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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第一章 社畜、辞職する
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6: 旅立ち

 ――朝。


 オレは目を覚ました。どうやら、今日はいつもよりゆっくり寝ていたみたいだ。なんせ、目を開けた時に部屋の状況が鮮明にわかるくらいに周囲が明るい。それに、表ではもうすでに人々が行動を開始しているのだろう。たくさんの人の気配がする。


 昨日までなら、もしこんな時間まで寝ていたら、ベッドから飛び起きて慌てて身支度をし、ギルドまで全速力で走って向かっていただろうに。まあ、どれだけ急いでも他の奴らから揶揄われ、あのブタからは減給を通達されるのは変わらないだろうが。


 そんな生活とは打って変わって、こんなに遅くまで寝ていても怒られないなんて……最高だな。


 オレは新鮮な朝を感じながら、身支度を手早く済ませると部屋を出て食堂へと向かった。


 食堂は空いており、食事中の宿泊客はほとんどいない。みんなもうすでに食事を終えて、仕事に向かったのだろう。オレは厨房で片づけをしているマーサさんの下へと向かう。マーサさんもオレに気付き、優しく微笑んでくれている。


「おはよう、今日はずいぶんとゆっくりだね。

 体調も良さそうじゃないかい」


「おはよう、マーサさん。

 久しぶりにこんなに寝ることできました。そのおかげで体調はめちゃくちゃ良いですよ。やっぱり睡眠は大切ですね」


 オレは朝食を注文して空いている席に座る。今日の朝は新鮮な野菜をパンで挟んだものらしい。この朝食も今までオレが食べたことがないものだが、マーサさんが朝に手渡してくれていたものをもっと豪華にしたものらしい。あれでさえ頬が落ちるほどおいしかったのだから、それ以上のものを食べた時にどうなってしまうのだろうか。


 しばらくすると、マーサさんが朝食をオレの席へ持ってきてくれた。


「はいよ、ゆっくり食べるんだよ」


「わかっていますよ。子供じゃないんだから」


 今日もマーサさんの作るご飯はおいしい。野菜のシャキシャキ感とパンのモチモチ感が相まって、絶妙な一品に仕上がっている。朝からこんなにうまいものが食べられるとは、今日は良いことがありそうだ。これはそんな気持ちにさせてくれる。


 オレが朝食を堪能していると、マーサさんが向かいの席に座り、オレの今後のことについて切り出してきた。


「それで、ギルドを辞めちまったそうだけど、これからどうするんだい?

 何かしたいことは見つかったのかい?」


 オレは口にまだ残っているパンを飲み込みながら、マーサさんの顔を真っ直ぐに見る。


「オレ、冒険者になろうと思います」


 その返答が意外なことであったのだろう、マーサさんはすごく驚いていた。それもそうだろう。冒険者は今までオレが媚びへつらってきた存在であり、オレをあのような境遇に追いやっていた原因の一つだ。まさか、そのような存在にオレ自らなろうとするとは考えもしなかったのだろう。それに、冒険者になるにはもう一度ギルドを訪れ、冒険者登録をしなければいけない。いやな思い出しかないギルドにもう一度自分の意志で近づこうとは。


「あんた……大丈夫かい? もっとゆっくり考えた方が良いんじゃないかい?

 もっと色々な職が探せばあるんだよ?」


 マーサさんはオレを心配してくれている。やっぱりこの人は優しい人だ。冒険者になることによって生じるオレへのデメリットを考えてくれているのだろう。オレがこれ以上傷つかないように、今度こそ幸せな生活を送ることが出来るように。


 ただ、オレはもうすでに決断したんだ。『自由』を追い求める。それには他のどんな職業よりも冒険者が最善だと思う。自分がしたい仕事を受け、自分がしたいようにする。そんな職業は冒険者の他にはそうそうないだろう。どんな職業も上司からの命令によって働かされて使われる。そこにはオレが追い求める姿はない。


「心配してくれて、ありがとう。

 でも、オレは決めたんです。冒険者になって自由に生きてみたいんです」


「登録はどうするんだい?

