23: 奴隷の子と治療
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「良い薬はよくしみる」という言葉をどこかで聞いたことがある。
しみればしみるほど、それだけ効能を期待できて早く治るのかもしれない。反対に、しみなければ、それだけ治りも遅いということ。でも、オレとしては早く治るからと言って、滅茶苦茶しみて痛みを感じるくらいならば、少しばかり治るのが遅くてもあまりしみない薬が良いと思ってしまう。
願わくは、傷を早く治すことができるしみない薬が開発されないものだろうか……。
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宿までの道中、オレたちは誰一人として言葉を発さずに、ただ宿を目指して歩き続けた。黙っていることに何かしらの明確な理由があったと言う訳ではない。いや、強いて言えば、この子を少しでも早く宿の柔らかなベッドで寝かせてあげたいという思いが、無駄な会話を止まらせたのかもしれない。加えて、この幼気なハーフエルフの子を少しでも周囲の邪悪な人間どもから見られないようにしようという思いがそうさせたのかもしれない。実際には、オレが用意した布で耳を覆い隠しているので、周囲の人間からすると、ただオレが小さな子供を抱いているように見えるだけだろうし、この子は今意識がなく気絶してしまっている状態なので、そんな周囲の視線なんて感じ取ることはできないだろう。
それでも、オレはこの子を公の視線の下に曝け出して歩くことができなかった。意識がない今の状態でも、あんな悪意のある言葉を浴びせられることは何が何でも妨げられなければならない。無意識の内でも、この子に悪影響を及ぼす可能性があるかもしれない。
オレはまるで盗賊が数多いるアジトの中を、この世でたった一つしか存在しない貴重な宝物を抱えて抜け出すかのように、慎重にかつ丁寧に腕の中の子を守りながら歩き続ける。
歩くことに専念していたおかげか、直ぐに宿に到着することができた。オレたちは女将さんに一人子供を追加するということだけを告げて、オレたちの部屋へと入る。
部屋へ入ると、オレはすぐさまオレが使っていた窓辺のベッドへと腕の中の子を横たえる。その際、身体の傷がベッドと接触したせいか、一瞬だけ顔をしかめるのが見えた。
「はい、『回復のポーション』よ。
かなり染みるだろうけど、これを塗ってあげるのが一番だから」
ルナリアが『魔法の鞄』から取り出したそれを受け取り、治療するために着ているボロ布に手をかけて脱がしていく。上半身をはだけさせた時、オレたちはその子の身体に無数に刻まれた傷に驚愕した。元々は白く美しいのだろうその皮膚には、赤黒い大きな痣や切り傷が所狭しと刻み込まれている。加えて、それらの痕の上には、先ほどの奴隷商の仕打ちによってできた真新しい真っ赤な傷が痛々しく浮かび上がっている。
おそらく、オレたちが見たような仕打ちを幾度となくこの小さな身体で受けてきたのだろう。よくこんな状態で生きていたものだ。そう思えるぐらいにはひどい状態であった。
そう考えると、今になってもあの奴隷商に対して怒りが湧いてくる。あの奴隷商からしたら、奴隷を痛めつけていたら勝手に売れて、手間が省けただけだろう。あのままルナリアやリーフィアを止めずにオレも加勢して、少しぐらい痛めつけてやるべきだったのかもしれない。
「――アレンさん」
「ああ、分かってる」
意識が奴隷商の方へとそれていたオレはリーフィアに促され、再び意識を目の前の子に向けて治療を始める。真新しい傷跡の上に『回復のポーション』をゆっくりと垂らす。
「――ッく!」
その子は傷口にしみた痛みで身体を曲げる。その姿に申し訳なさを感じながらも、オレは心を鬼にして「治療のため」と再度『回復のポーション』を身体に垂らしていく。
――治療を開始して数分が経った。
傷口に大量の『回復のポーション』を垂らしたおかげで、この子の身体に刻まれた真新しい傷をかなり治療することができた。しかしながら、今日できた傷ではない赤黒い傷跡はほとんど治療することができずに、未だにその小さな身体に蔓延っている。時間が経過していたため、完全に治すには時間が掛かるのかもしれない。若しくは、その子の意識がまだ戻っていなかったので、『回復のポーション』を飲ませることができなかったため、十分な効果を得ることができなかったという可能性もある。意識が戻った際に飲んでもらった方が良いだろう。
ともあれ、治療は完了して窮地は脱したと思う。今はさっきまでよりも確実に息遣いに力強さが増している。このまま、しばらくは安静にして寝かせてあげよう。そうすれば、じきに良くなるだろ。
「一先ずはこれで終わりだな。後はこの子が起きてから色々としてあげよう」
「良かった。一時はどうなるかと思っていたけど、『回復のポーション』様様ね」
「それでも、古傷はまだ治っていないですよね? あの傷も早く治してあげたいですね」
「そうだな……それに肉体的な傷は『回復のポーション』で何とかなったけど、精神的な傷はそうじゃないからな……あんな経験をした後だと、どうしても不安定になるかもしれないし、手厚いサポートが必要だろうな」
これからのことを考えると、どうしても気が滅入ってしまう。場の流れではあるが、この子の主人になったオレは、この子をしっかりと支えることができるのだろうか? 世の中を恨んでいるかもしれないこの子に、楽しい世界を見せてあげることができるのだろうか? この子が周囲から傷つけられることなく、ハーフエルフであっても否定されないような世界を提供してあげることができるのだろうか? この子の本当の笑顔を取り戻すことができるのだろうか?
