2: 商業ギルド
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表面上は同じような組織でも、実際は全く違うという事がよくある。結局は、その組織を構成している人々がその組織の性質を決めているという事。
どんなに綺麗で立派な建物を構えていようと、そこに関わる人々が腹汚ければどうしようもない。
オレは『自由の光』をしっかりと支えることが出来ているだろうか?
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家を借りるという事を決断したオレたちは、早速良い物件を探すために商業ギルドを訪れていた。今はステラを一人宿に残してルナリアとリーフィアを伴っている。
この世界には冒険者ギルドの他にも多数のギルドが存在しており、その中の一つである商業ギルドはその名が示しているように商いに関すること全般を取り仕切っているギルドだ。商業ギルドでは冒険者ギルドと同じようにギルドカードが発行されており、そのカードを持つことによって商人として合法的に商売をすることが出来るようになる。
商業ギルドの業務の多くは商人とのやり取りが基本的だが、ギルドカードを発行されていない一般人に対して物件の紹介も行っている。商業ギルドを介さずとも物件を借りることは出来るのだが、そういった場合では貸し出す側と個人的に知り合わなければならないし、物件の数も限られてしまう。
そもそも、ギルドに貸し出したい物件を登録しておく方が圧倒的に借りられる確率は上がるのだが、それしようとしない時点で何らかの問題点があるのは明らかなので、よっぽどのことがない限りは遠慮していた方が良いだろう。
そういった理由で、ギルドに紹介してもらう代わりに手数料が上乗せされてしまうが、幾ばくかのお金で安心と安全を買うことが出来るのならば安いものだ。
オレは空いている受付へと向かう。そこには五十代ぐらいの男性が座っており、手元の書類を精査しながらペンで所々に書き込んでいた。
「……商業ギルドでは冒険者ギルドとは違って受付は男もするものなんだな。
受付に男が座っていると新鮮だ」
冒険者ギルドでは圧倒的多数の男性冒険者を相手するという性質上、事を迅速に運びやすいように受付は女性であるという事が普通だ。忙しい時などはさすがに男の職員が受付業務を行うこともあるが、その機会も一年に一度見ることが出来れば良いほど稀である。
男とはいかに単純な生き物だという事が分かり、少々呆れてしまうがそれで円滑に回っているのだから社会とはそういうものだと思って割り切るしかない。かくいうオレもセレナさんに初めて会ったときは鼻の下を伸ばしてしまったので同類なのだが。
そんな冒険者ギルドとは異なり、ここ商業ギルドを利用する者は血の気の多い冒険者のような男ばかりではない。いや、商人は女性よりも男の方が多いのは事実だが、それでも表面上は冒険者よりも理性的な男が多い。
そう言った事情から、商業ギルドでは受付を女性だけに限定する必要がなく、オレの目の前に座っている男でも十分に努めることが出来るという訳である。
因みにだが、商業ギルドも冒険者ギルドと同じように世界中に組織されているのだが、世間からはそれほど人気ではない。やはり、主な取引相手が商人であるため子供から尊敬されないのかもしれない。そのため、冒険者ギルドと比べて商業ギルドに就職することはそれほど難関ではない。それでも、それ相応の幅広い知識や高い計算力などが必要とされるので十分狭き門なのだが。
「あっ、こんにちは、本日はどういったご用件で?」
オレの呟きが聞こえたのか、書類と睨めっこしていたその職員は書類から顔を上げて笑顔で応対し始める。この切り替えはさすがの一言に尽きる。
「家を借りようと考えていまして、良さそうな物件を紹介していただきたいのですが」
「物件ですね、かしこまりました。
今資料をお持ちいたしますので少々お待ちください」
そう言ってその職員は席を立ち、書類が並べられている奥の方へと向かった。
オレは戻ってくるのを待っている間、書類が積み上げられている机が規則的に並べられ、多くの職員たちが仕事に勤しんでいるその空間に目を向ける。建物自体に関しては冒険者ギルドとさほど大きな違いはない。
しかしながら、その場に漂う空気は圧倒的に冒険者ギルドよりも快適なものだ。それもそのはず、冒険者ギルドでは薬草やモンスターの死骸などの独特な匂いを発するものが数多く持ち込まれる。その中には鼻を覆いたくなるようなものも当然あり、その臭いがどうしてもギルド全体に広がってしまう。冒険者ギルドとしても対策を講じてはいるものの、完全にその臭いを防ぐことはできず、結果として微かに不快な臭いが漂う空間となってしまっている。
それに比べて、商業ギルドはそのような不快な臭いではなく紙とインクの香りが漂っていた。職場環境としては商業ギルドの方が圧倒的に良い状態だ。
「……同じギルドでも種類が違うだけでここまで違うとは」
冒険者ギルドで働いていた当時では気付かなかったが、辞職してその環境から離れた今、改めて当時の環境が最悪だったことを再認識した。まあ、当時はあまりにも人間関係的に虐げられていたし、モンスターの解体も全面的にやらされていたので、ちょっとやそっとの臭いなんて気に留めることがなかっただけだが。
