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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第三章 社畜、奴隷を買う
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21: 奴隷商館

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 人身売買が合法的に行われている国は多い。このスレイブ王国でも頻繁に行われていて、金持ちや貴族を中心に需要があるらしい。

 ただ、どうしてもこの制度が好きになれない。人に値段をつけることに抵抗を感じてしまうし、搾取され続ける存在を生み出すことによって社会が良くなるとは思えない。

 こんなオレの考えはただの甘えた考えなのだろうか……。


///




 多くの人々で賑わう商店街をオレたちは人に何度もぶつかりながらも、声のした方へと足早に向かう。一歩、また一歩と近づくことで、ますますその声を大きく、鮮明に聞くことができ、その発せられている内容がひどく侮蔑的で到底人に向けて良い言葉ではないということを認識することができる。


 そんな非人道的で聞くに堪えない言葉が通りに響き渡っているというのに、オレたちの他にその言葉の主の下へと急いで向かっている者はいない。皆、その声の方へと何事かと一瞬だけ振り返りはするが、すぐにまた興味をなくしたかのように自分の作業へと戻ってしまう。あたかも、そんな非日常的な声がここでは日常的なものであり、聞き慣れているかのように。彼らにとっては、こんな酷い言葉もこの商店街の賑やかな雰囲気を作り出しているただの構成要素の一つというだけなのかもしれない。


 そんな周囲の状況に対して、オレはどうしても驚きと嫌悪感を抱いてしまう。オレの前で笑っているあのおばさんや真面目で紳士的に見えるあの男も、さっきまでならばそのままの印象で見ることができただろう。だが、今この状況においてはその印象が一変してしまった。


 ――何でお前たちは平気な顔をしているんだ?


 ――助けようとは思わないのか?


 ――そんなお前たちは人として胸を張って生きて行けるのか?


 一見、綺麗に手入れされているあの顔にこびり付いているのは、どうやら冷酷で非人情的な本性を隠すためのかなり分厚い仮面らしい。それもその仮面を何重にも重ねて着けているに違いない。そうでなければ、この声に対する一切の感情を顔に浮かべずにいられるなんて出来ないだろう。若しくは、彼らの耳がオレたちの耳よりも高性能で、自らが聞く言葉を選択でき、都合の悪いことは一切遮断することができるのかもしれない。


 とにかく、あのおばさんもあの男も、この通りで聞こえないふりを決め込んでいるこの通りの全ての人々を、オレは今後その見た目のまま信用することはできない。その人の良さそうな仮面の奥下に隠された本当の顔――冷徹で残酷、自己中心的なとても醜い顔を意識してしまうだろう。


 そんな本性が隠された人々と今後も付き合っていかなければならないのか。そう思うと、どうしてもこの世界に嫌気がさしてしまうが、それも仕方がないことだろう。ギルド職員時代に社畜としてただ従うことを強いられていたオレにとって、今のこの状況はあの頃を想起させてしまう光景だ。ニコニコと笑みを浮かべながらも内心では毒づいている受付嬢。オレが酷くこき使われている時に我関せずという風に涼しい顔をして自らの業務に従事していた同僚の職員たち。上役に良い顔をしてそのストレスをオレにぶつけていたあのブタ野郎。


 ――ああそうか、お前たちも結局はそっち側の人間なんだな。


 周囲の人々に対して、オレの心は冷めきっていた。もちろん、社会で生活するためにはある程度取り繕って、誰しもが仮面をかぶる必要がある。本心全てを曝け出して生活することは他者との良好な関係を築く上で障害となるし、それこそ社会秩序を崩壊させる原因となるだろう。


 それでも、それでもだ! この状況で動かないことが正しい事として認められて良い訳がない。この状況で動かない者はただの人でなしだ。


 オレは左右を確認する。そこにはオレと同じように顔をゆがめて速足で歩いているルナリアとリーフィアの姿があった。良かった。二人もオレと同じだ。この状況に違和感を抱いているのだろう。


 オレは二人のそんな様子に安堵しつつ、人ゴミをかき分けていく。


「――生かしてもらえるだけでも感謝しろよ! このゴミが! お前なんか生きてる価値もないんだからな! お前なんてその辺に転がっているゴミと同じなんだよ!」


 オレたちが近づいている間もその声は全く止むことがない。いや、むしろその内容はより一層過激になってきている。


 そんな言葉を近くで浴びせられている相手は大丈夫なのか。こんな無関係の人間でさえも心が苦しくなり、顔をしかめてしまうような生き物としての尊厳を傷つけられてしまうような言葉を、その一身で受け止めなくてはならない状況に耐えることができるのだろうか。様々な不安と心配がオレの心を支配する。そんな言葉を浴びせられ続けると、自分では大丈夫だと思っていても、その言葉のナイフは確実にその心に深く、治療することができない傷を残し、最終的には必ずや精神を崩壊させてしまう。そうなってしまっては、もはや完全に元通りにすることはできずに、今後の人生を傷を負った状態で過ごさなければならない。楽しいことも満足に楽しむことができず、絶えず何かに怯えた人生。そんな暗い人生しか待ち受けていない。


