幕間 リーフィアとステラ
遅れてしまい申し訳ございません。
アレンさんとルナリアが依頼を受けるためにギルドへと向かった。今日は私が独りで留守番をして、さっき起きたハーフエルフのこの子の世話を担当する日。
「……」
ルナリアのおかげで賑やかだったこの部屋も今や私とこの子だけとなり、静けさが広がっていた。
「さっきも言ったと思うけど、私はリーフィア。今日は私があなたの世話をすることになっているの。何かして欲しい事だったり、したい事があったりしたらすぐに言ってね。出来る限りのことはするから」
私はいつもはアレンさんが使っているベッドに横たわるその少女に呼びかける。警戒心を少しでも解いてくれるように、出来るだけ優しく聞こえる口調と安心感を与えるような温かな笑みも忘れない。
「……」
ただ、残念なことに効果はなかったみたい。むしろ、少女は布団を目の下近くまでたくし上げて、その年齢にしてはすごく濁り深夜のように暗い瞳だけをのぞかせている。その目には私に対する恐怖や警戒、敵対心など、こんな幼い子には似つかわしくない感情が明確に見て取れた。
仲良くなりたいと思っている子にそのような態度を取られてしまうことは本当に残念で軽くショックを受けてしまったが、この子の今までのことを考えるとそれも仕方のない事だろう。いや、それが必然であると言っても過言ではないだろうし、ある程度成長した今の私でさえこの子のような生活を強いられたのなら、人間という存在が信用できなくなってしまい、その心を閉ざしてしまうだろう。全ての者が自分に何かしらの責苦を与える存在であり、他者という存在からは決して幸福を受け取ることはできないと認識してしまう。
こんな状態にまでこの少女を追い込んだあの悪魔のような奴隷商に対して、ふつふつと怒りが込み上げてくるが、今更どうしようもない。それに、この国ではあの奴隷商の行動の方が普通だ。奴隷は酷使されて当たり前であり、それが世間から嫌われたハーフエルフならば尚更だ。その命は路傍に転がる石と同然で、意識されることもない。
そう考えれば、あの悪魔がこの少女に対してあんな道の真ん中で暴虐の限りを尽くしていたのは僥倖だったのかもしれない。なぜなら、アレンさんという主人に出合えたのだから。アレンさんならばこの少女に酷いことはしないだろう。この子に選択権はなかったとはいえ、現時点で考えうる最高の環境がこの少女に与えられたと思う。
「……とりあえず、身体を綺麗にしなくちゃね」
私は『魔法の鞄』から清潔な布を取り出して、あらかじめ用意していた桶に入った水に浸す。この頃は寒くなってきたので水よりもお湯の方が良いのかもしれないが、あいにく今すぐにはお湯を準備することはできないし、それに出来るだけ早く綺麗にしてあげた方がこの少女の為だろう。
本当ならば温泉に入れて温かさで包み込んであげたいのだが……いつかこの少女と一緒にグレイ村を訪れて体験させてあげたい。王都からかなり離れたあの村ならば王都ほど毒されていないだろうから、このハーフエルフの少女を受け入れてくれるかもしれない。
「今からあなたの身体を拭こうと思うの。少し冷たいけど我慢してね」
私はきつく絞った布を片手にベッドへと近づく。
「……」
少女は今からなされる行為に気付き、無言のままベッドの上で後退る。その身体は小刻みに震え、ただでさえ栄養不足で血の気のなかった顔はより一層蒼白になってしまっていた。これ以上この少女を刺激しないためにも、手に持っている濡れた布を渡して自分で身体を拭いてもらうという手もあるが、背中を綺麗には拭くことが出来ないだろうし、そもそも、今さっき起きたばかりなので腕に十分な力が入らず、その柔肌にこびり付いた汚れを落とすことはできないだろう。それならば、私が優しく拭いてあげた方が良いと思う。幸いにも私たちは同性なので性別による忌避感というものはないと思う。もしアレンさんだったらかなり危ない絵面になってしまうが、私だったらその心配もない。
私は少女の心情を意図的に無視して止まることなく更に近づく。ゆっくりと小股で歩き、出来るだけ少女を怖がらせないように。
「……いや……来ないで」
私が数歩近づいた時、少女が声を絞り出す。少女が初めて発した言葉はあまりにも弱々しく、静かな部屋の中でさえ聞き逃してしまうかと思うほど消え入るようなものだった。
しかしながら、そのか細く絞り出された言葉には彼女の確固たる意志が込められていた。
――私がこれ以上近づくことに対する拒絶、私に体を触られることに対する拒絶、私という存在が関わることへの拒絶。
私への明確なる様々な拒絶がその短い言葉を通じて伝わってくる。初めて示された少女の感情に圧倒されてしまい、少しの間だけだが私は自然と足が止まってしまっていた。
そのような状況にまで追いやられてしまっている少女に対して、私の頭の中では様々な感情が浮かんできた。しかしながら、私はその浮かんできた感情を押し殺して排除する。この少女に同情することを止めて歩みを再開する。
私は同情というものがあまり好きではないし、この少女に向けるのは不適切だと思う。世間一般的に同情と言われる行為は、ただ相手の境遇を自分の中で勝手に悲しみや憐れみの欠片で脚色し、勝手にその脚色された偽りのものに思いをはせるだけ。そんな独りよがりの行為に何の意味があるのだろう。この少女の心がそんなことで救われるとは思えない。
それに同情することは簡単だ。誰にでも出来る行為だし、それこそこの少女よりも幼い子供でさえできるだろう。ただ、簡単だからゆえに時には鋭利な刃物のように真っ直ぐに心に突き刺さり、ズタズタに切り裂いてしまう。
私はこの少女ではないし、この少女の今までの生活を全く知らない。もしこの少女が心を開き、経験してきた数多もの苦しみを私に語ってくれたとしても、私はそれを想像することしかできない。どんなに仲が良かろうと、どんなに血の繋がりがあろうと所詮は他者でしかない。
そんな相手に同情の目を向けられて傷つかないでいられるだろうか?