そんな思いがオレの頭の中で響き渡り、オレにこの子の主人としての責任を問うてくる。
――お前にこの子を背負う覚悟があるのか? と。
「――この子が起きた時のために何か食べるものを買って来ましょうよ」
「そう言えばそうだな。どうせ碌に食べ物も与えて貰ってないだろうしな」
「病み上がりなので、あまりコッテリしたものや固形物は避けた方が良いと思いますよ。野菜が入ったスープなんかが良いかもしれませんね」
「分かった。オレが買ってくるよ。
二人はこの子を見ていてくれるか? すぐに帰ってくるから」
「分かったわ」「分かりました」
オレは二人に後は任せて、部屋から出て屋台が多く並ぶ区画へと向かう。腕の中にあの子を抱いていた時はかなり切羽詰まっていたが、治療を施して危険な状態を脱した今、いくらか気持ちに余裕が生まれていた。体力的にも精神的のもかなり消耗しているだろうから、そう早くは起きないだろう。もしかしたら、目覚めは明日になるかもしれない。
そんなことを考えつつも、先ほどの治療行為中に気付いたもっと大事なことを思い出す。
「それにしても驚いたな……まさか女の子だったとは……」
意図的にではないにせよ、これでオレの周りに三人の女の子が集うことになったのである。今までの「両手に花」状態でもオレには過ぎたものだと感じていたのに、それ以上になるとは。正直、どのように接してあげるべきなのか皆目見当がつかない。同年代の女の子たちの扱い方もろくに分からないのに、況してや年下の女の子とは。それも、オレは主人としてしっかりと育てなければならない。ギルド職員時代も女性の同僚や冒険者は全て年上だった。それに、オレには年下の幼馴染なんかもいない。圧倒的に年下の女の子に対する経験に乏しい。
「……まあ、何とかなるか……二人もいるしな……」
オレは溜息を吐きながら、お目当ての野菜スープを販売している屋台へ向けて歩を進めた。
「――ただいま」
無事に野菜スープを買うことができたオレは、ルナリアとリーフィアが待つ部屋へと戻る。
「あ、おかえり」
どうやら二人は部屋の掃除をしていてくれたらしい。さっきまで治療に使った『回復のポーション』の匂いが部屋に充満していたが、今はその匂いがない。代わりに、いつものどこか安心する匂いが広がっていた。それに加えて、零れた『回復のポーション』で濡れてしまった布なども綺麗に片づけてくれたらしい。部屋の中はオレたちがいつも生活している状態に完全に戻っていた。
ただ、一点いつもと大きく違い、今はオレのベッドにハーフエルフの少女が寝ている。
「せっかく買ってきてもらって申し訳ないんですけど、しばらく起きそうになさそうです」
「まあ、それは仕方がないよ。今はこの子が少しでも回復してくれることが重要だからな。
買ってきたスープはそのままにしとくよ」
「それなら、一段落着いたことだし、今後のことについて話し合いましょうよ。これからいろいろと大変になるでしょ」
「そうだな」
オレたちは少女が眠るベッドの反対に配置された、いつもルナリアとリーフィアが寝ているベッドへと腰かけ、少女の幼く庇護欲に駆られる寝顔を見ながら、急激に変化するであろう今後のオレたちの行動方針について話し合い始めた。
修正が追いついておらず、申し訳ございません。
まとまった時間を確保できた際に、随時修正していきます。




