22: 初めての奴隷購入
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人生は行き当たりばったりだ。数分先のことですら予想することができずに、ただその時の流れに合わせて身を任せるのみ。
ギルド職員を辞めて冒険者になった時には、まさかこんなことになるなんて考えもしていなかった。社畜として滅私奉公を強いられ、奴隷のような存在であったこのオレが。
オレ、アレンは今日から奴隷の主人となりました。
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ハーフエルフ。
それは人間とエルフとの間に生まれた存在であり、それぞれの特性をその身に併せ持つ存在。一番の特徴はその耳。ハーフエルフのそれは人間よりも細長く、エルフよりも太くて短い。そのため、その耳を見ればすぐさまハーフエルフだと見分けることが可能だ。
そんなハーフエルフは、人間からもエルフからも忌み嫌われている存在である。それは人間とエルフの両方が排他的な存在であり、自分たちとは異なる種族に対して厳しい視線を有しているという性質に起因しているのかもしれない。ともあれ、ハーフエルフは人間とエルフからは半分だけしか自分たちの性質を有していない半端者であり、完璧な自分たちのようになれなかった欠陥品として見なされ、侮蔑の対象とされている。
そのため、保守的なここスレイブ王国では、ハーフエルフはその存在だけで悪だという考えが蔓延しており、ハーフエルフというだけで奴隷の身分に落とされることも多い。そして奴隷に落とされた後も人間の奴隷とはその待遇が異なり、奴隷の中においても最下級の存在として幼いころから酷使される。あるハーフエルフは変態貴族のストレスの捌け口として買われ、毎日ろくに飯も与えられることなく、鞭や棒でその身体を打たれ続け、最終的には、その傷つき血が流れ出ている身体のまま、野生のモンスターが多くいる森の中へと捨てられたとか。
そんなスレイブ王国でのハーフエルフの対応というのは、程度の違いはあるけれどもエルフの国でも同様であり、ハーフエルフだということが公になってしまうと、その日の内にエルフの国から強制的に追放されてしまうらしい。
そんな人間からもエルフからも嫌われた存在であるハーフエルフが、今まさにオレたちの目の前で横たわっていた。
よく見れば、この子とは以前一度会ったことがある。いや、正確に言えばオレが一方的に見ただけなのだが。三人で王都に帰っている際に、後ろからすごい勢いでオレたちを追い越していった奴隷商の馬車に乗っていた子だ。その瞳があまりにも印象的だったのを覚えている。
改めて見ると、この奴隷商もあの時馬車に乗っていた男と同一人物だった。金に汚そうではあったが、オレが感じていた以上に性根が腐っていたとは。
「こんな薄汚いハーフエルフをどう扱おうが、オレの良心はちっとも痛まねえよ。むしろ、こんな出来損ないをこの世から根絶できて良いことだと褒められても良いぐらいだぜ。こいつが生きていても何にも得することがないんだからよ」
奴隷商のその言葉に、ただただオレたちは絶句してしまった。よくそんなバカらしく野蛮な言葉をスラスラと淀みなく流暢に言えたものだ。
確かに、ハーフエルフはオレたちとは違う。だけど、それが何だというんだ! 少しばかりエルフの性質を持っているだけのこと。それ以外はオレたちと同じであり、その命も一つしかないということに変わりはない。それに、同じ人間同士でもその性質は人によって異なり、人によって好きなものや嫌いなものが違うし、全く同じ価値観を持った人間なんて存在しない。
そんな精神的な違いには目を向けることなく、目につきやすい肉体的な違いにのみ注視して、自分たちとは違う劣った存在だと決めつける。そんな短絡的なことしかできないのかと思うと、この奴隷商が哀れな存在だとすら思えてくるし、同じ人間という存在として恥ずかしくも思えてしまう。
「あんたね、黙って聞いていればバカみたいなことを言っているけど――」
ルナリアが奴隷商に今にも切り掛かりそうな勢いで詰め寄る。リーフィアもその手に魔法の杖を持ち、いつでも魔法が放てるように備えていた。
いくらこの奴隷商に対して嫌悪感を抱いているといえども、何が何でもこんな街中で人称沙汰はマズ過ぎる。それを行ってしまえば、オレたちが奴隷へと落とされてしまうし、そんなことをしてもこの子は奴隷からは解放されないだろう。まあ、そんなことは二人も分かっているに違いない。ただ、その子の待遇が少しでも良くなればという思いからの行動だろう。オレは二人をこれ以上刺激しないように、二人の視界から少しでも奴隷商の姿が見えないように二人の前に出て、諭すように奴隷商へと語り掛ける。
「……あんたの言いたいことに対してはこれっぽっちも理解できないし、共感もできない。
だけど、この子はあんたの所の商品なんだろ? それだったら、もっと丁寧に扱ってあげた方が高値で売ることができるんじゃないか? あんたも高値で売れた方がうれしいだろ?」
腐っても商人なら、その扱う商品を少しでも高値で売ることに全力を注ぐだろう。そのためにできることはできる限り行う。そうすれば、この子に対する待遇も少しは良くなるかもしれない。そう思って奴隷商に語り掛けたが、奴隷商からの返答はオレの予想とは異なるものだった。
「こんな奴にかける手間と金の方がもったいねえよ! どうせハーフエルフなんざ最初から高値で売れねえんだからよ。ちょっと状態が良かろうとゴミ同然だ。それだったらいっその事、早く死んでくれた方が手間も金もかからずありがたいってもんよ」
「「「……」」」
