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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第三章 社畜、奴隷を買う
54/183

28: 小さな進展

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 口に出さなくても良いことを、つい出してしまうことがある。一旦発せられたその言葉は決して取り消すことが出来ずに四方八方へと拡散していき、オレが意図していなくても他者の心に深く刻み込まれてしまう。

 その失態に気付き、どうにかしてその過ちを取り消そうとしても後の祭り。もうどうすることもできない。

 聞くところによると、子供はそんな言葉を忘れることなく、いつまでも覚えているらしい。これからは特に気を付けなければ。


///




「――初めてにしては上出来じゃないか? 無事に全ての依頼を達成することが出来たし、怪我もなく帰ってこられた」


 夕日がもうすぐ完全に沈む頃、オレとルナリアは依頼を終えてギルドへと向かっていた。


 オークとの戦闘を危なげなくこなし、今オレたちの『魔法の鞄』には解体されたオークの死体が五体収納されている。この死体はギルドに渡すため、オレたちが食べることが出来ない。ただ、オークとの戦闘中も解体中もオークの肉の味が頭にチラリと浮かんできてしまい、強烈に食欲を刺激していた。ルナリアもオレと同じだったようで、今日の晩御飯の献立は異論無しでオークの肉で決まりだった。


 今回の目的の一つであった二人で行動するときの役割の確認も完璧で、今後も違和感なくモンスターの討伐を行うことが出来ると思う。あとは今回確認し合った動きの練度を高めていくだけで、これも依頼をこなしていく内に徐々に細かい点を改善していくことが出来るだろう。


「ねえ、アレン、やっぱりあの子はあっさりとした食べ物の方が良いわよね? でもそうなると一人だけ違ったものでかわいそうよね……オークの肉を使った料理ってどうしてもこってりしたものが多いから……何か良さそうな物が売っていないのかしら」


 オレの前を行くルナリアは今日の依頼による疲れを感じさせない軽やかな足取りで、この後に買って帰る料理について頭を悩ませていた。


「栄養があるものが良いだろうな。オレとしては早くあの細い身体を標準の体型にまで戻してあげたいからな」


「そうね、さすがにあの体型は見るに堪えないもの……」


 ルナリアも少女の悲惨な姿を思い出したのか、暗い口調で呟く。オレとしてはあのぐらいの年齢の女の子にとって、どのくらいの体型が標準的とされるのかなんて知りもしないが、ただ、あの少女が酷くやせ細っているという事だけは分かる。


「せっかくなら喜ぶものを買ってあげたいけど、何が好きかとかも聞けなかったからな」


 オレたち二人の間に流れていた重苦しい雰囲気を払拭するために、話題を変える。ルナリアにもオレの意図が伝わったのか、明るい口調でオレの話題の乗ってきてくれる。


「その辺はリーフィアがきっと上手くやってくれているはずよ」


「そうだと良いんだけどな……まあ、なるようになるか」


 そうこうしていると、オレたちはギルドへと到着していた。セレナさんの様子は少しでも良くなっているだろうか? それともまだ引きずっているのだろうか? オレはドキドキしながら数多くの冒険者たちで活気づいているギルドの中へと足を進めた。




「――これだけ買っていれば満腹になるでしょうね」


 ギルドからの帰り道、オレたちは屋台で今日の晩御飯を買い込んでリーフィアと少女の待つ宿へと向かっていた。


 最近、晩御飯はほとんど外で済ましていたので、宿で食べるのは久しぶりだ。まあ、自分たちで作ったわけではないので同じと言われれば同じかもしれないが、周囲の目線を気にする必要のない落ち着いた場所で食べるのも良いだろう。


 いろいろな種類の料理を買っているが、今日のメインは何と言ってもオークの肉。ギルドにいる時もそのことが頭を離れなかった。


 因みにだが、セレナさんは出発前と全く変わっていなかった。他の冒険者たちの対応している時はいつものセレナさんなのだが、オレたちが視線に入ると徐々に声の音量と顔が下っていき、きめ細やかな美しい頬が赤みがかっていった。


