14: グレイ村との別れ
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人間は欲深い生き物だ。
今まで当たり前ではなく特別なことであったことも、ひとたびそれを経験して習慣化してしまうと、たちまちそれが当たり前となり、それを経験できなくなった場合には不満を抱く。そして、どうにか自分のその欲求を満たそうと腐心する。
ただ特別が終わり、当たり前の日常に戻っただけなのに。
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宴会の夜が明けた朝。村の広場のいたるところに昨日の宴会の名残が残っている。闇夜を照らしていた松明や焚火はもうすでに消えかけており、その場に白い煙を漂わせるだけになっていた。そんな煙の周りには様々な食器が乱雑しており、いかに宴会が盛り上がったのかを物語っていた。
日はもうすでに昇っていて、周囲も大分明るくなってきている。普段なら村人たちは活動を始めている時間で、村の中は様々な音が聞こえてくる。しかし、今日は誰一人まだ外に出ていない。そのため、村人たちが発する音は聞こえてこず、ただ鳥の鳴き声や木々の揺れる音などの自然の音が聞こえてくるだけであった。
そんな非日常的空間をオレは一人外に出て、朝のグレイ村を散策していた。ゴブリン調査でグレイ村の外の様子についてはある程度詳しくなったが、考えてみれば村の中の様子については何も知らない。せっかくだと思い、オレはゆっくりとこの村の様子が見たくなったのでこんな朝早くから一人で見て回ることにしたのだ。
まあ、実際にはいろいろあって寝付けず、時間を持て余していただけだとも言えるが……
自然に囲まれたグレイ村には王都にはない魅力がたくさんある。土の匂い、木々の匂い、村で飼われている動物の匂い。王都の中ではでは嗅ぐことができないような様々な匂いがいたるところから漂ってくる。
それに大量の人が住む王都だと、いくら早く起きたとしても人と出会わずに散策することはできないだろう。どこかに誰かしらがいる状態が常であり、今みたいに一人になれることはないかもしれない。
「王都も良いけど、やっぱりこういう風景が落ち着くな」
オレは畑の農作物が風で揺れる光景に目を奪われながら呟く。こうしていれば精神的に穏やかになれ、昨日の煩悩まみれのオレ自身をちょっとの間忘れることができた。
「依頼も達成したし、しばらくはこの村でゆっくりするか」
オレは今後の予定を考えつつ、さすがにもう誰か起きてきているだろうと思い、爽やかな朝の風を感じながら来た道を戻った。
それから十日間、オレたちはグレイ村に滞在を続けていた。依頼を達成し終えたオレたちはこれと言ってやることもなかったので、村の仕事をいろいろと手伝わせてもらった。村長は「村を救ったオレたちにそんなことはさせられない」と言っていたが、ただもてなされるだけではどうにも居心地が悪いし、申し訳なくなってくる。それに、娯楽の少ないこの村では何もしていないと時間を無駄にしてしまう。そのため、渋る村長をなんとか説得してオレたちにも手伝うことができそうな仕事を紹介してもらった。
農作物の収穫・栽培、村で使う道具の作成・修理、村の外に出ての狩猟など、オレたちは紹介された仕事をこなしていった。
ルナリアとリーフィアは村出身ということもあり、農業経験があったらしく、収穫適期の農作物を的確に見分けて手際よく収穫していた。リーフィアはともかく、ガサツなルナリアが丁寧に収穫しているのを見て驚いたのは彼女には内緒だ。とにかく、彼女たちは即戦力として村人たちに歓迎された。
かくいうオレは農業経験は皆無だったので最初は迷惑をかけることが多かった。ただ、ギルド職員時代に鍛えられた持ち前の適応力で、ある程度慣れた後は月並み以上の働きをすることができた。
道具の作成・修理に関しては予想通りリーフィアが活躍した。裁縫などの手作業が得意なリーフィアは村の奥様方と一緒に凄い速さで作り上げていった。その一方で、手作業が苦手なルナリアは途中で断念して、別の作業を求めて村の中をさまよっていた。
そんなオレたちが一番活躍することができたのは、やっぱり狩猟だった。最初は村の猟師と共にラビットなどの小動物を狙っていたが、冒険者であるオレたちにとっては簡単すぎた。猟師からも別行動をした方がより多くの肉を確保することができると判断され、早々に別行動を開始。三人で森の奥深くで狩りをすることに。
結果は上々で、大量の肉を確保することができた。その中でもオークは滅多に村では手に入れることができないらしく、とても喜ばれた。
