1: 家への渇望
第四章スタートです。
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『家』と言われて何を思い浮かべるだろうか?
勝ち組のステータス? お金の無駄遣い? それとも、ただの建造物? まあ、いろいろあると思う。
オレにとっての『家』は何事も心配せずに全てを曝け出せる場所。体裁を取り繕うことなく本当の自分を解放することが出来る癒しの空間。
それは絵空事かもしれないが、その理想に向けて頑張るのも悪くないと思う。
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季節は流れ、もうすぐ冬本番が訪れようとしている。この頃は部屋の中にいても寒さを感じてしまい、いつ何時も毛布が離せない。部屋の外では息が真っ白になって空へと霧散していく。
オレにとって王都に来て初めての冬なのでどこかワクワクした感情が湧き上がってくるのだが、そんなことよりも今のオレには大切なことがあった。それは迅速に対応しなければならない問題であって、早く解決しなければオレの身体に影響が出てしまう。
オレはルナリアとリーフィアの前に陣取り、深刻そうな面持ちで腕を組んで佇んでいた。
いつも以上に真剣なオレの姿を見て、二人とも喉を鳴らして緊張した様子でオレから発せられる言葉を待っている。ステラも身を強張らせてこちらの様子を窺っている。そんな張り詰めた雰囲気が部屋全体を支配していた。
「――家を借りよう!」
オレの言葉が重たい空気を切り裂く。
「「……」」
「家を借りよう!」
以前もこのような空気になったことがあることを思い出した。みんなオレの言葉がちゃんと聞こえているだろうに返事がない。
「……またこの流れ?」
オレが二人からの反応を貰うためにもう一度口を開こうとする前に、ルナリアが呆れたようにつぶやいた。
「……アレンさんって突然ですよね」
た、確かに、オレが二人に何かしらの提案をするのは突然のことが多い。ただ、言い訳をさせて欲しい。二人に提案する前にオレは独りでいろいろと考えており、その考えがまとまってから二人に相談するので、どうしても二人からは突拍子無くみられてしまうというだけだ。
「いや、その前に相談してくれたら良いじゃない」
「そうですよ、せっかくのパーティーなんですから悩みは共有するべきでは?」
「……ごもっともだけど、オレにもいろいろとあるんだよ。
二人もオレには知られたくないことぐらいあるだろ?」
「「……まあ」」
思い当たる節があるのか二人はオレの言葉にしぶしぶではあるが納得してくれた。
「それに、どこか新しい所に引っ越すという事は前から話していたことだろ?
そろそろ実行に移すべきことだと思うんだよ。さすがに真冬に床で寝るのはつらいからな」
「それはアレンの言うとおりね」
「そうだろ。新しい寝床を探すなら冬本番になる前の今の時期しかないと思うんだ」
オレの言葉に二人は黙ったまま頷く。
「幸いにも、最近は二人で依頼を受けるのにも慣れてそれなりに稼げているだろ?
だから、豪邸は無理でも四人で住むことが出来るぐらいのこぢんまりとした家なら、借りることが出来ると思うんだ」
「アレンさんの言い分は十分わかりましたけど、どうして家なんですか? 別にここよりも広い宿を借りるのでも良いと思うんですが」
「そうね、リーフィアの言う通りだわ。
それに一部屋にこだわらなくても二部屋借りれば良いんじゃない? 一方に私とリーフィア、ステラの三人が住んで、もう一方にアレンが一人で住めばいろいろと解決するでしょ?」
「何て言ってもここはスレイブ王国の王都ですからね。家を借りるとなるとそれなりのお金が必要になってしまいます。余裕があると言っても節約できるならば出来る限り節約していた方が、もしもの時のためにもなると思うのですが……」
どうやら二人ともここから引っ越すことには賛成のようだが、家を借りることには後ろ向きのようだ。確かに、ここ王都で家を借りるとなると確実に宿代より高くなるだろう。今後のことを考えるならば無駄遣いせずに貯めておく方が得策なのは間違いない。
ただ、この話題を持ち出した時点で、オレは二人がそう言ってくることを予想していた。そのため、オレは特段に慌てることなく返答するべき言葉が頭に浮かんでくる。それは屁理屈やオレの我儘でもなく、二人を完全に納得させることが出来る理由であった。
「オレもそれは考えた。
ただ、家じゃなきゃダメなんだ。以前のように三人組のオレたちだったならそれでも良いだろうけど、今のオレたちにはステラがいる」
