18: 楽園にて
///
人とは見栄を張りたがる生き物だ。それが異性に対してだと、なおさらその度合いは強くなる。
ただ、それだと十分にその場を楽しむことはできない。なぜなら、見栄という仮面を取られまいと全力で理想の自分を演じ、楽しむ余力を残すことができないからだ。
だったら、オレはどんなに恥をかいたとしても、顔にこびり付いた偽りの仮面を脱ぎ捨て、全力で楽しみたい……オレ、イってきます!
///
花街。それは男の欲望を全て叶えてくれる素敵な桃源郷。この場においては、日頃抑制されている衝動を思う存分に開放することができ、そのことに恥も外聞も気にすることはない。
そんな花街は昼間の閑散とした様子とは一変して、今の時間帯では王都で一番の華やかさを誇っている。建物は色とりどりの様々な明かりで照らされていて、夜とは思えないぐらいの明るさだ。そんな建物の窓からは煽情的な衣装を身に纏った女性たちが身を乗り出し、その豊満な身体をこれでもかとアピールしている。
窓の外では、そんな魅惑的な女性たちを物色している数多くの飢えた獣たちが闊歩しており、何度も建物の前で足を止め、好みの相手がいないかと血走った目で女性たちを見つめている。そして、御眼鏡に適った相手を見つけると勢い勇んでその建物の中へと消えていく。
オレはそんな獣たちが蔓延る道を足早に進んでいく。急に立ち止まる者が多いため、何度もぶつかりそうになってしまったが、そんなことはお構いなしだ。オレの目的地はこの花街へと足を踏み込んだ時から決まっている。オレの足を止める障害は何も存在しない。オレは建物の中から誘惑してくる数々の魅力的な女性には目もくれず―――いや、実際には幾度となく後ろ髪を引かれたが――目的の娼館である『楽園の女神』を目指す。
――数分後。遂にオレは『楽園の女神』へと到着した。
『楽園の女神』はひときわ目を引き、建物の前には多くの男たちが群がっていて、人気の度合いが見て取れる。窓からは多くの美女が顔を出していて、一人に絞ることができそうにない。周囲の男たちも中々決断することができずに迷っているのか、他の娼館よりも長時間建物の前に留まり、一人で頭を悩ませていたり、仲間と相談していたりしている。
「……ヤベェ……みんな好みすぎて決められない」
女性経験のないオレにとって、目の前にいる女性たちは総じて甲乙つけ難く、全ての女性にそれぞれの魅力があり、オレの欲望を刺激している。
「……ハマってしまう奴の気持ちが分かったな」
ギルド職員時代、冒険者たちがその日稼いだ金を娼館で使いこんでしまったなんてことをよく聞いていたが、その時は「なんて馬鹿な奴らだ」と思っていた。だが、実際に訪れてみて分かった。これは毎日通ってしまうし、使い込んでしまう。それぐらい、選り取り見取りで、全ての女性にお相手してもらいたくなってしまう。
オレがどの女性にしようかと迷っている中、周囲の男たちは決心がついたのか、続々と『楽園の女神』の中へと入って行った。そして、段々と窓が閉められ、窓から顔を見せている女性の数が減っていく。どうやら、早く決めないとオレの相手がいなくなってしまうみたいだ。
オレは誰にしようかともう一度建物を見上げた時、ちょうど一人の女性と目が合った。その女性は他の女性たちよりも少し年上で、二十代後半に見える。しかしながら、年上特有の大人の色香をこれでもかとまき散らしていて、いろいろと優しく受け止めてくれそうだ。加えて、たわわに実ったその主張の強い胸がオレの視線を奪う。
そんな夢中になっているオレの様子に彼女は、ふっくらとした色っぽい唇と男を引きつける垂れ目を動かして微笑んだ。そんな彼女の微笑はオレに対してかなりの効果が発揮され、オレは一瞬で彼女に魅了されてしまった。
そんなオレに対して、彼女は白魚のように綺麗な手を用いて手招きをしている。
――これはもう行くしかない! ここで行かなければ男じゃない!
オレは記念すべき初めての相手を彼女に決め、彼女を指名するために建物の中へと入る。
「いらっしゃいませ。
『楽園の女神』へようこそ」
きっちりとした服に身を包んだ男がオレの出迎えた。オレは逸る気持ちをどうにか抑えながら、その男にオレが希望する女性を告げる。
「彼女ですね。かしこまりました。
すぐに用意いたしますので、少々お待ちください」
そう言って、オレは豪華で清潔な待合室へと案内され、男は待合室を出て、彼女の下に向かった。
――数分間。この時間はオレにとって忘れられない時間だった。初めての体験を目の前にして、いろいろな妄想が頭の中を駆け巡る。今からどんなことができるのだろう? あんなことやこんなことも大丈夫なのか? もしや冒険者たちが話していたそんなこともできるのか?
