17: いざ花街へ
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男には何があってもやらなければいけない時がある! オレにとってのそれは今回だ。ルナリアやリーフィアには悪いが、今回ばかりは理解し合えない。
例え、二人に疑われようとも、信用が下がろうとも、オレは今回の重要ミッションを必ずや達成して見せる。
さあ、いざ戦場へ!
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――朝。
周囲はまだ薄暗く、建物の外に人の気配を感じることはできない。ただ遠くから小鳥の澄んだ鳴き声が聞こえてくるだけだ。暑くるしい夏が終わって秋も深まり、もうすぐ冬が訪れようとしている現在。日が完全に昇っていない今の時間帯は涼しいというよりはむしろ肌寒く、布団が恋しくなる。
そんな難しい季節の朝に、オレはルナリアとリーフィアと暮らしている宿で、いつものように目を覚ました。
ただ、いつもと違うことは、オレが今寝ているのはいつもの柔らかく温かいベッドの上ではなく、硬く冷たい床の上だということだ。
オレは起き上がり、床の上で寝たせいで全く疲労が抜けていない身体を伸ばしながら、いつもオレが使っているベッドへと視線を向ける。
「……スゥ……スゥ……スゥ……」
そこには、規則正しくて可愛らしい寝息を立てているセレナさんの姿があった。セレナさんは腕と脚を曲げて布団に包まっていて、その腕の中には枕を抱きかかえている。普段は落ち着いており、大人っぽいセレナさんだが、寝ている時はどちらかというと子供っぽくて、庇護欲が掻き立てられる。
そんなセレナさんが眠るベッドの隣では、いつものようにルナリアとリーフィアが一緒に眠っており、二人からも聞きなじんだ寝息が聞こえてくる。どうやら、二人ともかなり眠りが深く、まだしばらくは起きそうにない。二人の寝息を聞いただけでそれぐらいのことがわかってしまうようになったことに、二人との生活がそれほどまで長期間続いているうれしさと、二人のことをそれほどまで観察している変態的な自分に対する自己嫌悪を抱きつつ、オレはこうなった昨日の経緯を思い出す。
セレナさんが完全に酔っぱらって、店内で寝てしまった後、オレたちはセレナさんを連れて店を出て帰ろうとした。そこで一つの問題が発生。三人ともセレナさんがどこに住んでいるかを知らなかったのだ。さすがに女性を道端に置き去りにすることはできない。かと言って、オレたちはかなり長く飲んでいたため、これから宿を取ろうとしても空いていないだろう。
セレナさんをどうにか起こして、帰る場所を聞き出そうと頑張ってはみたが、セレナさんから返ってくる言葉は意味の分からない音ばかりで、到底解読できない。
それでも、自分の足でゆっくりではあるけれども歩いてくれるようになったので、このままセレナさんを一人にしようかと一瞬だけ頭によぎったけれども、その案はすぐに除外した。
ここ王都は警備兵が巡回してはいるが、女性が一人で深夜の道を歩くことができるほど治安が良いと言う訳ではない。いや、むしろスレイブ王国の悪がここに集結しているので、治安は最悪だと言っても過言ではない。朝起きたらいつの間にか奴隷になっていたり、最悪の場合には殺されていたりしても不思議ではない。それに、セレナさんぐらいの美人だと男どもが放ってはおかないだろう。どこかに連れていかれて慰み者にされてしまってもおかしくない。
結局、オレたちはどうすることもできずに、セレナさんをオレたちの宿へと運ぶことに決めた。
ただ、オレたちの部屋にあるベッドは二つ。一つはルナリアとリーフィアが二人で使っていて、もうこれ以上は人が一緒に眠ることはできない。残る一つのベッドはオレが一人で使っていて、まだ余裕がある。しかし、オレとしてはセレナさんと一緒に眠ることは絶対に遠慮したい。なぜなら、ただでさえこの頃はいろいろと溜まっていて、理性が壊れやすくなっているのだ。セレナさんと一緒に寝てしまえば、オレは確実に獣になってしまうだろう。
最終的に、セレナさんをベッドに寝かせて、オレは床の上で寝るという最も無難な策が採用されて、今に至る。
冒険者になって以来、野宿に慣れていたので、そんなに問題がないだろうと考えていたが、身体の節々が痛い。この感覚はギルド職員時代に仕事が終わらずにそのままギルドで寝泊まりした時に味わった感覚だ。
そんな疲労感を抱きながらも、オレは三人によって確実に性欲を刺激され続けていた。元々、ルナリアとリーフィアと一緒に暮らすだけでも限界だったのに、そこにもう一人、セレナさんが加わってしまったことにより、部屋に充満する甘い匂いはより一層濃くなり、オレをクラクラさせる。どうにか精神集中をさせながら、いつものように魔法の練習をしようと努めるが、どうしても邪念が入り込んでくる。
「……そろそろ限界だな」
この瞬間、オレは花街へと繰り出す決心をした。
「――今日は自由行動にします!」
「「……」」
昼時。オレの声がギルド中に鳴り響く。オレの声に反応して冒険者たちがこちらに視線を向けるが、すぐに興味をなくして視線を戻す。
「今日は自由行動にします!!」
「……いや、聞こえてるわよ」
オレの二度目の宣誓にルナリアが反応する。どうやら、オレの声はちゃんと届いていたようだ。それならば、一度目の時に反応して欲しかった。
オレたちは今、昼食を食べるためにギルドに併設されている食堂に来ていた。二人とも完全に昨日の酒は抜けているみたいで、多めに注文していた。
その注文した料理が丁度よく運ばれてきて、ルナリアとリーフィアはフォーク肉を口に運ぶ。
「それで、いきなりどうしたの?」
ルナリアが食べながらオレに尋ねてくる。その口調にはどこか呆れた調子が含まれていた。
「これからは自由行動にします!」
オレは決意の籠った声で告げる。
「それはわかってるわよ!