 ……何とも気まずいので、明日には元通りになっていて欲しいのだが。


「明日はアレンとリーフィアの二人で活動する予定よね」


「ああ、そのつもりだけど」


「分かっているとは思うけど、あんまり無茶はしちゃダメだからね。三人から二人になった分、疲れも溜まり易くなっているんだから。違和感があったらすぐに私たちに言う。もうアレンだけの身体じゃないんだから。約束よ?」


 オレの少し前を歩いていたルナリアがオレの方へと振り返り、お姉さんのような態度で振る舞う。おどけた口調ながらもその眼差しは真剣そのもので、オレのことを気遣っていることがわかる。個人的には身体を少しかがめ、左手は腰に右手は人差し指をオレの方へと伸ばしている仕草が、お姉さんに叱られているような気持になって若干興奮した。まあ、オレに姉なんていないし、そんな経験をしたこともないのだが。


「分かっているよ。

 無理はしないし、何かあったら絶対に二人に言うよ。約束だ」


 オレの言葉に満足したのか、ルナリアはすぐにいつも様子に戻った。


「あーあ、明日は留守番か……一日中ジッとしていられる自信がないわ」


「はは、二人には迷惑ばかりかけるけどよろしく頼むよ」


「そんなの気にしなくても良いわよ。

 子供は好きだし、妹ができたみたいで嬉しいもの」


 その後も何気ない会話を楽しんでいると、リーフィアと少女の待つ宿へと着いた。オレたちはそのまま宿の中へと入り、部屋を目指す。


「ただいまー、二人とも今帰ったわよ!」


 ルナリアが勢いよく扉を開ける。オレもその後に続いて部屋の中へと入った。


「二人ともお帰りなさい」


 部屋の中ではリーフィアがベッドに座り魔法の杖を布で磨いていた。おそらく、明日の準備をしていたのだろう。ルナリアは磨く手はそのままに、顔だけを上げてオレたちの方へと向ける。


「その様子だと上手くいったみたいですね。怪我もなくて良かったです」


「当たり前じゃない! ちゃんと複数の依頼をこなせたし、陣形もバッチリよ。それに晩御飯もいっぱい買ってきたんだから」


 ルナリアが『魔法の鞄』から買ってきた料理の数々を取り出し、テーブルの上へと並べていく。たちまちテーブルの上は皿で埋まってしまった。それらの料理からは白い湯気が立っていて、美味しそうな匂いを部屋中に拡散している。オレたちの鼻孔もそんな幸せの香りを感じ取り、お腹が強烈に刺激される。そのせいか、「グゥー」と誰かしらの可愛らしいお腹の音が聞こえてきた。


 オレはその音の主の方――ルナリアとリーフィアが使用していないもう一つのベッドへと視線を向ける。そこには団欒に加わることなく、ベッドの上からこちらをただジッと見ているだけの存在がいた。


「……」


 少女は一言も発することなく、オレたちの一挙手一投足に注意を払っていた。ただ、お腹は空いているようで、時折オレたちから視線が外れて、テーブルの上に並べられた料理へと向けられている。そして、その小さな身体の渇望を知らせるようにお腹が鳴っている。


 当初とは異なり、オレたちを見ていても身体が震えることは無くなっている。少女が起きてまだそれ程時間は経過していないが、かなりの進展だと言っても過言ではないだろう。これも全て少女と共にこの宿で留守番してくれていたリーフィアのおかげだろう。もしオレが残っていたら、ここまで進展することはなかったと自信をもって断言することが出来る。


 まあ、もしかしたらテーブルの上に並べられた料理に意識が奪われているだけかもしれないが、それでも進展は進展だ。


「――あっ! そうでした。二人の帰りを待っている間に彼女の名前を聞いておきましたよ」


「――ッ! 本当か!」


「ええ、なかなか教えてくれませんでしたけどね。それでもめげずに聞いていたら最終的に教えてくれました。ただ、名前以外はまだ分からないですけど……」


「いや、名前だけでもスゴイよ。名前が分からないと、何て呼びかければ良いのか困るからな。『ねえ』とかだと可哀そうだろ」


「それで、ルナリア、この子の名前はなんていうの? もったいぶらずに教えてよ」


 ルナリアが待ちきれなくなり、リーフィアを急かす。別に、リーフィアもオレたちを焦らしているという訳ではないだろう。ルナリアがひとり我慢できなくなっただけだと思う。ただ、オレもその名前を早く知りたいという思いはルナリアと同じで、リーフィアの口から出る言葉に耳を傾ける。