 またあそこに行くのかい?」


 このことは昨日も考えたことだ。確かに、冒険者登録にはギルドに行く必要があり、そこでギルドカードを発行してもらわなければ冒険者にはなることは出来ない。そんなことはこの世界の住人なら子供でも知っていることだ。


 ただ、別にこの町で登録しなければいけないわけではない。ギルドはこの世界の至る所に存在する。ここスレイブ王国内にはもちろんのこと、他の国にもギルドは存在する。だったら、この町から離れて別の町で登録すればいい。嫌な思い出の多いこの町に縛られている必要はない。


「マーサさん、オレこの町を離れようと思います。

 他の町で冒険者登録して、世界中を見て回るのも良いかもしれません」


「……そうかい。

 じゃあ、いつ頃出発するんだい?」


 マーサさんはその答えを予想していたのだろうか。さほど驚いた様子もない。


「いろいろと旅の準備もしたいので、十日後ぐらいですかね。

 マーサさん、急な報告になっちゃってごめん……」


「いや、いいよ。あんたの人生だ、あんたの好きなように生きな。

 ただ、時々連絡は欲しいけどね」


「わかりました。

 定期的に連絡しますね」


 その後、オレはマーサさんに見守られながら、絶品の朝食をゆっくりと味わう。オレが本当に美味しそうに食べているせいか、マーサさんは嬉しそうに口角を少し上げている。そんな和やかな朝が過ぎていった。




 ――十日後。


 旅の準備は思ったより大変だった。それもそうだろう。オレは旅をしたこともなければ、この町からろくに出たこともない。そのため、旅立つのに何が必要なのかわからなかった。それでも、マーサさんに必要になりそうなものを聞き、何とか準備することができた。ただ、それらを準備するのに大分時間がかかってしまい、十日なんてあっという間に過ぎてしまった。そして今日、ついに旅立ちの日が訪れた。


 オレはいつものベッドで目を覚ます。今日でこの感触ともお別れとは。このベッドとも長い付き合いだったな。そう考えると、自然と目頭が熱くなる。


 身支度を済ませて、マーサさんの下へと向かう。今日もマーサさんは厨房にいた。


「おはよう、マーサさん」


「おはよう、アレン」


 マーサさんは今日も変わらないように見える。その変わらなさがオレにはどこかうれしく、しかし、どこか悲しく感じられた。


 ――あぁ、今日でこの人ともお別れなのか。しばらく会うことはできないだろうな。


「出発するんだね」


 マーサさんはオレの所に朝食を持ってきて、向かいの席に座る。その後も、オレが食べ終えるまで言葉を発さず、ただ、オレがおいしそうに食べている様子を見つめていた。


「マーサさん、ごちそうさま。

 じゃあ、オレ、そろそろ行くよ……」


「町の門まで送っていくよ。

 宿はそれまで閉めとくから」


 オレたちは町の門へと向かいながら、これからについて話し合った。


「これから、どこに行くんだい?」


「とりあえず、王都に行ってみようと思います。

 王都ならここにはない、いろいろなことがあると思うので。

 だから、王都に行っていろいろ経験してみたい」


「そうかい……達者でやるんだよ」


 そうこうしていると門が見えてきた。もうすぐお別れだ。オレがこの町で頑張れたのも、全てはこの人のおかげだ。この人がいなかったら、オレはこうして旅立つこともできなかったかもしれない。


 オレの目からは自然と涙がとめどなくあふれてくる。


「なに泣いてるんだい、アレン。今日はあんたの門出の日だよ。そんな日に涙はふさわしくないよ。

 そうだろ、だから、笑いな」


 マーサさんの声は明らかにかすれていた。そのことに気付き、オレはマーサさんの方を見る。やっぱりな……マーサさんこそ泣いてるじゃないか。


 オレはマーサさんを抱きしめながら、今までのお礼を言う。そうすると、マーサさんはもっと泣き出してしまった。オレたち二人から流れ落ちた涙が乾いた大地に跡を作り出していく。


 名残惜しいが、この辺でお別れだ。これ以上ここに留まると、ここから旅立てなくなる。


「じゃあ、マーサさん、オレ行ってきます」


「アレン、頑張るんだよ」


「はい」


 オレは町を出る手続きを済ませ、マーサさんに見送られながら、王都へと向けて一歩踏み出した。その一歩は人から見れば小さかったかもしれない。ただ、オレにとってはとても大きく、意味のある前進であった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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