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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第四章 社畜、家を借りる
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3: 内見

///

「そこに住む」と決断する決め手は何だろう? 人それぞれ譲ることのできない条件があると思う。

 オレとしてはゆっくりと寝ることが出来るならばそれだけで良いのだが。一緒に住む仲間が増えた今、いろいろと考えなければならない。まあ、その時間も楽しいので苦にならないのだが。

///




「――ではこちらが最初の物件です」


 商業ギルドにてオレたちの応対をしてくれていた職員が、こぢんまりとした建物を指し示しながらオレたちを中へと誘導する。周囲は多くの住宅が立ち並んでおり人通りも多い。


 オレたちは彼に提示された十件ほどの物件の中から良さそうなものを数件選び出し、こうして実際に内見に来ていた。


「家の中はこのような造りになっています」


 オレたちを先導する彼の後を追いながら内部を見渡す。この家は外見と同じように内部もまた建てられてからある程度の月日が流れているという事を感じさせるものだった。全体的に清潔に保たれてはいるが、所々にこびり付いたシミや小さな傷が見受けられる。共同スペースに備えられた窓からは隙間風が入ってきており、肌寒さを感じさせる。まあ、そのぐらいならばオレたちだけでも後からどうとでもすることが出来るだろうが。


「……少し薄暗いわね」


「そうですね、日当たりが少し悪いのでしょうがないですが、もうちょっと明るい方が良いかもしれませんね。季節によってはジメジメしてしまって生活しづらいかもしれませんから」


 二人の言う通り、中に入った段階で気付いたことだがこの家は通常の物件よりも陽射しが入ってこず、湿気が家全体に立ち込めていた。乾燥している冬の今でさえそれを感じるのだから、湿度がより高い季節は大変なことになるだろう。湿気のせいでカビなども発生しやすくなると考えれば、お手入れも大変そうだ。


「隣の家の陰になっていますからね。

 前の方もそれが気になって引っ越されたとのことですよ」


 オレはその職員の言葉に感心してしまった。まさか自分たちが売ろうとしている物件に対してのマイナスポイントをオレたちにこうも簡単に教えてくれるとは。普通ならばそう言った情報は出来るだけ隠し通すものだと思うのだが。


「……そういった情報をオレたちに教えて良いのですか? いや、オレたちはありがたいですけど」


「良いんですよ。どうせどなたでも気付くことですから。

 それに、最初に教えていないと後から面倒臭いことになりますからね……その時のことを考えるとこれぐらい何てことないですよ」


 そう言って、彼は溜息を吐きながらどこか疲れたような目で遠くを見ていた。その姿には哀愁が漂っており、彼の今までの苦労が見て取れる。どうやら、商業ギルドは商業ギルドでなかなか大変らしい。質の悪いクレーマーに対応しなければならないのはどのギルドも一緒のようだ。程度は違えど、冒険者ギルドで苦い経験を持つオレは彼に親近感を抱いてしまう。


「それはまた大変ですね」


「いやー、まあ、いろいろとありますよね。

 お客様の意見も分からないでもないのであきらめていますよ」


 オレの口調から、彼はオレが同じ苦しみを味わったことがあることを感じ取ったのか、肩をすぼめながら物件の書類へと目を落とす。


「日当たりは悪いですが、一応この辺りは治安が良いので身の安全は保障されていると思います。周囲にも身元のちゃんとしている人が多く住んでいますのでその辺は心配不要かと」


「うーん、悪くはないけどね。

 もうちょっと部屋が大きな方が良いかもしれないわね」


「そうですね、この部屋にルナリアと二人でとなるとさすがに狭過ぎるかもしれません」


 一件目はどうやら二人のお眼鏡にはかなわなかったらしい。この家に住む未来はオレたちにはなさそうだ。


「では、次に行ってみましょうか」


 オレたちは家を出て前を歩く職員の後ろを追って次の物件がある方へと歩き出した。




「――次はここですね」


 歩き始めてから数十分後。先ほどの物件よりも少しだけ大きな建物がオレたちの前に現れる。古さは先ほどと同じくらいだろうか少し古いぐらいだろう。壁の所々に生じた隙間から草が生い茂っていた。


「ここはさっきよりも人が少ないのね」


「そうですね、先ほどの物件よりも中心地から離れているので。

 でも、そのおかげで先ほどの場所よりも静かなのでゆっくり暮らしたい方にはお勧めですよ」


 オレたちが紹介された家と隣の家との間隔は先ほどよりも広い。そのため、周囲の家とのトラブルはある程度は回避できそうだ。ステラは大人しいのでそんなことは起こらないのかもしれないが。


 職員に連れられて中へと入る。


「……うーん、ここはちょっと無しね」


「私もルナリアの意見に賛成です。

 ここだったらさっきの方が良いと思います」


 二人の意見もごもっともだろう。中に入って最初にオレたちの目に飛び込んできたのは壁に刻まれた大きな切り跡と真っ黒な染み。切り跡の方はどうにもできなかったようだが、染みの方はどうにか出来る限り手が施されたことが窺える。しかしながら、全くその成果が実っていないのだが。そんな切り跡と染みが刻まれた家。そこから導き出される答えは一つだけだった。