……私には無理だ。私だったら己の全てを否定された気持ちになってしまい、より一層心を閉ざしてしまうだろう。
「なぜそんな目を向けるの?」
「私はそんなに惨めに見えるの?」
「私はあなたにとって何なの?」
そんな感情が心の中に渦巻いてしまう。
だから、私は簡単に同情なんてしない。一緒に重苦を経験してきた仲間ならいざ知らず、まだ出会って間もない名前すら知らないこの少女に、同情という言葉だけだと美徳に見えるような甘い毒を向けたりはしない。薄情だと思われるかもしれないがこればかりは曲げることが出来ない私の意思。
今、私にできる唯一のことは同情ではなく、この少女を温かく見守り包み込む優しさだけ。生まれてきたことを全肯定してあげる深い愛情を持って接することがこの少女には必要なものだ。
「ごめんね……だけど、身体を綺麗にしないと病気になるかもしれないでしょ? だから、拭かせてね」
「……」
私は優しく諭すように語り掛ける。少女からの返答はなかったが、私は別に返答を待ってはいなかった。返答がどうであれ、私がやるべきことは変わらない。服を脱がせて身体を拭く。今、私がやるべきことはそれだけだ。例え、嫌われたとしても憎まれたとしても、少女のこれからを考えると私の選択が最良なのだ。
「すぐ終わるから、ジッとしていてね」
少女が寒さで体を冷やさないように、出来るだけ手早く服を脱がして身体を拭いていく。少し強引になってしまい申し訳ないが、今はしょうがない。
最初の内、少女は私の手を避けるために身を捩ったり、私の手を押し戻そうとしたりしていたけど、抵抗というにはあまりにも虚弱で、全く力が込められていなかった。最終的には全て無意味だと気付き観念したのか、今は大人しく私に身体を拭かれている。
私は身体を丁寧に拭いていきながら、少女の身体の状態を観察する。治療の際にアレンさんが確認していたが、異性という事もあり見落としているかもしれない。
事細かに確認しても真新しい傷は見当たらなかった。『回復のポーション』のおかげで治療可能な傷は全て元通りになっている。
ただ、間近で少女の身体を見たことにより、その身体中に刻まれた傷跡を鮮明に視覚することが出来てしまった。一つの傷跡から目を背けようと身体の他の部分に視線を向けても、そこにも同様の傷跡が刻まれている。幸いにも、痛みは無いようなので四六時中苦しまなくても良さそうだ。
「もうすぐ終わるからね」
「……」
ただ黙って作業しても良いのだが、それでは少女を怖がらせると思い、間を埋めるように語り掛ける。ここである程度コミュニケーションを図るのに慣れていれば、今後の私たちの活動もやりやすくなるだろう。
「あなたの名前は何て言うの?
私たちはこれから家族になるのだから教えて欲しいのだけど……」
私は会話の流れで一番知りたいことを尋ねてみた。まだ完全には心を開いてはいないけれども、身体を拭かせてくれているので教えてくれるという確信があった。
「…………ステラ…………」
長い沈黙の末、少女から三文字の言葉が発せられた。その言葉は短いが、少女にとっては最も意味のある言葉。
「ステラ、ステラね。
教えてくれてありがとう、ステラ。素敵な名前ね!」
「……」
私はステラが返答してくれたことに喜びを感じつつ、ステラの身体を拭き終わり、用意していた清潔な服を着せていった。
ストックが無くなってしまった為、毎日投稿ができなくなりました。
今後の詳細は活動報告に記載していますので、ご確認ください。