「そんなに慌てなくても良いでしょ、ルナリア……この子の名前は『ステラ』って言うそうですよ」


「ステラ……ステラね! 可愛らしい名前じゃない」


 ルナリアは未だにこちらを警戒し続けている彼女――ステラの方へ顔を向け、ゆっくりと歩み寄る。


 急にルナリアが近づいて来たせいか、ステラは身体をビクリッと震わせた。端から見れば、そんなステラの姿はまるでネコによって部屋の隅に追い詰められたネズミのようだった。


 そんなステラの様子を少しも気にすることなく、ルナリアはステラの佇むベッドへと膝をつき、優しげな表情で怯えるステラの顔を覗き込む。


「ステラ、これからよろしくね! 何かあったらすぐに言ってよ。私たちが何とかするから」


「……」


 やはり、ステラはその言葉に応えることなく無言を貫いていた。ただ、その目は以前よりも警戒の色が少しばかりではあるが和らいでいるかもしれないように見える。


「ステラ、ルナリアはこう見えてとても優しいので、そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ」


「『こう見えて』ってのは余計よ!」


 リーフィアに慈愛に満ちた表情を向けられたステラは、ルナリアとリーフィアに何度も視線を行ったり来たりさせる。


 そんな女性だけで繰り広げられている状況をオレは外から見守ることしかできなかった。オレがこのままこの雰囲気に入り込もうとしても、ステラを警戒させてしまい、また以前のような状況に戻ってしまうかもしれない。


 なかなか会話に加わることが出来ずにもぞもぞしているオレにリーフィアが気付き、微笑んでくる。どうやら、リーフィアはオレの心情を察して、オレとステラとの関係を進展させてくれるようだ。


「そうだ、ステラ、私たちのパーティーのリーダーを紹介するね」


 そう言って、リーフィアはオレの方へと顔を向ける。オレは緊張して少しの間その場に佇んでいたが、覚悟を決めてゆっくりとステラの方へと歩を進める。


 ステラはルナリアやリーフィアの時とは明らかに異なり、オレが一歩ずつ近づくごとに身体を強張らせて、布団を顔まで引っ張り上げる。その目にはさっきまで浮かべることのなかった恐怖が表れていた。


 ……そんなに対応が違っていると、かなり傷付いてしまうのだが。


 オレはステラの反応に苦笑いしながら、ベッドのすぐ傍に立つ。そんなオレの表情が奇妙に映ったのか、ステラは余計に警戒しているようだった。


「オレはアレン。

 二人と一緒で冒険者だ」


 オレは出来るだけ優しく聞こえるような声で語り掛ける。


「……それと、一応はステラの主人ということになっているよ」


 オレの「主人」という言葉にステラが反応した。その表情には恐怖に加えて、悲愴が表れている。オレが主人であるという事を認識したことによって、自分が奴隷であるという事を再確認したのだろう。今後、奴隷として一生を終えなければならないことに絶望しているのかもしれない。それも人間である男に使えなければならないという拷問。


「……」


 ステラの態度の変わりように、部屋の中の雰囲気は凍り付いてしまっていた。


 ……しくじったな。名前だけで主人であるという事は伝えなかった方が良かったかもしれない。


「――ステラ、アレンさんはとっても優しいから安心して良いよ」


 リーフィアがオレのことをフォローしてくれる。ただ、ステラにはその言葉が届いていないようで、表情が明るくなることはなかった。


 こうしてオレたちは自己紹介を()()に終えて、食事をすることにした。用意していた料理は少しばかり冷めてしまっていたが、複数の依頼をこなして疲労が溜まっていた身体と、オレを警戒する少女とコミュニケーションを図ろうとするという慣れないことをして緊張した精神を癒してくれた。


 一見、オレとステラの間にできた大きな壁は全く崩れていないのかもしれない。ただ、名前を知ることが出来たという事実はオレにとっては喜ばしい進展だった。それが例え微々たるものであったとしても……。


 そう思いながら、オレは料理を次々にお腹の中へと運んで行った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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