 オレはそんな暗い人生になる一歩手前で立ち直ることができた。社畜から脱却して冒険者となり、自由を手に入れた。そして、ルナリアとリーフィアというかけがえのない存在に出合うことができた。二人と一緒に様々な楽しい経験をすることができた。


 そんなオレのように新しい世界を見ることができる権利が、今まさに失われようとしている者がいる。


 ――オレが助けなければ。


 同じような経験をしたオレだからこそ出来ることがあるはずだ。その者にもオレと同じような素敵な世界を見せてやりたい。全ての人が自分を否定する訳ではないということを教えてあげたい。今まさにオレはそんな使命感に駆られていた。


「――あそこよ」


 ルナリアが前方を指さす。そこには大きな体格の男が立っていた。片方の手には棒のようなものを、もう片方の手には鎖を持っていた。その鎖は長さが一メートル程あり、その重さからダラリと垂れている。その鎖の先には小さな子供と思われる存在に繋がれていた。その子はひどくボロボロで汚い布に包まれており、髪は伸びきっている。もう何日も身体を拭いていないのであろう。布から垣間見える肌は垢で浅黒くなっていた。身体の輪郭はひどくやせ細っていて骨と皮だけであり、栄養を十分に摂っていないことが分かる。


 その子の今にも折れてしまいそうな華奢な首には、不相応な強剛で頑丈そうな首輪が巻かれている。その首輪に繋がった鎖を男に持たれていて、自由を奪われていた。


「――さっさと動けっていてんだよ!」


 男が鎖を引っ張ると、体重の軽いその子はすぐに男の方へと勢いよく引き寄せられ、受け身を取ることもできずに顔から地面に落ちてしまう。そして、追い打ちをかけるように、男は手に持った棒状のものでその子の身体を勢いよく叩き始める。叩かれた所が段々真っ赤になっていき、所々血が出てきている。その仕打ちにその子はただうめき声を出すことしかできずに地面にうずくまっていた。


 あまりの出来事に、オレたちは言葉を発することができずに呆然と立ち尽くしてしまっていた。


 ――こんなことが行われていいのか? 本当にこんなことがこの世界で行われているのか? もしかしたらオレたちの面前で広がるこの光景は夢なんじゃないのか?


 そんな現実逃避をしてしまう。それぐらいオレたちが目撃している光景は衝撃的なものだった。


「――おい、あんた、何しているんだ!」


 オレは我に返り、男の愚行を止めるために男へと詰め寄りながら叫んだ。その男は突然のオレの声に驚いたのか、一瞬だけ身体をビクリとさせ、自分を驚かせた相手を突き止めるためにこちらを振り返る。睨みを利かしたその目がオレと合った。


「何だ、お前は?

 うちの商品をどう扱おうがオレの勝手だろ!」


 男は悪びれることなく、こちらに向かって叫ぶ。


 確かに、よく見てみると、男が立っている場所は奴隷を売り替えすることができる店――奴隷商館の前だった。男はこの商館の従業員なのだろう。そして鎖につながれて未だにうずくまって動かないその子はこの商館で売買されている商品――奴隷だ。


 ――奴隷。それは買われた主人に従属することを義務付けられた存在。奴隷には人権がなく、どんな過酷な扱いを受けたとしても抵抗することができない。一般的には罪を犯した者が奴隷へと落とされることが多いが、金に困った大人が金欲しさに子供を奴隷商へと売り払い、その子どもが奴隷へとなることもしばしば。そうして売られた子供は一生を奴隷として暮らさなければならず、多くの子供はその過酷な労働下で死んでしまうという。


 男の言う通り、まだ買われていない奴隷は奴隷商の持ち物だ。どんなに惨い仕打ちがなされていても、他人であるオレがどうこう口出しできる余地はない。それにその行為が従順な奴隷を生産するための手段だと言われてしまえば、なおさらどうすることもできない。


「――それでも、もっと大切に扱ってやれよ。いくら奴隷と言っても相手は子供じゃないか! あんただって子供にそんなことをしていたら胸が苦しくなるだろう」


 オレにはどうすることもできない。ただ、この状況が許されて良いわけがない。そんな状況をどうにかしようと必死に男に訴えかける。


「うるせえな! 部外者が口出しするんじゃねえ!」


 男は聞く耳を持たずに、鎖を再び力強く引っ張る。明らかに、男はその狂気的な行為をオレたちに見せるために行っていた。止められるものなら止めてみろという挑発を含んだその行為に、オレは全身が熱くなるのを感じる。


 オレが一歩踏み出して何かを言おうとする前に、男はうずくまったその子の顔を強引に持ち上げた。


「――それにコイツは人間じゃねえんだぜ! 見ろよこの耳を!」


 伸びきった髪の隙間から垣間見えるその耳は、人間のものとは明らかに異なる形をしている。


「――コイツはな、人間でもなければエルフでもない! 言わば中途半端な出来損ないなんだよ!」


 ――ハーフエルフ。人間よりも細長い耳を持ったその子はこの国で最も嫌われている存在であった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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