そうじゃなくて、理由を聞いてるの、理由を!」
「アレンさん、私もルナリアも別に自由行動に反対じゃないですよ……ただ、そんなに真剣な顔をしているので、ちょっと心配なだけです。
何かあったんですか? 何なら私たちも手伝いますよ?」
――理由なんか正直に話せるわけないじゃないか! それに加えてお手伝い? そんなことを頼めば、オレたちの関係が一気に終わってしまう! いや、二人みたいな可愛い子にそんなことやあんなことをしてもらえるなら嬉しいけど。それでも、今の関係性を壊してまでしてもらおうとは思わない。
「……自由行動にさせてください」
理由を話すことはできない。それでも、何とかして自由行動をする権利を勝ち取って、溜まったものを解消したい。そんな思いから、どうにか声を絞り出してオレの意思を告げる。その声には先ほどの決意の籠った力強さはなく、命乞いするような弱々しいものだった。
そんなオレの様子を見た二人は、どうしようもない子供を見る母親のような目つきをしながら溜息を吐いた。
「……どうやら、私たちにも話せない事情があるようね。
ここまで強情なアレンを今まで見たことないわ」
「そうですね。
私たちも結構長い間一緒にいるのに話してくれないなんて……」
二人の言葉を神妙な面持ちでただ聞いていることしかできない。どんなことがあっても、オレはこのミッションを完遂しなければならない。そうしなければ、オレがオレではなくなってしまう。
二人はオレに語り掛けることを止め、二人でいろいろと話し合っていた。オレはそんな二人の様子を見つめ、オレに下される沙汰を待つことしかできなかった。
「……最後に聞きたいんだけど……危険なことじゃないんでしょうね?」
オレはルナリアの言葉に無言で弱々しく頷く。そんなオレの様子を見た二人は、もう一度溜息を吐く。
「……わかったわよ。
じゃあ今日は自由行動にしましょう」
ルナリアの言葉にオレは勢いよく頭を上げる。
「あ、あり――」
「――ただし! 何か問題が生じたら、絶対に私たちに報告してくださいね。
この条件を飲むのなら自由行動を認めます」
オレがお礼の言葉を発する前に、リーフィアが今回の自由行動の条件を告げる。その口調には絶対に逆らうことのできないような迫力があった。
「……わかった。
何かあったら絶対に二人に報告するよ」
こうして、オレは無事に自由行動の権利を獲得することができ、晴れて花街へと繰り出す準備が整った。後は店が開店する夜まで待つだけだ。
オレは運ばれてきた昼食を急いで食べ、席を立つ。二人はその速さに驚いた表情をしていたが、今はそれどころじゃない。オレは二人に別れを告げると、ギルドを出て花街の方向へと歩き出した。
まだ時間的にどの店も開いていないが、そんなのは関係ない。オレは今回の経験を最高のものにするために準備をしなければならない。どの店が評判が良いのかはギルドで冒険者たちが話していたのを盗み聞きしていたので大体分かっている。あとはその店がどこにあるのか、その店の料金などを調べる必要がある。
オレは閑散とした花街を歩きながら、お目当ての店がないか看板を探す。
「――あった! あそこだな」
オレのお目当ての店は花街の中心地に佇んでいた。その建物は他の店よりも一回り大きく、人気店であるということを窺わせる。
料金が書かれた札が店の前に掲げられており、決して安いものではなかったが、今回の依頼で稼いだお金で十分に遊ぶことができるみたいだ。あとは、店でのサービスの内容だがそれは詳細には書かれていない。こればっかりはしょうがない。実際に今夜、店に訪れて聞いてみるしかないみたいだ。
オレは当初の目的を達成したので、花街を出ることにした。そして、商店街の方へと足を進めて、夜になるまで期待に胸を膨らませながらいろいろな店をブラブラと散策した。
――そして、数時間後。日は傾き、もうすぐ暗闇が空を支配しようとする頃。オレは花街の入り口に立っていた。これから、ついにオレの欲望が解消される。ルナリアとリーフィアと暮らすようになって以来、溜まりに溜まり切った欲望をぶちまけることができる。
オレはこれからのことを妄想しながら、鼻息荒く花街へと足を踏み出した。
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