ることはできないが、同じパーティーではなくとも一緒に行動することは出来る。
それに、ルナリアとリーフィアも同性の後輩冒険者のためなら喜んで協力してくれるだろう。稀少な女性冒険者と知り合いになることは彼女たちも望んでいることだと思う。
オレは目の前で残念がっているレイチアとターナに向けて、なるべく偉そうにならないように注意しながら恐る恐る口を開いた。
「――それで、私たちが家具を買っている間にアレンは女の子をナンパしてたんだ」
なぜにオレは怒られているのだろう?
「まさかアレンさんがここまで手が速いなんて……油断してました」
なぜにオレは二人の前で正座させられているのだろう?
オレはレイチアとターナと別れた後、ビッグトードの脚を持って足早に帰宅した。オレとしては偶然手に入れることが出来たご馳走を早くみんなで一緒に味わいたいと思ったからだ。
オレが帰宅した時には二人はもうすでに戻ってきており、殺風景だった部屋に良さそうな家具を配置している途中だった。
オレはそんな二人を手伝い、全ての部屋を彩り終えたところでオレがお土産としてビッグトードを持ち帰ったことを伝えた。
二人はオレの話を聞くやいなや手を取り合って喜び、鼻歌交じりに調理の準備を始めた。オレはそんな二人にビッグトードを渡し、楽しそうに調理している二人の姿を満足げに眺めていた。
ここまでは良かった。二人の姿をボンヤリと眺めているだけで幸せな気持ちになる。それに加えて、時間が経過するほどにオレのお腹を強烈に刺激する香ばしいかおり。ついついにやけてしまった。
しかしながら、ここからが悪かった。後は盛り付けだけというところで、オレは二人に明日の予定について伝えていなかったのを思い出し、二人の後ろ姿に向けて何気なく語り掛けた。
明日は新しく知り合った二人の駆け出し冒険者であるレイチアとターナと共に活動をすること。二人とも冒険者の世界では稀少な女性であるため、二人も一緒に行かないかということ。
初めの方は軽い口調で話していたオレだったが、時間が経過するにしたがって、オレの口からは流暢に言葉が出なくなってきてしまった。なぜなら、二人のさっきまでの笑顔が嘘のように凍り付き、次第に真顔になってきていたからだ。オレの危機察知能力は使い物にならないようになってしまったのかな……こんなことにならないように教えてくれよ!
まあ、そんなこんなで二人の無言の圧力に屈したオレは二人の前に流れるように膝を曲げて、今もこうして二人から課されるだろう刑罰を待っている状態だ。
「人助けした件については『さすがはアレン』って思ったけど……」
「先輩として新人冒険者に色々と教えてあげようと思うのも素晴らしいことだと思いますけどね……」
「……」
ああ、早くビッグトードが食べたいな……早くしないと冷めちゃうからな。
「「……」」
そういえば、ステラは部屋かな? 呼んできて一緒に食べないと。
「ちょっと、聞いているの?」「聞いているんですか?」
「――ッ!? はい、聞こえていますん!」
現実逃避していたせいで少し返答がおかしくなってしまった。そんなオレの返答を聞いて眉をますます顰める二人。オレは何とかその状況を打開しようと苦し紛れの笑顔で取り繕ったが効果はない。
浮気が見つかってしまった夫のような心情をこの齢にして味わうことになるとは。
「……はあ、仕方がないわね。一旦この話はここで終了ね」
「ステラを呼んできますね」
大きなため息を吐きながら話を切り上げるルナリア。リーフィアはステラの部屋へと向かう。
……オレは許されたのか? この修羅場を切り抜けることが出来たのか? オレの笑顔が意外にも効いていたのかもしれない。
「せっかく作った料理が冷めちゃったら勿体ないからね。
アレン、この話は食事の後よ!」
「……はい」
第二審は長くなりそうだ。
オレは消え入るような声で返事をした。
夜にもう一話投稿します。