そう言って、オレはステラの方に視線を向ける。ステラは突然会話に名前を出されたことに驚き、オレの視線を避けるように布団をかぶる。
「……ステラが理由なの?」
「ああ、ステラのことを考えると家を借りるのが最善だと思う」
「それはどうしてですか? 今のところはこれと言って目立った問題は発生していないと思うのですが」
リーフィアが怯えた様子のステラの傍に寄り添い、優しくあやす様にステラの頭をなでる。ステラはそれによって落ち着きを取り戻したのか、布団を下げてリーフィアに抵抗することなく静かに受け入れていた。心なしかその瞳に微かに喜びの感情が映し出されている。順調にステラとの距離が近づいているようでなによりだ。
「今後、ステラの体調が回復して十分に動くことが出来るようになった時に、狭い部屋でずっと待たせるのは健康にも悪いと思うんだ」
オレはリーフィアに目配せをして、ステラにオレたちの会話が聞こえないように耳を優しく塞いでもらう。これから話す内容はステラが聞かなくても良い内容だし、聞いたところで嫌な気持になるだけだ。そんな思いをこの子にさせる訳にはいかない。故意にそうすることは主人失格だろう。
耳を塞がれてしまったステラは不安そうにリーフィアの顔を見上げる。そんなステラに対して、リーフィアは「何も心配ないよ」というような柔らかな表情で微笑みかけてステラを安心させる。少しの間、ステラはリーフィアの顔を見つめていたが、何かを悟ったのか顔を戻してリーフィアにその身を預けた。
リーフィアはオレの方へと視線を向けて続きを促す。
「かと言って、ステラを部屋の外に出すのは危険だと思う。オレや二人のようにステラに対して偏見を抱いていない人しかいなければ問題ないけれど、スレイブ王国ではそうじゃないだろ? 宿の中であろうと店員や他の宿泊客の目がどうしてもあるから何があるか分からない。確実に、ステラにとって悪い影響があると思うし、もしかしたら実際に何かされるかもしれない。それを回避するためにはステラに常に変装をさせる必要があるけど、それはそれで息苦しすぎるだろ?」
「……なるほどね、だから家を借りるのね」
「ああ、家を借りてしまえば、家の中だけでは変装なんてせずにそのままの姿でいることが出来るだろ? そうすれば確実に今よりもステラが安心して行動できる範囲が広くなると思うんだ。
家の外はどっちにしても無理だとしても、少しでもその範囲が広がるならちょっとの出費ぐらい安いものだろう」
これはオレの偽らざる本心だった。ステラという存在を迎えたオレたちにとって、今最も重視するべきはステラの事であり、ステラを中心に様々なことを考えるべきである。そうなれば、今後ステラが健全にすくすくと成長するために策を講じる必要があった。
「……ステラの世話を私たちに押し付けてばかりだと思っていたけど、アレンもちゃんとステラのご主人様らしくなってきたわね」
「そうですよね、私も安心しました。
なるべくステラとは関わらないようにしていたのでちょっと心配していたんですよ」
「……」
「このまま私たちがステラの主人になるんじゃないかと思っていたわ」
「まあ、それでも全然かまわないんですけどね」
「……」
二人のオレに対する評価が想像以上に悪い。いや、確かにステラに極力関わろうとしなかったオレも悪いのだが、それはステラを刺激しないためだし、オレだって出来ることならステラに怯えられることなく会話をしたいと思っている。
ただ、オレには二人のようなコミュニケーション能力は無いのだからしょうがないじゃないか! だから二人に任せたんだし!
「……まあ、オレのことは良いじゃないか。
それでオレの考えは分かってもらえたと思うけど、どうだ? 賛成してくれるか?」
オレはバツの悪さを払拭するために、オレへとそれていた話題を元に戻す。
二人に尋ねてはみたものの、二人がオレの意見に反対するという事は考えていなかったし、それはオレが説明している間の二人の表情からも明らかだった。
「そんなの賛成に決まっているでしょ!」
「ステラのためには妥協はしませんよ!」
イスから立ち上がりこぶしを固く握り締めるルナリアと、両手が塞がっているためルナリアのようにはできないが、表情でその意欲を伝えてくれているリーフィア。
そんな雰囲気の中、今なされていた話題の当事者であるステラは、リーフィアによって耳を塞がれているためオレたちが何を話しているかが理解できず、ただリーフィアにその身を静かに預けて、その柔らかさと温かさを堪能していた。
読んでいただき、ありがとうございました。