「お待たせいたしました、お客様。
ご用意ができましたのでご案内いたしますね」
オレの妄想を打ち消すように待合室へと男が入ってくる。
――いよいよだ! さよなら童貞のオレ。こんにちは大人のオレ。
男の案内に従い、オレはゆっくりと立ち上がり、男の背を追って歩く。装飾された階段を上がり少し歩くと、男は扉の前で止まった。
「お待たせいたしました。こちらです」
そう言って、男は扉を開けてくれる。
「では、ごゆっくりお楽しみください」
部屋の中に一歩踏み出したオレの背に男の声が届く。その声がオレの欲望をさらに掻き立て、オレの背を押す。
部屋からはお香がたかれているのだろう。思考を停止させるくらい甘く、欲望を刺激するような香りが部屋全体に充満している。
真っ暗な部屋の中には、淡い明かりが一つだけ設けられていて、その明かりのおかげで微かに部屋の様子を窺うことができる。部屋には大きなベッドが設けられていて、見るからに柔らかそうで高級感を放っている。
そのベッドの上には人影が見えたが、まだこの距離ではその相手の細部までは見ることができず、ぼんやりとした輪郭しか分からない。
さらに数歩進んだところで、ベッドの上から魅惑的な声が聞こえてきた。
「いらっしゃい。待ってたわ」
大人の余裕を彷彿とさせる落ち着いたその声色の中には、オスを確実に興奮させるような甘く媚びた調子が混ざっていた。その声にオレの意識はガッチリと捕らえられてしまい、彼女以外のことを考えることができなくなった。
彼女の声に誘われてフラフラと無意識にベッドに歩み寄ると、次第に彼女の姿を明瞭に視認することができるようになった。
今は窓の外から見た時は見えなかった部分もありありと見て取ることができる。豊満な胸と細く美しい腰元。その肢体は細くしなやかではあるが、決してやせ細っているわけではない。端的に言ってしまえば、そこにはオレの理想を体現した女神がベッドの上に鎮座していた。
「オ、オレはアレンって言います。
よろしくお願いします」
オレは緊張していることを相手に悟られないように、できるだけ大人の雰囲気を醸し出しつつ、落ち着いた口調で語り掛けることを心掛ける。
「ふふ、私はヴァネッサよ。
今日は指名してくれてありがとう」
そんな背伸びしたオレの様子に気付いたのか、彼女――ヴァネッサは微笑みながらオレをベッドへと誘う。
オレはその誘いに対して何の抵抗もすることなく、甘い蜜の香りを周囲に漂わせている満開の花に吸い寄せられる蝶のように、ヴァネッサの下へと歩み寄る。
「アレン君はこういう店に来るのは初めて?」
ベッドへと腰かけたオレは一瞬本当のことを言うかどうか迷ってしまう。ここで経験豊富なように見せたいという思いが強い。相手は当たり前だが経験豊富だ。そんな相手に対して、ちょっとでも良いから同じレベルに立ちたい。そうすることで、オレは男としての矜持を守ることができる。
でも、そんなオレの浅はかなプライドさえ彼女は見透かしているのかもしれない。もしそうであれば、背伸びした姿を見せることによって、より一層滑稽な男に見えてしまうかもしれない。
「……は、初めてです」
結局、オレは正直に言うことにした。これがこの後行われるだろう体験を最高のものとするための最適解だと思う。経験豊富だと答えても、結局は行為中に経験がないことがバレてしまうだろうし、経験豊富そうに振る舞ってしまって最大限に楽しむことができないかもしれない。それならば、少しカッコ悪いが経験がないことを伝えて、そんなオレを上手く導いてもらおう。彼女ならそれができるだろうし、正直なところ、そういうプレイも悪くない。
「そうなのね。
そんなに緊張しなくていいわよ。リラックスして私と一緒に天国に行きましょう」
そう言って、彼女はオレの背中に大きな胸を密着させるように抱き着いてきた。
――やわらか! めちゃくちゃ気持ち良い!
オレは背中に押し付けられた二つの山に全ての意識を集中させて、その感触を楽しむ。
オレの顔のすぐ横には、彼女の染み一つない小さな顔が置かれていた。
「可愛いわね」
彼女から発せられる言葉が耳を通って、脳へと強烈な刺激を与える。加えて、彼女の甘い香りが理性の糸を確実に弱めて、今にも切れてしまいそうだ。
「お、オレは――」
彼女の方へと振り返ろうとした時、オレの顔の正面に彼女の顔があり、唇に温かな感触があった。
一瞬何をされたか分からなかった。それがキスだと分かったのは彼女の顔が離れて、彼女が煽情的に唇をなめている姿を見た時だ。
「おいで、アレン」
その言葉に、どうにか取り繕っていたオレの理性の糸がプツりと切れた。オレは獣のように彼女の妖艶な身体の上にのしかかり、全ての欲望を発散させるように貪り始めた。
読んでいただき、ありがとうございました。