『魔法の鞄』のおかげで大量の肉を持って帰ることができたので、しばらくは全家庭で肉料理を食べることができるとのこと。残った分は干し肉にして冬場のために備えるらしい。これで冬場もひもじい思いをしなくてよくなったと、村長から改めてお礼を言われた。
そんな風に、オレたちは日が暮れるまで村人と同じように仕事をして、グレイ村の一員のようになっていた。夜は村長の家で晩飯を食べて、その後、日中の労働で疲れた身体を癒すために温泉へと向かう。グレイ村を訪れてから毎日欠かさずに入浴しているが、飽きることは一切なく、温かな湯に全身を包まれるという至福の時間を楽しむ。
今後、王都に戻った時に温泉に入ることができなくなるかと思うと、かなり憂鬱になってしまう。いっそ王都から出てこの村に移住しようかと思うほど、温泉の魅力に取りつかれてしまった。
入浴後はそれぞれの家へと帰り、そのまま明日に備えて就寝。温泉のおかげでぐっすりと眠ることができる。
ちなみに、あの日以来、オレの家に村の娘たちが訪れることはなくなった。おそらく、オレがあの娘を拒んだことが村の中で知れ渡ったのだろう。村人たちに知られてしまったことに対してかなりの恥ずかしさを感じるが、そのおかげで強引に誘惑されることが無くなったことを考えれば、良かったのかもしれない。とにかく、オレの理性が強烈に刺激されることはなくなり、穏やかな夜を過ごすことができた。
ただ、オレに対する誘惑が完全になくなったと言う訳ではない。夜這いのような露骨な誘惑は無いが、日中の仕事の合間に軽い誘惑は今も行われている。
さすがにルナリアとリーフィアが一緒の時はされることはない。しかし、オレが二人と離れて行動している時や二人がオレから目を離した時にコッソリと誘惑されている。少し露出度が高い服を着ていたり、わざと身体をオレに軽く当ててきたりと、確実にオレの理性を刺激してくる。
誘惑者筆頭はあの夜にオレを訪ねてきた例の娘で、他の娘たちよりも誘惑の頻度が多く、より過激なことを行ってくる。
その娘に誘惑される度に、オレはあの夜の彼女の感触を思い出してしまい、恥ずかしくなり口数も減ってしまう。そのことをルナリアとリーフィアに悟られることがないようにどうにか気丈に振る舞ってはいるが、果たして二人に不自然がられていないだろうか。今のところは特に二人から指摘されることはないが、このままだといつかはバレてしまいそうだ。早めの対処が求められる。
まあ、いろいろと大変ではあったが、どうにか滞在中に理性が決壊して誘惑に負けてしまうということは起きずに済んだ。ルナリアとリーフィアとの共同生活のおかげで鍛えられていたためだと思う。改めてオレ自身の理性に称賛を送りたい。
そのように、いろいろありつつも充実した村生活を送っていると、十日なんてあっという間に経過してしまった。そろそろ、オレたちは王都に帰らなければならない頃合いだ。本当に名残惜しいがしょうがない。
オレたちは村長にそのことを伝え、今までお世話になった村人たちに別れの挨拶をして回る。みんなオレたちがこの村から去るということに残念がってくれた。温かい言葉に加えていろいろな物をくれる人もいた。
村人への挨拶を終え、オレたちはいつでも出立できるように準備を整えた。
「――じゃあ、そろそろ行きます」
「そうですか。
王都への道中、気を付けて下されよ」
そして、オレたちは大勢の村人に見送られながら、グレイ村に別れを告げた。
それから十日間。王都への帰り道は特に大きなトラブルもなかった。オレたちも野宿になれたもので、苦もなく快適に過ごすことができた。お土産としてもらった新鮮な農作物を毎回食べることができるので、どちらかと言えば豪華な野宿だと思う。
唯一のストレスは入浴できないこと。グレイ村で味わった至福の経験が忘れられない。汗ばんだ肌を布で擦るが全くサッパリした気にならない。改めて温泉の凄さを実感した。ルナリアとリーフィアもオレと同意見のようで、珍しく愚痴っている。大丈夫かオレたち……王都の宿では入浴なんてできないのに……
そんなこんなで十日間、オレたちは王都に向けて歩いた。そしてついに、オレたちは久しぶりに長蛇の列ができた王都の光景を目にする。グレイ村とは違って、ごった返すように人が至る所に溢れかえっている。オレが王都で暮らし始めて一年も経っていないが、その光景を見て懐かしさを感じてしまう。
オレは少し郷愁に浸りながら、列の最後尾に並んで王都への入場の順番を待っていた。
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