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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第三章 社畜、奴隷を買う
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19: 終楽園

///


 良いことがあった後は悪いことがある。どうやらそれがこの世の真理らしい。良いことだけだと、そのまま調子に乗ってしまうからなのかもしれない。そのため、悪いことが等しく訪れることで現実を見させているのだろう。

 女神様、この世はちょっと世知辛すぎます。


///




「ありがとうございました。またのご利用をお待ちいたしております」


 夜もあと少しで明けようとしており、空が白々としてきた頃。オレは眠気と激しい運動の後の疲労感で瞼が落ちそうになるのをどうにか耐えながら、従業員である男に見送られ『楽園の女神』を後にした。


 店の外の通りに出た所でオレは、軽く背伸びをして今さっきまでの行為を振り返る。それはまさに楽園であり、オレの夢が全てかなった瞬間だったといっても過言ではない。行為中は何度も死んでしまうのではないかという快楽を貪ることができ、ここ最近、オレの中に蓄積されていた欲望をすべて解消することができた。


 今回得ることができた快楽は、指名した彼女――ヴァネッサ――との相性がすこぶる良かったということもあるのだろう。彼女はオレの要求を快く承諾してくれ、その柔らかな肉体と慈悲深い心でオレを包み込んでくれた。そして、オレの要求以上のことを披露し、オレが想像だにしなかった快楽を与えて新しい世界へと導いてくれた。


「……あれはやばかったなぁ」


 夜遊びにはまってしまう男たちの気持ちをやっと理解することができた。今までは馬鹿な奴らだと見下していたが、間違っていたのはどうやらオレの方だったらしい。あの快楽をもう一度味わいたいと思って当然だ。なんなら、今すぐに『楽園の女神』に戻ってヴァネッサと重なり合いたい。


 ただ、ルナリアとリーフィアと一緒に行動しているオレにとって、今回のように自由行動ができる時間は限られているし、金額がめちゃくちゃ安いと言う訳ではない。毎日通おうとすればそれなりの金が必要になる。


「……依頼を頑張るか」


 二人の目はどうにかしてすり抜けるとして、金は冒険者として稼ぐしかない。ランクが上がれば上がるほど報酬が高い依頼を受けることができるので、今は全力で依頼をこなしてランクを上げるしかない。


 オレは『楽園の女神』の一室――オレとヴァネッサが今さっきまでいた部屋を見ながら、決意を固める。


 そして、ルナリアとリーフィアが眠っているであろう宿へと足早に歩き出した。




 宿のある通りは閑散としており、外を出歩いている人影は一つもない。冷たい風がオレの頬をかすめ、浮かれていた心をなだめて冷静さを芽生えさせる。


 オレはひっそりと未だに人の温かさを感じることのできない宿の中へと入る。朝早くから仕事を始めているこの宿の女将さんも、さすがにまだ起きてきていないようだ。


 オレはそのまま忍び足で宿の中を歩き、二人がいる部屋の前へと到着した。


 扉を開けた音で二人が起きないように、慎重に扉を半分だけ開けて中の様子を窺う。部屋の中には空のベッドとこんもりと布団が膨らんだベッドがあった。膨らんだベッドからは二人の可愛らしい吐息が聞こえてくる。


 どうやら二人は寝ているようだ。オレはそのことに安堵しながら、ゆっくりと部屋の中へと入り、今まで主人が不在であった冷たいベッドへと向かう。


 そのままベッドへと上がり、二人に背を向けた状態で眠りに付こうとしたその時、予想していなかった声がオレの耳へと届いた。


「おはよう、アレン。

 こんな時間までどこに行ってたのかしら?」


 その声は聞きなれた声のはずであったが、今までに聞いたことのない声色で、オレの背筋を冷たくさせるものであった。


「……お休みなさい」


 今一番聞きたくない声にオレは現実逃避することしかできない。どうにか誤魔化そうと、おどけた調子で答えてみる。


「……そんなのではぐらかされると思ってるの?」


「これは本格的に怪しくなってきましたね」


「そうね。

 まあ、とりあえず寝かせてあげましょうか。どうやら寝ていないみたいだし」


「そうですね。

 その後にゆっくりとお話を聞きましょう。

 幸い、今日はまだ始まったばっかりなので、いっぱい時間がありますからね」


「そういうことだから。

 ゆっくりとお休みなさいね、アレン」


 どうやら、二人の会話からオレの今後の予定は決まってしまったみたいだ。それはさっきまで体験していた楽園とは真逆の世界が広がっているだろう。楽園から転げ落ちた哀れな存在。


 オレは出来るならばこのまま目が覚めないようにと祈りつつ、憂鬱な気分のまま静かに眠りについた。




「――それでは、今から審問を行います!