「お前たちは知っているか? こいつの価値を? 人間の奴隷だったらな少なくとも金貨一枚ぐらいはするのに、コイツは銀貨二十枚ぐらいが良いとこだ! 人間の奴隷の半分の価値もねえ。売り物としてもお荷物な存在なんだよ!」
銀貨二十枚。それはオレたちがこの前受けたグレイ村の依頼の報酬の二倍の価格。そのことは、この子があのような依頼を二回ほどこなせばだれでも買えてしまうだけの価値しかないということを示している。期間にすれば二か月ほど頑張ればこの子の一生を買えてしまい、その人生に対して絶対的な権利を手にすることができる。
その事実にオレは悔しくありながらも、今回ばかりはありがたかった。
「……分かった。オレがこの子を貰う!」
オレは『魔法の鞄』から銀貨二十枚をつかみ取ると、その奴隷商の足元に向けて力強く投げつける。二十枚もの銀貨が奴隷商の足元に広がった。
一瞬、オレが何を言っているのか分からなかったのか、奴隷商は足元に転がる銀貨をただ茫然と見つめているだけであった。しかしながら、全ての銀貨が動きを止めるとともに、奴隷商は腰を曲げて恐ろしい速さで銀貨をかき集めていく。
「へへっ、お客様なら早くそう言ってくださいよ。もっと、いろいろと商品も紹介できたのに」
奴隷商は銀貨を大事そうに財布へと入れながら、さっきとは打って変わって媚びたような顔と声でオレたちに話しかける。
その急な変化に嫌悪感を抱きつつも、どうにかオレは冷静に対応を続けた。
「その金でもうその子はオレの奴隷だ。早く手続きをしてくれ」
「へへっ、言われなくても分かっていますよ。それじゃあ、奴隷契約を行うので腕を出してください」
奴隷とその主人は契約魔法と呼ばれる特殊な魔法で結ばれている。その効果によって、主人は奴隷に対して強制的に何でも言うことを聞かせることができ、もし奴隷がその命令に従わなければ、罰としてこの魔法を通して激痛を与えることができる。反対に、奴隷はその主人に対して反抗することができなくなり、もし主人を傷つけようとすれば自動的に激痛が流れ、ひどい時にはその激痛で死んでしまうこともあるらしい。法律によって、そんな恐ろしく一方的な魔法が、奴隷と主人間においては交わされなければならないことになっている。
オレは奴隷商に腕を突き出すと、奴隷商はいそいそと魔法の準備を始めた。
「――ッく!」
一瞬だけ、腕に針で刺されたような痛みが走る。その後、奴隷商は横たわっている子の腕にも同様の処置を行う。その子の顔にも苦痛の色が浮かんだが、声を発することも身体を動かすこともなかった。それだけ、奴隷商の仕打ちによって衰弱してしまっているということだろう。早く治療してあげなければマズイことになるかもしれない。
腕を見るといつの間にか小さな赤黒い紋章が浮かび上がっている。おそらくこれが契約魔法がしっかりと結ばれているという証明だろう。
「これでお客様とコイツの契約魔法は完成ですよ。
じゃあちょっと待っていてくださいね。コイツ用の首輪を持ってくるので」
奴隷商は足早に商館へと入っていき、奴隷用の首輪を持ってきた。この首輪もまた奴隷に装着させることが義務付けられていて、一目で奴隷だということが分かるようにしている趣味の悪い一品だ。
その子の華奢な首にはあまりにも大きくて真っ黒な首輪を、奴隷商は丁寧に装着する。ただ、その手つきはできる限りその子の肌に触れることがないようにしていて、顔に浮かべた笑みとは対照的にその目は侮蔑の色が見受けられる。客であるオレの前でなければ、こんなことしたくもないという考えが見て取れた。
「……これで全て済んだのだろう? じゃあオレたちは行かせてもらうぞ」
「まいどあり。また奴隷が欲しくなったらいつでも来てください。こんな奴よりも、もっと良い奴隷をお見せすることができますので」
そう言って、奴隷商は商館の中へと入って行った。表に残されたのは奴隷商のあまりの対応に怒りが冷めきらないオレたち三人と、奴隷商によってその身体に酷い傷を負わされて地面に横たわっているこの子、今日からオレの奴隷となったハーフエルフの子。
オレは『魔法の鞄』から清潔な布を出すと、その子を優しく包み上げてそっと持ち上げた。思った以上に軽く、少しでも扱いを誤ると今にも粉々に崩れてしまい、風で飛ばされてしまうのではないかと思わせるほど儚く、弱々しい存在だ。息遣いも微かなもので、今にも聞こえなくなりそうだ。
「……ということで、今日からこの子を育てることになったんだけど……」
オレは腕の中で横たわるこの子を出来るだけ揺らさないように注意して、そっと二人の方へと振り返り、二人に相談することなく独断でこの子を奴隷として購入してしまったことを恐る恐る告げる。
「まあ、これが最良の結果なんじゃない? あのままだったら確実にこの子は死んでいただろうし」
「私もこれで良かったと思いますよ。こんなに小さな子をあのまま放置することなんかできませんよ」
「それに、もしアレンがああしてなかったら、私がそうしていたと思うわ」
ルナリアもリーフィアもオレが無断で奴隷を手に入れたことに関しては、特に気にしてないらしい。それ以上に、彼女たちもこの子のことを心配していたみたいだ。
「そんなことよりも早くこの子を治してあげましょうよ。このままだとこの子、死んじゃうわよ」
「それなら宿に戻ってからの方が良いと思います」
「……そうだな、そうしよう」
冷たい風がオレたちの間を駆け巡っていき、怒りと興奮で火照ったオレたちの身体を冷ましていく。寒いのか腕の中にいるハーフエルフの子の身体が微かに震えた。
オレはこの子がこれ以上傷つかないように、オレの前を行く二人を追ってゆっくりと歩き始め、宿へと向かった。
読んでいただき、ありがとうございました。