そんなオレが今や奴隷を所有して王都で家を借りようとしているなんて、人生は何があるか分からない。
隣のルナリアとリーフィアも物珍しいのか、ギルドの中をゆっくりと見渡している。二人も商業ギルドを訪れたのは今日が初めてだと言っていたし、ギルドで不快な臭いが漂っていないのが新鮮なのかもしれない。
オレたちがそれぞれ時間を潰していると、奥から大量の書類を小脇に抱えた職員が戻ってきた。
「お待たせいたしました。色々な物件をお持ちいたしましたのでご希望に沿うものが見つかると思います。
では、まずはいろいろとご希望を聞いていきましょうか。それをお聞きして最適な物件をご提案させていただきますね。どのくらいの広さをご希望ですか?」
「そうですね、四人で暮らす予定なのでそれに耐えうる大きさが欲しいです」
「なるほど、かしこまりました。
では、部屋も四部屋以上あった方がよろしいですか? そうなるとかなり金額的に上がってしまいますが」
「出来れば欲しいところですけど、絶対じゃないです」
「ねえ、アレン、私とリーフィアは一緒の部屋でも問題ないけれど、ステラは一人用の部屋が必要になるんじゃない? 今はいらないかもしれないけれど、今後絶対に必要になってくると思うのだけど」
ルナリアの指摘はごもっともだ。確かに、今はオレ用とオレ以外の三人用の二部屋でも良いだろうが、ステラが成長した時には彼女専用の部屋が必要になってくる。ルナリアとリーフィアはオレと暮らす以前も一緒の部屋に暮らしていたという事を考えると、一緒の部屋でもさほど問題ないだろう。そうなると三部屋は最低必要になってくる。
「かしこまりました。最低三部屋ですね。
場所はどの辺りが良いですか? 具体的ではなくても『こういう場所が良い』とかありましたら教えていただきたいのですが」
「これと言って特にこだわりはないのですが、出来るだけ治安の良い場所が良いです」
「私もアレンさんの意見の同意ですね。ステラはまだ小さいのでなるべく安全な場所が最適でしょう」
スレイブ王国で忌み嫌われているハーフエルフであるステラを、何の変装もさせることなく一人で家の外に出す予定は今のところない。出歩く際はハーフエルフと悟られることが無いような状態でオレたちと一緒にという事になるだろう。そう考えれば、治安はそこまで重視しなくても良いのかもしれない。いや、悪いよりは良いことに越したことはないのだが。
それでも、スレイブ王国中の闇が渦巻くこの王都においては何があるか分からない。家の中にいても何者かによって襲われることがあるかもしれないし、そもそも、注意しなくてはならないのはステラだけではない。身近過ぎて忘れてしまいがちだが、ルナリアとリーフィアもかなり魅力的な存在だ。それこそ、力づくでもどうにかしたいと思う者もいるだろう。そう思う野蛮な者の割合は治安が悪い場所に行けば行くほど多くなる。
二人とも冒険者としてある程度の修羅場をくぐり抜けてきたので、そう簡単にはそういう相手に後れを取ることはないだろうが、二人とも四六時中警戒をし続けるという事は不可能だし、それこそオレたちが想像だにしない奇天烈な手段を用いてくるかもしれない。まだまだ若手冒険者であるオレたちが立ち向かうことが出来る程、この王都の暗部は甘くない。
「なるほど、女性連れですからね。
最後に金額ですがどのくらいを想定されていますか?」
この質問がオレたちにとっては一番重要なものであり、一番の悩みどころでもあった。冒険者という職業上、どうしても一定の収入を得ることが出来るとは保証されていない。受ける依頼にもよるし、依頼途中に運よく遭遇するモンスターや薬草の数によっても収入は上下する。加えて、『回復のポーション』や装備などの冒険者として活動する上で絶対に必要となるものに充てる費用も残さなければならない。
「……費用はこれぐらいだとありがたいのですが」
恐る恐る提示した額を見て、その職員は一瞬だけ眉をひそめた。どうやら、彼が思っていたよりも提示された額が低かったらしい。
「そのぐらいの費用となるとなかなか難しいですね。いえ、出来る限りの所は探してみますが……あまり良い物件はご紹介できないかもしれないですよ?」
「……そうですよね」
最初から分かってはいたことだけど、「商業ギルドでならもしかしたら」というオレの現実逃避気味の甘い考えは通じないようだ。
「まあ、しょうがないんじゃない? 何て言ったってここは王都なんだし、多少のことは目を瞑らないと物件何て見つかりっこないわよ」
「アレンさん、最初から良い物件何て借りることが出来ないと思いますよ。
私たちはまだまだ若いんですからこれからもっと頑張って、徐々に希望通りの所に住みましょう。そっちの方がこれからの目標もできて面白いです!」
二人に励まされながらオレは職員の方に視線を向ける。
「分かりました。
今の条件に出来るだけ合う物件を紹介していただけますか?」
「かしこまりました。
では、まずはこちらの物件ですが……」
オレたちはその職員が提示した書類に目を落としながら、その物件の説明を注意深く聞き始めた。
更新が遅れてしまい申し訳ないです。