 容疑者アレンは今から行われる質問に正直に答えるように」


「もし嘘をついたら分かっていますよね?

 正直に答えることをオススメしますよ」


 ルナリアとリーフィアはその顔に笑みを浮かべているが、それは面白いから出ているのではない。今から行われることを想像して出る嗜虐性を孕んだものだ。それを表すように、彼女たちの目は明らかに小動物を前にした凶暴な肉食獣のものであり、本物の審問官も顔負けの迫力を含んでいる。


 そんな二人の目に睨まれたオレは小動物のように縮こまり、今から訪れる運命をただ受け入れることしかできない無力な存在。身動きを取ることもできずにただ二人の前に土下座して、尋問に答えるのみ。


「それで、昨日はどこに行ってたの?

 随分遅くまで楽しんでいたみたいだけど」


「……外で遊んでいたんだよ」


「それにしては汗臭くもないですし、良い匂いがします。

 これはおそらくお香の匂いです」


「そうね。

 なんでお香があるような場所に行ったのかしら?」


「……」


「何で言えないのかしら?

 それとも言えないような場所に遊びに行ったの?」


「……」


「お香がたかれている場所なんて限られています。

 それに加えて、アレンさんのこの反応。これは絶対にいかがわしい店ですね」


「――ッ!」


 オレはリーフィアの核心を突いた言葉に反応した。反応してしまった。リーフィアの言葉に驚きと焦りを顔に浮かべてしまい、どうにか取り繕おうと必死になって表情を元に戻そうとする。


 だが、どうやらオレの努力は無駄だったようだ。オレの顔を見る二人の顔は獲物追い詰めた審問官のそれであり、微かな軽蔑と呆れが垣間見える。


「……はあ……どうやら当たりのようね」


「そうですね。

 アレンさんに限ってそうじゃないと信じていたのに残念です」


「……ごめん」


 二人のため息がオレの耳にこびり付く。どうにかこの最悪な雰囲気を回復させようと謝罪をしてみるが、効果はいま一つのようだ。二人の顔が晴れることはなく、ただただ重たく冷たい時間が流れるだけ。そろそろ、床の上に正座させられているオレの脚も限界が近い。早々に許してもらわねば、しばらくは立ち上がることもできないだろう。


 ただ、そんなオレの状況を正直にこの二人に言うような度胸はオレにはない。二人の気が済むまでこのままの状態を維持し続けることしかできない。


「それで、一応聞いておくけど、なんでそんな店に行ったの?

 アレンもお年頃だから我慢できなかったの?」


 ルナリアが悪さをした子供に対する母親のように問い詰めてくる。その問いに正直に答えるのはかなりの羞恥心と、理性で自らの情欲を抑えることのできなかったという敗北感でいっぱいであった。


「……ちょっと興味があったから……出来心で行ってみただけ……もう二度と行こうとは思ってないよ」


 どうにか声を絞り出して、今回の件が溜まっていた欲望を解消するためではなく、興味心からのものであり、通い詰める気はないということを伝える。


「嘘ね」「嘘ですね」


 ――なぜバレた!? 言い方もそれっぽく出来ていたはずだ。それなのに一瞬でオレの真意を見抜かれるとは。


「顔に出てるわよ。

 どうせお金をためてもう一度行こうとしてるんでしょ」


 どうやら、二人に嘘をつくことはできないらしい。オレの顔芸が未熟なのか二人の観察眼が良いのかは分からないが、正直に答えた方が得策のようだ。このまま、嘘をつき続けてもますます二人の機嫌が悪くなる一方で、この状況から解放されるのが遠のくだけ。


「……実は――」


 オレは覚悟を決めて、こうなってしまった経緯を二人にとうとうと語り始めた。願わくは、二人から温情ある判決が下され、軽い罰で済みますように。できれば、もう一度あの楽園へと上がることを許可して欲しいな。一度体験してしまったせいで、どうしても記憶がオレの意識をあそこへと向けさせ、恋焦がれてしまう。


 二人の質問に正直に答えながら、オレの自白は一時間ほどに及んだ。全てを吐露してしまったオレは魂が抜けたようになっていた。


 そして、最終的にオレの有罪が決まった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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