「もしかして、ここって事故物件ですか? 前の人がここで亡くなっていたりして……」


 オレは真相を確かめるために彼に問いかける。彼は手元の書類をパラパラとめくりながら端的に答える。


「ええ、そのようですね。資料によれば前の方は小さな商会を運営していたようですね。そしてこの家に愛人を住まわせていたとのことです。ただ、その愛人の方が商人の目を盗んで別の男をこの家に招待していたらしいですが。最終的に、そのことが商人にばれていざこざになり、このような有様になってしまったらしいですね」


 ――いや、縁起が悪すぎるだろ! そんな家にはどんなに良い物件であろうとも住みたくはない。


「私はイヤよ、こんな家で生活するの何て!」


「私もです。

 それにステラの教育にも悪いと思います!」


 オレたちは冒険者なので一般人よりも生死には近しく慣れてはいる。ただ、慣れてはいるが、だからと言ってそれを容易に連想させるような環境を好んでいると言う訳ではない。できればそういったものからかけ離れているゆったりとした空間で疲れた身体を休めたい。


 ステラもこの刻を見て絶対にここで何が起こったかに気付くだろう。今のところステラは自分の希望も言わないような子なので、どれほどステラが本心でそれを嫌がっていたとしても、オレたちがここに住むと決めれば抵抗することなく黙ってその決定に従うだろう。あのぐらいの年齢の子供は普通少しぐらい我儘を言うものだが、奴隷として教育された彼女は年齢の割には聞き分けが良すぎる。少しぐらい我儘を言ってくれた方がオレとしては安心できるというものだ。まあ、ルナリアとリーフィアと違って、オレは未だに全く会話をすることもできていないのだが……


「……とりあえず、次の物件を紹介していただいても良いですか?

 ここは無しでお願いします」


 オレは職員に次の物件を紹介するように求めた。このままここに長居してもルナリアとリーフィアのご機嫌を損なうだけだ。今も二人の眉はへの字に曲げられている。早くここから退散した方が良さそうだ。


 オレたちはそそくさと家の外に出て、新鮮な空気を腹いっぱいに吸い込んだ。




「――ここが最後の物件です」


 そう言って案内された物件は先ほどの事故物件よりも大きく、四人で住むには十分すぎる程だ。


 しかしながら、その広さは外から見てもかなり満足できる物件ではあるが、そのボロさは今まで見て来た二つの物件とは比べることが出来ない程だ。建てられた当初は真新しい木材で覆われていたと思われる壁は今は見る影もなく、長年の汚れで染め上げられており、無数の傷が刻み込まれている。


 それに加えて、今までの物件とは異なり、その立地も人通りの少ない所に建てられており、隣の家までかなりの距離がある。その離れた場所にある家も空き家だそうだ。人が住んでいる家まではかなり離れていて、周囲には空き家と空き地ばかりが広がっていて閑散としていた。そんなところにポツンと建っているため、寂れた感じが漂っている。


「……かなり古そうだけど大丈夫?

 まさかだけど、急に倒壊するなんてことはないわよね?」


「いや、さすがにそれは考えすぎだろ」


「でも、ルナリアがそう言ってしまうのもしょうがないと思いますよ。

 まだ外側しか見ていないので何とも言えないですけど、この外側から予想するに家の中も相当痛んでいるでしょうね」


「とりあえず中に入ってみよう。話はそれからだ」


 オレたちは古びた扉を開けて中へと入る。そこには広々とした居間がオレたちを持ち受けていた。簡素な造りではあるがその広さのため、いろいろな物を置くことが出来るだろう。反対に言えば、ある程度の物を置かなければ寂しさが強調されてしまう。今まで宿暮らしだったオレは極力荷物を置かないようにしていた為、この居間を彩るのにかなりの手間を有してしまうだろう。まあ、その辺は二人に任せるつもりなので問題ないのだが。


「まあ、想像していたとおりね。

 それなりに傷が多いわ」


 先ほどの物件のような血痕がないことは十分に評価することが出来る。ただ、長らく人が住んでいなかったため、直ぐにも補修しなければならない箇所がいくつかあった。


「各部屋も居間と同じぐらい痛んでいます

 まあ、それなりに広いのでゆったりできそうですが」


 部屋は四部屋あり、廊下を挟んでそれぞれ二部屋ずつ並んでいる。どの部屋も今泊まっている宿ほどの大きさがあるので問題ないだろう。壁が薄いため隣り合っている部屋の音が聞こえてしまいそうだが仕方がない。


 今のところ、オレの評価としては及第点。二件目よりも良いが一件目に訪れた物件よりかは劣るぐらいだろう。


 何かオレたちの琴線に触れるものがないかと、オレは職員にこの物件について確認する。


「ええっと、この物件の売りといたしましては浴室が備え付けられていることですかね」


「「――浴室!!」」


 それまで周囲を見渡しており、オレと彼との会話なんて聞き流しているように見えた二人が食い付いた。すごい勢いでこちらに顔を向けて近づいてくる。その顔は宝石を見つけた時のように輝き、二人の期待している様子が伝わってくる。


「それを最初に言ってよ! どこ? どこにあるの?」


「ルナリア、落ち着いて。

 でも、私も早く見たいです! 案内してください!」


 職員はそんな二人の勢いに気圧されてしまい、元いた場所から数歩後退ってしまった。


 二人はそんなことも気にせずに彼に詰め寄り、浴室の場所を案内するように促している。


 オレはそんな二人の様子に溜息を吐きながら、職員を解放するために急かす二人を宥めるというミッションに取り掛かった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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